第14章 肝試し



 肝試しのコースは湖の周囲を歩くだけ。

 特に仕掛けはないが、鬱蒼として見通しが悪い。何かが出てきてもおかしくはなさそうだった。


 ただ暗がりを歩いて恐怖を味わいたいという、そういう趣旨で催されたのだろうが、ただ何もない暗い場所を歩くだけでも人は恐怖を感じてしまうものらしい。


 ちなみに先生は折り返し地点で待機中だ。


 面倒くさがって、かなりやりたくなさそうにしていたけれど、肝試しを楽しみにしていた人達=ほぼクラス全員が敵にまわってしまったので、拒否権がなかった。詰め寄られた後は、抵抗しても無駄だと思ったのか意外と素直に引き受けてくれた。


 引き受ける際に「お前も参加すんのか」とか、驚かれたが。


 子供の頃と同じでお化けが怖いままだとか思われているのかもしれない。

 心外だ。その通りだけど。

 今も怖い。


 そんな恐怖を感じている私の心中が、外ににじみ出てしまったのか、ライドがそう声をかけてくる。


「怖いなら、参加しなくてもいいんじゃないの?」

「仲間外れにされるのは、嫌なの。それに損した気分になるし」

「そういうものなんかね?」


 そういうものなのだ。


 ライドは周囲を見回しながら、残念そうにつぶやく。


「もうちょっと仕掛けとかがあった方が俺は楽しいんだけどな。できれば横にニオちゃんがいてくれるとなおいい」


 これでまだ怖くないらしい。

 私にとっては十分に怖い光景なのだが、その心臓分けて欲しいくらいだ。


「まだ、そんな事言ってるのね。ライドって、ニオの事が結構好きよね」

「それ、聞く? まあ好きだし。付き合いたいって思ってはいるけど」

「あ、そっちの……」

「え、どっちのだと思ってたの? 剣士ちゃん意外と大胆な事聞いてくるなと思ってたけど、お鈍さんだったのね……」


 てっきり友人として好きなのだと思っていたのに。

 予想外からの答えが来て、私は少しうろたえてしまう。


 しかし、鈍いと言われると反論したくなる。

 まったくその通りかもしれないが。


 やれやれと呆れ顔でいるライドに、少しだけ声を上げて主張した。


「私、悪意のある嘘とか誤魔化しとかはそれなりに勘が効く方なのよ。何か悪戯しようと企んでたってすぐに分かるわ」

「へー、そりゃ凄いんですねー」


 返って来たのは棒読み。

 どうやら信じられていないようだ。


「……」

「いやぁ、剣士ちゃんみたいなのがそういうの得意だって言われても無理があるわ。だって、ニオちゃんやツェルトに色々言われ得るのに、いつも的外れな事ばっかり言ってるじゃん」

「え? 私何か嘘つかれてたの?」

「あー、嘘…ではないか。建前や誤魔化し?」


 ライドに言われた言葉が衝撃で、必死に記憶の底を洗ってみるのだが、それらしいものが見つけられない。


「あれも、悪意があって言ってるわけじゃなくて、好意だしねぇ」

「好意なの? なら別に良いわ」

「良いんだ!?」


 私の返答がよほど予想外だったのか、ライドはそんな大げさな反応。


 私はただ、自分の為に誰かを傷つけようとするのが許せないだけ。だから、別にそれ以外の嘘やごまかしは良かっだ。


「ニオやツェルトが、私の事を思っててくれるのなら、それでいいわ」

「思ってる……ってのは、ちょっと違うような気がするけどね。剣士ちゃんも何か色々過去、背負ってそうだわな」


 そういう言い方をするなら、ライドも過去に色々あったのだろうか。


「ニオちゃんも色々背負ってるみたいなんだわ。いつも太陽みたいに明るくしてて、そこがあの子の良い所で俺が惚れたとこでもあるんだけど、たまーに悲しそうにしてるからさ」

「そうだったの、私全然気が付かなかった」


 ライドが気づけたというのに、私がそれに気づかなかったのは少し悔しい。

 友人だと言うのに。


 もしかして、昼間の事が何か関係があるのだろうか。


 そう思った私は、その時にした会話をライドに話す事した。


「あの、実は貴方に聞いてほしい事があるんだけど」

「ん? ああ、俺はニオちゃん一筋だからそういうのはね」


 何と誤解されているのか分からないけれど、たぶんそういうのじゃないから。


 数分かけて話し終えた私は、言葉を失っているライドに気が付く。


 何か、とてつもなく恐ろしい事に気づいてしまったみたいな顔をしているけれど、どうしたのだろうか。


 彼は恐る恐ると言った風に口を開く。


「それ……」

「それ?」

「失恋だろ!」

「ええ?」


 それだけ聞かれても意味が分からないのだが、ライドはもうその結論で落ち着いているらしく、打ちのめされたような様子で呻くしかできなくなっていた。


「あー、終わった、俺の恋終わった。相手はまさかの教師。まじか。終わった……ははは」


 いや、本当に大丈夫なのだろうか。

 乾いた笑い声が妙に怖いというか、周囲の暗さも相まって凄く空虚に聞こえると言うか、目が虚ろで生気が感じられない。


「ええと、よく分からないけど……ニオに好きな人がいた、のよね」

「そうだ! しかも相手は先生だ。そうだろ。話の流れから考えてそうとしか思えない

うわぁ。マジかよ」

「そ、そうなの??」


 ライドから考えたら、ニオの恋の相手は先生で決まっているらしい。

 私にはさっぱりだが、初恋もまだなステラよりは詳しいライドがそう言うのなら、そうなのだろうか。


「剣士ちゃん、急ごう」

「え、と?」

「折り返し地点が先生で、ニオちゃんが大変で不安だ」

「ちょ、落ち着いて。よく分からないけど。分かったから」


 ライドの心境が大変な事になっている事だけは、分かった。だからとりあえず落ち着いた方がいい。


 だが、そういう私の言葉も聞かずにライドは先へと急ぎ始める。

 これが他の生徒ならば、昼間に歩きなれているだろうから、少しくらいはぐれても平気だろうが、私達は別の所にいたのだ。


 はぐれて迷子にでもなったら大変だろう。


「ちょと、ライド……」


 いつもはふざけつつもある程度の常識に則って行動する彼なのに、これが「恋は盲目」と言うものなのだろうか。


 慌てて彼の背中を追いかけていく。


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