第4章 さっそく挑戦



 アルケミスト領 グリンデ遺跡


 私達は人のいない寂れた遺跡の中を進んで行く。

 見まわせば周囲には緑の苔や蔓のつたう壁。

 現在地は建物の中。


 ここは、試験会場だった。


 さっそく私達は、課題をこなす為に、遺跡へと訪れていたのだ。


 このグリンデ遺跡の奥まで辿り着けば見事「踏破」成功。

 一年の大課題は早々に達成となる。


 まだ四月だが、まあ早いに越した事は無いだろう。

 不安の種は早め早めに摘み取っておくに限る。


「先生も後回しにすると、後で大変な事になるって言ってたし」


 呟きついでに私は、背後を歩く他の者達を確認する。

 遺跡にやって来たのは私一人ではない。


 基本的にどの課題も、四、五人で班を組んで行うのが普通だったからだ。


 だから、よく知っている者と組んでここへやってきた。


 顔ぶれの内訳は、私とニオ、そしてツェルトと、そのツェルトの友人のライド。この四人で今回は行動することになる。


「皆大丈夫? ちゃんといる? 知らない間に一人減ってたりしない?」


 確認の声を賭ければ、背後から三つの返答が返ってくる。

 ちなみになぜ背後からなのかは、ステラが前を歩いていて、リーダーとして指揮しているからだ。


「はいはい、いるよー」

「俺も、俺も。ちゃんとステラの近くにいるぜ!」

「あー、俺もいるわな。まあ気分があれだったら、勝手にどっかいっちゃうかもしれないけどね」


 返って来たのは、ニオ、ツェルト、ライドの順。


「……皆、私は真面目に聞いているんだけど?」


 予想以上に呑気な声が返って来たので、私は不機嫌そうな声音で文句を言う。

 と、背後から三つ分の焦った声が連続する。ただし、彼等彼女等なりに……という言葉が付くが。


「はいはい! ニオ・シュタイナー、います!」

「ツェルト・クルセイダー。俺、もちろんステラの傍にいつでもいるぜ!」

「あー、ライド・ウルセイツ存命しております」


 言葉が表面上だけ丁寧になっただけだし、ツェルトはそんなに代わってない。


「……はぁ、もういいわ。ちゃんと付いてきてるなら」


 もうちょっと危機感を持ってほしいと思うのは、私の我がままだろうか。

 ため息を放って、私は再び周囲に気を配る。

 ちゃんとついてきている事は分かっているので、これ以上大事な課題の中で集中を散らすのは良くなかった。


 だがあくまでも楽観的な態度のままでいるニオは、楽しげな様子だ。


「もうもう、ステラちゃんったら真面目なんだからー。こんな試験、ステラちゃんがいる時点で合格したも同然なんだし。そんな緊張する事ないと思うけどなあ」

「そうそう、なんたってあの熊殺しで、俺のステラなんだから。まさか不合格になるなんてないだろ」


 しかもツェルトまでそんな事を言いだす始末。


 というか「熊殺し」のというのは異名なのだろうか、皆に浸透してしまっているのだろうか、入学したてなのにそんな物騒なあだ名が付いているなんて。


 一体誰から聞いたのか、ニオに後で聞いておかなければ。

 そんな事を言った人には釘を刺しておかなければならない。

 もし、私の命の恩人であるあの人……お医者さんの先生と再会した時に私がそんな名前で呼ばれている事を知ったら、どんな風に思われるか。きっと笑われる。すごく笑われる。お腹を抱えて爆笑される。

 それは物凄く嫌だった。尊敬している人の笑いの種にされたくない。


 まあ、そんな激しく個人的な事情は置いといて、やはり油断というのは良くない。


「もう、二人ともしっかりして」


 いつまでも遠足気分でいれば、足元をすくわれる事になりかねない。


「現実は考えてるほど甘くは無いのよ。教師も付いてきてないんだし、学校の外で行動してるんだから、気を引き 締めてなきゃ駄目じゃない」


 そう、ステラは注意を飛ばしていく。


「えぇー。ステラちゃんほんとに新入生? 模範的すぎるよ」

「だよな。ステラって二年生、三年生って言われても何か納得できちゃうんだよな」

「そうそうそれな、ほんとほんと」


 ニオもツェルトも、ライドも気が抜けてるのではないだろうか。


「こら、茶化さないの」


 課題挑戦中には監督の教師がいない。

 だから、もし緊急の事態に面しても、第三者の助力は期待できないのだ。


 だがそれでは、どうやって遺跡を踏破した事を確認するのか、という話になる。

 当然だろう。その現場を見た人間がいないのなら、確認しようがないではないかと、そう思うのが普通だから。


 けれどそれは、遺跡の最奥にあると言われている、結晶に記されている番号を伝える事によって果たされる。

 課題挑戦リストにある遺跡には、あらかじめそういう道具が設置されているのだ。


 私から皆にどう危機感を示そうかと考えていると、別の場所から助け船が寄越された。


 くすんだ赤の髪に、鮮やかな赤の瞳。

 着崩した制服や身のこなしから、どことなく軽薄そうな雰囲気が漂ってくるライドだ。

 ツェルトの友人だという彼は、ニオほどはまたよく知らない男子生徒だ。


「さ、おふざけもここまでにしようぜ? 俺は、剣士ちゃんに賛成。ここら辺、実は最近狂暴な魔物が暴れ回ってるって噂だし、気を付けた方がいい」


 魔物とは、遥か昔の時代に出現した脅威度の高い動物の事。

 普通の動物よりもはるかに獰猛で、身体能力も優れている生物だ。


 私も最近は、よく魔物の被害が各地で多発しているという情報を聞いてたところだった。


「俺はニオちゃんやツェルトみたいに能天気にしてて、後ろから頭蓋カチ割られたくないの。だから適度に緊張感もってね。これ俺からのお願いでーす」

「ちょ、頭蓋骨真っ二つで血がブシャーだなんて、怖い事言わないでよライド君」

「いや、あいつそこまで言ってなくね? でも頭蓋カチ割られるのは、俺も嫌だな。結構痛そうだし」


 ニオもツェルトも顔色を代えて、脳内で想像した光景に鳥肌を立てている。

 幸いにもライドが同意してくれたので、少しだけ場の空気を引き締める事が出来た様だ。


 彼は、ツェルトと並んで同じレベルのお調子者でもあるのだが、間違いなくこのメンバーの中では一番現実的な考え方をしている。

 こういう時に身近な周囲に起こりそうな事柄を訴えて、空気を換える能力はまぎれもない彼の才能だろう。


 くやしいが考えている事は、リーダー的な立ち位置になりがちなステラよりもずっと現実的なのだ。


「特にツェルト、お前はまだ力を制御できてないんじゃないの? 調子こいてると、愛しのハニーの危機に駆けつけられない、残念ナイトになっちゃうぜ」

「げ、それは嫌だな。まあ、今回はステラの近くにいるから、駆けつける事ぐらいは出来そうだけど。だよなぁ、何とかしないとなあ」


 それからライドは、ツェルトと話し込みながら何やら彼らにしか分からない話題を続けている。


 そこら辺の事情は友達同士にしか通じないものがあるのだろう。

 個人的な事に関しては今、私の出る幕はない。


 ところで愛しのハニーって誰の事?

 私の名前が出たけど、まさかそういう話じゃないだろうし。


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