フラスコの夢06 「泣き虫ニオ」
「ねぇ、フェイト。先生が生きてたの。あれは間違いよね、先生は死んだはずなのよね。だって、ニオが殺しちゃったんだもの」
聞こえて来た声に、体が強張るのが分かる。
ステラの言う事が本当なら、この世界の私はかたき討ちを果たしたのだ。
その事に、胸が痛くなる。
それで、この世界の私は満足したのだろうか。
確証をえる材料は何もないのに、なぜかそうは思えなかった。
「でも、先生は悪い事をしたんだから、仕方がなかったっのよね。昔と同じじゃなくなっちゃったから、仕方なかったって。あなたがそう言ったもの。そうなのよね、ねぇ」
すがるような弱々しい声が誰かに向かって投げかけられる。
彼女のこんな声など、ニオは数えるほどしか聞いていない。
「そうだ。疑問に思うな」
新たに発生したのは男性の声だ。
知らない人の声。
おそらくニオが会った事がない人だろう。
「お前は俺の言う通りに動いていればいい。何かを考える必要はない、お前を必要とする人間は俺だけだ。お前は王宮に捨てられて、あの医者にも捨てられた役立たずだ。それでも俺は、お前を必要としている。なぜなら俺にとっては有用だからだ」
「ええ、そう。そうだったわね。私は貴方の近くにいれらればいい。他の事なんて」
話はよく分からないが、ステラは声の主に依存している様だった。
もしかしたら、この世界の彼女は幼いころからずっと人を信じられなくなったままのステラなのかもしれない。
王宮で色々あった後に、先生がいなくなってから、このフェイトと言う声の主がステラちゃんの心に付け行ったのだ。
「貴方の為なら、何だってするわ。人殺しでも、罪を犯すことでも」
それで、ステラちゃんはこんな風に歪んでしまったのかもしれない。
フェイトという人だけを心のより所にして。
きっと、ううん、絶対その人に利用されているだけなのに。
「……」
不意に先生に肩をたたかれた。
視線を向けると「時間だ」と口が動く。
意識して周囲を見ると、徐々に音が拾いにくくなってきていて、景色の色も薄くなり始めている気がした。
たぶんこれで、元の世界に戻れるらしい。
だが……。
「お前は俺の役にだけ立っていればいい。これからずっと。ツヴァイ・カルマエンドは見所の無いお前に失望したからいなくなった、他の兄弟も家族も脳無しで役立たずだから、お前を愛していない。お前は、誰にも必要とされていない。だか、俺の役に立てば、俺はずっとお前を必要としてやる。俺だけが」
どうやら私は、大人しく元の世界に帰るには、色々と聞きすぎてしまったようだ。
「おい!」
先生の制止も聞かず、私はドアを開け放って室内へ入った。
「フェイト! お前の顔、覚えてやる! ニオのステラちゃんに変な事吹き込むなんて、承知しないんだから、お前なんて絶対の絶対にニオがコテンパンにしてやるんだから! だから……、だからこれ以上ステラちゃんをイジメるな!」
フェイトという男の顔を真正面から睨んで覚えてやるつもりだった。
きっと意味のない頃だ。
でも、それでもそうするべきだと思ったのだ。
興奮のままに私が言葉を言い放つと、部屋の中にいたステラが呆然とした顔をしているのが見えた。
「ステラちゃんもニオも、きっと復讐なんかで幸せになれる人間なんかじゃなかったんだね。そんな血みどろの道を歩いちゃだめだ」
一人ぼっちのこの世界のステラにしてやれることは、ほとんどない。
けれど、それが分かってても、大事な友達である彼女に言ってあげたい事があった。
たとえ、砂漠の中で一粒のダイヤを探し出すような奇跡の確率であっても、それを理由にして大切な思いを伝える事を諦めたくない。
「ステラちゃんは絶対一人なんかじゃないよ。お願い、気づいて。きっとステラちゃんにも、ステラちゃんの事が大好きな人いるから」
「どうして、ニオ、そんな事……。今更、言われても、私……」
やっぱり届かなかった。
目の前にいるこのステラちゃんは、表所を曇らせるだけだった。
それくらいニオの行った行動、望みの低いものだった。
少しくらいの言葉で、心を動かす事ができないと、分かっていた。
けれど、そんなニオの頭を背後から、乱暴に先生が撫でた。
「よく言った。そこまで無茶苦茶言うと逆に点数上げたくなっちまうから、おかしな生徒だよな、お前は」
そして、フェイトに向けて剣を突きつけて言う。
「つーわけだ、フェイト。また会ったな。生憎すぐさよならだが、ちゃんと覚えとけよ? 俺の弟子が、すぐにお前を斬りに来る。テメェが傷つけた多くの人間の痛みを、今度はテメェが味わう番だ」
「アッシュ・カーバングル。さっさと、表舞台から降りれば呪いから解放されたものを、生意気な……」
憎々しげに言い放ったフェイトが、何かをしようとした。
彼は、たった一歩だけそこから動いた。
それだけで特に変わった事はなかったが、応じた先生が剣を振ったら、細い針の様な物が床に落ちる所音が下。
つまり目には見えなかったが、フェイトはそれを武器にして一瞬で投げたらしい。
私にはまったく何が起こったか分からなかった。
そうこうしている内に、視界が真っ白に塗りつぶされて、人の声も聞こえなくなってしまう。
ようやく元の世界に帰るのだ、私達は。
フィンセント騎士学校 校舎 職員室
夜遅くだが、学校の校舎に突撃した。
「うわぁぁぁぁん、ステラちゃぁぁぁぁぁん!」
「え、ニオどうしたの!?」
「先生捜しに来たのにいないし、ステラちゃん何で職員室にいるのって思うし、隣で書類の山にツェルト君が埋もれてるのもどうしてって思うけど、良かったよー! うぇぇぇぇん」
「に、ニオ! 泣いてるの? え? どうしよう」
とりあえずそのまま二度寝する気分で無かったので、詳しい話をするために職員寮を尋ねても先生の姿が見えなかったので、学校の職員室に言ったらなぜかステラちゃんがいた。
だったらするしかないだろう。
思い切り友人に抱き着いた。
「ちょ、ニオ。……さっき先生が用があるって行ったはずなんだけど、入れ違いになったのかしら」
この流れは、そのままステラちゃんを堪能するしかない。ツェルト君、ごめんね。寝てるからいいよね。いいよ。
「ニオは、ニオはぁ……、ううっ、ひっく、ぐすっ」
「どうしちゃったの、ニオ……、何か怖い夢でも見たの? もう大丈夫よ」
ステラは戸惑いつつも、ニオの背を叩いて優しくあやしてくれる。
とりあえず悪い夢をみてうなされたという話を信じたステラは、姉のようにかいがいしくニオの世話をやいてくれた。
「先生の仕事を手伝って残ってたんだけど、ニオが泣きたい時に傍にいられてよかった。私で良かったら、傍にいるから。ね? だから、大丈夫よニオ」
その温もりがやさしくて、私はさらに甘えてしまうのだ。
ずっとずっと昔の私はすっごく泣き虫で、その度になだめてくれたエル様はいない。
でも、その代わりに今の私には、こんなにも心配してくれる友達がいるんだ。
ステラちゃんは、大切な大切な友達の女の子。
今は助けられるばかりだけど、いつか私が引っ張ってあげて、この子の力になれたらいいな。
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