第1章 騎士学校の日常


 フィンセント騎士学校 教室内


 朝の授業が始まるまでの空いた時間。


 数十人の生徒が集まって授業を受けるために用意された教室の、その室内の窓際には一人の女性との席があった。

 突き抜ける様な空を向こう側に見せる窓ガラスには、その少女の姿が映っている。

 考え事をしている様子の、ぼんやりとした表情の少女の姿が。


 どこからどう見ても思案中であるその人物ステラ……つまり私は、学校に広まっているとある噂を思い浮かべながら、騎士学校の教室の中で言葉をこぼした。


「王家を追放された少女……実は、その王女が私だったなんて言ったら皆驚くかしら」


 元の名前はステラード・グランシャリオ・ストレイド。

 ただの一般市民ステラード・リィンレイシア(愛称ステラ)となった私は、ため息をつく。


 するとそんなステラの言葉を聞きつけたらしい人物が、彼女の隣から声をかけた。


「うーん、どうだろね。ニオとしては、そんな事じゃ驚かないんじゃないかなーって思ってるよ。だってステラちゃんって色々規格外な所があるし」

「規格外って……」


 そんな身もふたもない言い方をする友人の方へと視線を向けてみる。


 そこにいたのは、チョコレートを溶かしたようなつやのある短い茶色の髪に、猫の様な丸い瞳をした同じ年頃の少女。

 彼女の名前はニオ・ウルセイツ。

 私の友人であった。


 率直な物言いをする彼女は、今も思った事をそのまま口に出して述べている。


「だって、一人で熊倒しちゃうような生徒なんて他に聞いた事ないよ? 野外活動の時、熊の返り血浴びたステラちゃん見て、ニオはほっんとーにびっくりしたんだから」

「ええと、その節は心配をおかけしました」


 ニオが言った言葉は、私には全く否定出来そうにない内容ばかりだった。

 規格外の理由を聞かされたこちらは縮こまる以外の選択肢がとれない。


「でも、出てきたのが魔物じゃなくて良かったわね」

「それはほんとだよねー」


 普通の人間にとっては熊でも相当やっかいな敵であるのだが、それよりもさらにやっかいな存在が世界にはいるのだ。

 それが魔物だ。


 彼等は、私達の生活する世界レムリアにはびこる「人類の永遠の敵」であり、驚異的な力を持った危険な生物だった。


 彼らに対話などを行って意思疎通しようとしても無駄なので、魔物と出会ってしまったが最後。逃げ切るか……どちらかが命尽きるまで戦うしかないのだ。


 そんな風に私達が会話をしていると、いつもそこに話しかけてくるクラスメイトの男子生徒がいる。


「ステラッ! おはよう。今日も良い天気だな。でも俺は、ステラがいれば雨でも曇りでも良い天気だけどな」


 そうやって、少しあやしい言葉遣いをしながら自由に喋りかけるのはツェルトだ。

 ツェルト・クルセイダー。


 鳶色の髪に琥珀の瞳を持った少年で、人懐こそうな笑みが特徴の男子生徒だ。

 誰とでも仲良く慣れそうな性格をしているのだが、ステラにだけ、他の生徒達と話す五倍……いや十倍は、話しかけてくる。


 とりあえず無視するわけにもいかないので、彼へと挨拶を返した。


「おはよう、ツェルト。でも最後のはちょっと分からなかったわ。宿題やった? 忘れ物してない? 先生に怒られる前に私が見てあげるから」

「やったやった、ちゃんとやった。ステラに構われたいからってワザと忘れたフリしたかったけど、俺超頑張ってちゃんとやったから。でもこの年で子供みたいに心配された俺はちょっと悲しいぜ?」


 おどけたように言う彼は、注意された事を特に気にした風もなく、楽しそうにしている。


 ツェルトはステラ限定の極度のかまってちゃんなので、私が相手をしてくれれば、何でも良いみたいな節がある。構ってくれないとなると途端にすね始めたりいじけ始めたりするので、面倒な性格ではあったが。

 

 だがそういう時に無闇に甘やかしては駄目だと学習している。こちら自身にも他に気にしなければならない事もあるし、やらなければならない事があったりするのだ。だから、ツェルトの扱いは、ほどほどにするようにしていた。


「頑張ったって、そうやって主張するのは、ちゃんと宿題をできるようになってから。私に気にされる事が無いように頑張らなくちゃ駄目じゃない」

「ええー、そんな事言わないでくれよ。俺やっぱりわざと忘れようかなぁ……」


 ツェルトがこの世の終わりが来たような顔をして肩を落とす。

 だが、彼の心中を正しく読み取れなかったので、ステラは考えられる可能性を思い浮かべて言葉を返すしかない。


「不安だからと確かめて欲しいのは分かるけど、だったらその不安がなくなるまでちゃんとしっかりチェックしなさい」

    

 とりあえず、そんな彼に向って励ます様に言葉を述べるのだが、それと同時に教室にいた大半の生徒がツェルトに同情の色をこめた眼差しを送り始めた。


 視線を移せば、彼女の隣にいるニオも、同じような目になっている。

 たまにこんな事がよく学校内で起きるのだが、私にはその現象の意味がよく分からなかった。


「ねえ、ニオ。私、変な事言った?」

「ううん、すごくまっとーな意見だと思うよ。ただね、ニオ……皆の代わりにツェルト君に言うね。……どんまい」

「やめろやめろやめろ、うわぁ、ステラの親友が言うと余計なんかみじめっぽくなるだろ」


 ニオがポムっとツェルトの肩に手を置くと、彼は情けない声を残しながら教室を出て行ってしまう。


 前に似たな事があったが、放っておいても授業前には戻って来たので、特に追いかけたりはしなかった。

 人間は誰にでも一人になりたい時があると、そう納得するのにとどめて。


「ツェルトの事は良いとして、とりあえず予習しておかなくちゃ。新しく習った剣の型の名前、テストがあるんだったわよね」

「うーん、放置してても自然治癒する事は分かってるんだけど、ニオちょっと可哀想になって来たよ」


 周囲から「とどめを刺したお前が言うなと」そう声が上がった。


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