第19話 新しい世界になりました
会話がひと段落が着いた頃に、声をかけてくるのはマキーナさん。
でも心なしか、ちょっと疲れてそう。
「それで、もうおじさん達はいつあんた達を取り押さえに動いたら良いんだろうねぇ」
「おや、待ってくださっていたんですか、意外と礼儀正しい方なのですね」
「つーか、おっさん。今の聞いてなんかおかしいとか思わねぇのかよ」
あ、そうだよね。
私達結構大変な事喋ってたと思うのです。
きっと私達が、けっこう本気で「今の状態の世界は駄目だよ」って言ってるのをマキーナさんがちゃんと聞いててくれれば、分かってくれると思うんだけど……。
でも、それでもマキーナさんは私達を見逃してはくれなさそう。
「おじさんにもしがらみとか立場とかあんのよ。悪いけど、今更、会話劇一つで立場をころころ変えてちゃ、やっていけないでしょ」
「そら、そうか」
「頑張るってんなら、おじさん達倒してって、それからやってちょうだい」
ちょっと悲しいのです。
駄目だったみたい。
結局説得できなかったな。
でも、マキーナさんの声は何か吹っ切れた様でちょっとだけ、さっきよりも明るかったのです。
ディール君は私の肩をポンって叩きました。
「というわけで、ハルカ。この先にある塔の中へ行け。ここは俺達が何とかする」
「うん。ありがとう、ディール君」
「私達の本気の出しどころですね。ついでにハルカさんも、ハルカさんなりの本気を出して私達に見せて下さると助かるんですが」
「ミツバさんもありがとうございます」
二人にそんな声をかけてもらったら、私は結構やる気を出しちゃいます。
大丈夫、二人の事はいつも信頼してたから、心配してないの。今日もいつも通りにするだけなのです。
特別な事はしなくていいから、気持ちはとっても楽ちん。
「私、管理者さんのお仕事精一杯頑張るね、私の気持ちが皆に伝わる様にやってみる!」
「比喩の様に聞こえますが、ハルカさんなら本当にそんな事もやりそうですよね」
ミツバさんのそんな言葉を最後に、私は全力でダッシュします。
私は知るのは苦手だけど、塔の建物の中へと入って、メンテナンス用のポッドを探します
二人の前で、あんな風に言ったんだから、ちゃんとお仕事しなくちゃ。
よーし、張り切ってがんばるぞー。
塔のポッドの中に入って、管理区域の宇宙みたいな場所へ到着。
さっそく作業開始。
ミツバさん達も頑張ってるんだから私も負けてられないのです。
できるだけ急ぎながらいつも通り作業をしていくんだけど、私はある事を思い付いたの。
これは私のスタート地点。
なりたい私が見つかった始まりの場所だから。
その大事な決意を忘れないために、証になる何かを残しておきたかったの。
全部うまくいくなんて事はさすがの私でも考えてないけど、私は今できる事だけやろうって気合を入れました。
「♪~」
私は今この胸に抱えている気持ちをぐーって強く強く考えて、その歌を口ずさみます。
この世界の悪いところを何とかするために、靄をなんとかしていって、メンテナンスもこなしながら。
ディール君はミツバさんと一緒に、この世界に住む人達と一緒にいつまでもずっと過ごせますように。
笑ったり、悲しんだり、時には泣いちゃったり、苦しんじゃったりする事も、色んな事を一緒に経験したいの。
思い出を作り出していきたいんです。
忘れられたくないし、過去にしたくない。
思いを積み重ねるなら、皆がいて、私がいる思い出が良いな。
過去の失敗しちゃった事も、間違えちゃった事も、そんな事でも、私にとっては大事な事だから。
どうか、これからもこの世界の皆が争いなく笑って過ごせますように。
そう願いながら、私は歌を口ずさみ続けるの。
……。
管理者さんの言葉を歌に混ぜて、機械さんに命令するんじゃなくてお願いするように。
私の真剣な気持ちが伝わりますようにって。
歌は魔法だと思います。
心がほわっと温かくなったり、楽しくなったり。
誰にでもできる、言葉すらいらない簡単な魔法。
ソングバード・オンラインのソフトは、「言葉のいらない世界での冒険を貴方に」ってパーケージでお店で売り出されてました。
ソングバードの言葉はこの世界で「心から溢れる気持ちの力」っていう意味を持つの。
……この世界の歌う鳥はいつでも私達を見守ってるよ。
言葉のない音楽は、だって……この世界を見まわせばたくさん存在するんだから。
そうして歌っていると、小さくなった靄のモヤモヤさんが突然大きくなって私を取り囲むの。
怨霊さん達の心なのかな。
私の中に流れ込んでくる。
やっぱりそれは、滅んじゃった世界の人たちの思いだったのです。
苦しい。とか、悲しいとか。
そんな感じのがたくさん。
そして、この世界で今生きてる人達に向けての嫉妬とか憎しみとかの思いも。
黒くて、強くて、嵐みたいなのが私の心の中にやってきて、とても大変。
私は小さいから、吹きとばされちゃいそうになるの。
でも、知ってます。
私は一人じゃないんだ。
「――」
歌を歌いながらも、私はディール君やミツバさん、サクヤ様やマキーナさん、他の人達の気配を感じてる。
それ以外にも、この世界に存在する全てを感じてる。
「――」
だから、この歌は私だけの歌じゃない、皆で歌ってるのと同じなのです。
世界には草木や、花や虫たち、川や海や大空なんかも。
「怨霊さん、私達の道を縛らないで。私達、怨霊さん達の悲しいのも辛いのも否定しないよ。だから敵じゃなくて、一緒に手伝ってほしいのです。怨霊さんの力を貸して、今度は世界が滅びちゃわないように頑張ろう? きっと皆で頑張った方が楽しいもの、貴方達の力が必要なのです」
みんなで争うのも楽しい事だってあるよね。
でもそれはスポーツとかのお話です。
終わってから仲直りできるから楽しいんだと私は思うのです。
だから、こういう争い方はしたくないの。
私はそう思って、モヤモヤさんへと手を伸ばしていきます。
モヤモヤさんの中には、いっぱいのトゲトゲさん。
手とか心がチクチクってなるけど、私はちょっとだけ我慢。
痛い事や辛い事は嫌だけど、でもその後に楽しい事が待ってるなら、私達ってきっと……どれだけ痛くて辛くても我慢出来ちゃうのです。
「だから、その力で私達を助けて」
私はにっこり笑って、そのトゲトゲさんにそう語りかけました。
マキーナが花火で招き寄せた追手達とやりあっていたミツバとディールは、その変化に最初に気が付いた。
「ハルカさんですね」
「あいつは、……本気なのかよ」
管理者の思いは形となって世界へと権限を果たしていた。
道具は道具だと言ったその言葉を肯定する様に。
世界に溢れる悲しみや痛みすら肯定する様に。
過去に終わってしまった、誰に語られる事のない悲惨な歴史を受け止めるように。
星屑が雨のように降り注ぐ、靄はなくなり空は澄んで、流星を降らすまま。
花が咲き乱れ、植物が健やかに成長し始める。
けれど、世界の姿は以前とほとんど変わらぬまま。
変わらぬままに、ほんの少しだけ見えない何かが変わっていった。
その光景は、新しい世界の生まれ変わりを祝福するかのようなものだった。
『私はこの世界が大好きなのです』
世界中にいた者達はその瞬間、己の胸の内に響く一人の少女の声を聞いた。
その声はそれぞれの心の中に温かく沁み入る。
それは、どんな傷もたちどころに癒すような、そんな不思議な力を秘めていたと、声を聴いた者達は後に語った。
その日、新世界が誕生した。
そして、今まで絶対だった予言の的中率が下がり、運命は絶対的なものではなくなっていった。
予言によって、悲しい未来を受け止めて歩いていく人達をほんの少しだけ傷つけて……、
悲惨な未来を変えようと抗う人たちをほんの少しだけ勇気づけるような。
そんな世界に。
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