第2章 憧れの人
フィンセント騎士学校 訓練室
授業が終わった後は、剣の型の練習が日課になっている。
学校の訓練室は授業後に生徒に開放されるので、入学したばかりだが、私は毎日そこに行って気がすむまで剣を振り続けるのだ。
剣を振るのは色々と楽しい。
こういうと狂剣士だとか周囲に色々言われてすごく遺憾なのだが、この感情は紛れもなく事実だ。
運動するからストレス解消になるし、なにより無心に一つの事を極めていくのが楽しかった。
百回の型の練習を終えて、一息つく。
「女神なき世界ね……」
ぼうっと過ごしているとたまに、とりとめのないどうでもいい考え事が頭をよぎる事がある。
私達の住んでいるこの世界についてだ。
この世界には、神様がいない。
魔法とか、精霊とか、鬼族とか、後勇者とかいうファンタジーな物は存在しているのに、なぜか神様だけいないのだ。
大昔に何かがあって神様がいなくなって、それからこの世界には徐々に魔物が増え始めてきているらしい。
何があったのかは知らないが、魔物に実際に襲われて死にかけた事のある私にとってはいい迷惑だった。
加えて、襲われた場所が森だったから、森嫌いになってしまったし。
「神様がいたら、みんな幸せになるはずよね。私の考える事って、変かしら」
そこに唐突に声がかかる。
「ん、どうしたんだ、ステラ。考え事か!? 俺も交ざって良い?」
ぼうっとしていたら、いつのまにかツェルトが横にいて驚いた。
確か補習があるとか言って、クラスで勉強しているはずではなかったのだろうか。
私達はまだ一年生で、入りたてのヒヨッ子だが、騎士学校は結構スパルタだ。
油断しているとあっという間についていけなくなるほどの量を、この学校では詰め込まなくてはいけないので、定期的に成績が悪い生徒は、授業後の補修に参加するはめになる。
「ステラが訓練室で訓練してるって聞いたから、気合で切り抜けて来た! 誉めてくれ」
「普段から頑張れないの?」
「自然にかつ遠回しに駄目だしされた! そうだよな。そうなるな。ステラが正しい! 俺の馬鹿!」
なにやらツェルトが一人で盛り上がって一人で落ち込んだりして、忙しそうだ。
彼ならきっと一人でいても、それなりに楽しく生きられそうだとちょっと思った。
後でニオにそう思った事を話したら「かわいそー」と言われたが、何がなのか分からなかった。
楽しげでいるツェルトは、しばらく補習についての話をしていたのだが、かと思ったら、いきなり話題を変えて来た。
「で、話変わるけど、ステラって剣が好きで学校に入ったのか?」
「貴方って好きな事しか喋らないの?」
ツェルトが落ち着いているところなんて、あるんだろうか。
ともあれ、別に話したくないことでもないため、一応話しておく。
「まあ、そうなるわね。剣は好きよ。呑気だって思うかしら」
「全然? 皆が皆、同じ目標を目指して頑張る方が不自然だろ。騎士になりたいってわけじゃないなら、ちょっと残念だって思っただけだ」
「どうして?」
「騎士になって同僚になったらずっと一緒にいられるし、カッコいいとこ見せられるからな!」
「とっても寂しがり屋さんよね、ツェルトって」
そんなにも友達と離れるのが嫌なのだろうか、と思えばツェルトは目に見えて肩を落とした。
「くっ、どう頑張っても意味が伝わらない、俺の頑張りも伝わらない。鈍いとか気付かれないとかじゃなくて、世界の陰謀的な力が働いているような気すらしてくる!」
「よく分からないけど、安心して。騎士になれるならなるつもりよ」
「え、本当か!?」
「私には憧れてる人がいるから、その人みたいな立派な騎士になりたいの」
それは私の命の恩人であり、師匠でもある人だ。
「へぇー。ステラにそんな人がいるんだな。会ってみたいな素直に」
「おすすめはしないわよ。結構意地悪な人だもの」
人格的にはすごい善人だとか、お人好しだとかという事はなくて、むしろ意地悪ともいえるくらいなのだから。
脳裏に浮かべたとある人の姿を思ってそう言うが、それでもツェルトの興味は尽きなかったようだ。
「それでも、ステラが憧れてるって言うなら、きっとすっごい人なんだろうな。俺、一目でもいいから見てみたい」
「難しい思うわよ。いきなり行方不明になった人だし、何年も消息が分かってないもの」
「えっ」
そうまでツェルトが言うのなら、会わせてあげたいとは思うけれど、きっとそれは難しいだろう。
今言った通り、あの人とはもう何年も会えていないのだから。
屋敷 浴場
その日の夜。
今の私の家である、弱小貴族の小さな屋敷(それでも一般人の家よりは大きいだろうけど)に帰って来た私は、一日の疲れを落とす為に真っ先に風呂に入った。
異世界だけど水源が近いので、水を贅沢に使えるのはありがたい。
「ふぁ……」
ぬるま湯程度のお湯だが、いっぱいに張られた浴槽に身を沈める。
王家から追放されても目の届かない所に追いやるよりはと、監視できる範囲の屋敷で不便にならない程度の贅沢は許されていた。
いつもなら複雑な気持ちになる境遇だが、こういう時はそんなあれこれの思考もそこかにとんでいってしまう。
追放された日から、父と母には会っていない。
もともと、会話も数えるほどしかしてなかったので、それ自体は対して堪えなかった。
今は屋敷の者が、剣の師匠であるレットや、使用人たちが昔よりもずっと身近にいてくれるのだからそれで十分だ。
それに、彼等は過度に同情したりせず、期待もしないから楽なのだ。
それどころか剣という趣味を得た私を、何も言わずに応援してくれるのだから、ずっと本当の家族より大切な存在だった。きっともし、また王宮に戻れると言われても私はきっとここを離れないだろう。
そもそも戻れるなんて事はあり得ない。確実に無理な話だ。
森に置き去りにされた時の裏切りが、魔物に狙われた時の恐怖が、私の心を強くさいなみ続けている限り、あんな場所に一秒だって長居したくはなかった。
私は王宮にいる者達の様にはできない。政治も王女らしい振る舞いにも、才能がない。誰かを陥れる策も、その中で生き残る器用さもない。陥れられてたくましく笑っていられるほどの精神性も、ないのだから……。
「……」
浴槽に身を深く沈めながら、私は今後の事を考える。
当然目標は、まず卒業だ。
騎士となって、強い敵と戦……ではなく人々を守りたい。
そして、そこそこだけ名前をあげて、親しい人にだけ誇れるくらいになれればそれだけで幸せだろう。
その為には、私を殺そうとする誰かさんの思惑をはねのける必要があるだろう。立ち向かえるようにならなくてはならない。
私はどんな事になっても、倒れない強さを身につけなくてはならなかった。
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