小説書いてただけなのに!?

二文野アマリ

第1話 プロローグ

 外から差し込む月明かりでさえ眩しいと感じた。意識の戻った私は咄嗟とっさに身をかがめ、窓の下まで這い寄った。おそるおそる覗き込む。

 窓の向こうに見えるは城下町。

 私は旅立つ前にお城から眺めた夜景を思い起こした。

 ここは王都にも見劣りするものではなく、朱色や青、緑などの屋根をもった家々が遠くまで所狭しと並んでいる。カラフルで綺麗だ。しかし、見覚えのある造りではなかった。

 遠くには小高い山が臨め、これまた見たことのない木々が風に揺られている。

 周囲に喧騒けんそうはない。

「無事に逃げ出せたようだな」

 気配を探ったけれども禍々まがまがしさを感じる事はなく、私は安堵した。けれども同時に人の存在も感じ取れない事に不安も感じる。ただ小鳥のこえばかりが甲高く響いている。

 数瞬、初めての景色に目を奪われたあと、振り返って辺りを見回してみる。

 乳白色の壁に囲まれた一室。天井には細長い棒が並んで2本取り付けられている。壁には白い棚が並んでおり、中には多量のビンがある。ぱっと見では中身は何なのか察することは出来ない。他にも床と天井に固定された黒色の机が、2つ、部屋の中央に置かれていた。この上にも先ほどと同じようなビンが整列して置かれていた。

 物は多いがしっかり整理された部屋である。その中で唯一、机の上に乱雑に置かれた一冊の本と十字架の首飾り、小さなドラゴンの彫刻が目を引いた。月光を反射するそれらは私の心にひどく引っかかりを覚えさせた。

 手に取ろうかとも思ったが、先ほどから鼻につくこの臭い。獣のものとも花と違う。今まで生きてきて嗅いだことは、私はない。有毒な物かもしれない。

 鼻口を閉じて早急に移動をすることにした。

 部屋の前後に扉が2つ。この左右対称の部屋では、どちらが前でどちらが後ろなのかなんて事は分からない。

 とにかく仲間を見つけなくては……。

どちらでもいい。全く同じように見えるのだから私が迷っても仕方がない。私は近かった方の扉を静かに開けた。

 やはり人は誰もいない。首を出して辺りを確認すると、後ろ手にそっと扉を閉めた。

 忍び足で30分ほど歩いただろうか。探索して分かったことは、それなりに大きな建造物の中にいる。同じような机と椅子がたくさん置いてあり、同じような部屋がいくつもある。それだけ。外へ続いている扉は全て鍵が掛かっていた。

 分からないことばかりが増えた。

 結局、仲間はおろか、人一人見つからない。

 床から足裏を上る冷気。建物の中だというのにいずこから吹く風が背中をなでる。だんだん心細くなってきた私を疲弊させていく。


 その時、唐突に音が響いた。重低音。体の底から聞こえてくるような音に私は身をこごめた。あきらかな生物が発したであろうもの。

 敵か味方か。その音源は…………。


 うん、やはり私のお腹からだったか。


 腹が空いたら無理はよくないと師匠は言っていた。けれど、もう少しだけ頑張らなくては。うなるお腹を私はさする。静まりたまへと願いを込めて。

 手のひらとお腹が直に触れあう。温かい。

「アンネって手だけは温かいよね」とリューネによく手を握られていたのを思い出した。「だけってなに?」と返すのがお約束だ。

 しかし、おかしい。やけに寒い。

 思えばずっと、おかしかった。

 私は世界を荒らす悪しきドラゴンと戦っていたのだ。仲間と4人で装備を整え、作戦を練って挑んだ。私はずっと欲しかった丈夫な、それでいて綺麗なレザーアーマーを新調した。お気に入りとなった。

 けれども結果を言えば負けた。大負けだ。あいつを倒すには全然力が足りていなかった。やはりドラゴンは圧倒的。そう認めざるを得なかった。

 仲間がみんなやられた。死んではいないが瀕死ひんし撤退てったいするしかない状況に追い込まれた。私は仲間を集めて転移魔法で飛んだ。とにかくどこか安全な場所へ、と。

 そして、気がつけば先ほどの白い部屋にいた。

 今にいたって、はじめて自分の身を見返る。そして納得。寒いはずである。

 裸だった。なにゆえ服を着ていないのだろうか。お気にのレザーアーマーはどこへ。

 まぁいいだろう。今は考えるのも面倒くさい。

 もういいかなぁ……。もういいよねぇ……。


 私はひざを抱えて、わんわん泣いた。




 我が輩はバカである。卒業単位はまだない。大学4年生の5月になって焦りを感じなくはないが、今考えてもどうにもならない。今は今のためになるべき事を考えることが得策である。

 朝日に背中を小突かれながら、俺は大学へと続く坂道を上っていた。今年で4年目ともなるがこの上り坂は今日も俺の勉学への熱意や誠意、友達への思いやりまで奪っていく魔法をかける。

 ようするにとてもだるい。来るだけで不機嫌になるくらいにはこの坂道に愛想を尽かしていた。

 それでも! まだ太陽が白色に輝いているこの時間に学校に来なければならなくなってしまったのには訳がある。

 忘れ物をした。

 まぁ言ってしまえばそれだけなのだが、あまり人の目に触れて欲しくないものなので早急に回収しようとやってきた次第である。

俺は昨日の自分に悪態をつきながら、てくてくと自分の研究室へと向かっていった。



 今考えるべきはこれである。

 世の中には色んな人がいる。おっきい人ちっさい人、怒りっぽい、引っ込み思案。多種多様な人がいるから面白いと偉い人も言っていた。俺もそう思う。

 そして多種多様な人がいるということは、これまた多種多様な考え方があるわけだ。

 単刀直入に言うと、俺の性癖は大人のお姉さんである。妖艶な魅力を求めているのではなく、「もう、しょうがないなぁ」と優しく許してくれる余裕と包容力が好きなのだ。男性諸君なら、女性に甘えたいそんな感情を心のどこかにきっとお持ちのはずだ。言っておきたいのは、決してマザコンではない。

 ですからして! 俺は階段を上がった先に体操座りで裸の居眠り少女がいたとしても、なんら普段と変わらない紳士的な態度で接することが出来るのだ。

 こんな早い時間に人がいるとは思わず、少しだけ驚いた。

 遠目から見てその少女は、今時珍しくもない赤髪をすやすやと前後に揺らしている。校舎の中庭から差し込む光が少女を照らし、物語の一場面の様な雰囲気を醸し出す。俺からしたら小柄なわりにすらっとした体躯。無駄のない筋肉があることを伺わせる。ごく一般的な少女に見える。断じて日夜、一般少女を観察するクセがあるから違いが分かるとかそういうモノではない。

 俺に危害を加えるタイプではない事を確認してさらに近づく。

 そばで見ると、彼女のツヤのある白い肌には、すり傷や打撲が散見された。

 ――まさか虐待だろうか。

 途端に心配になってきた。俺の中の正義の心がムクムクと立ち上がるのを感じた。

少女の肩を揺らし優しく声をかける。

「どうしたんですか?」

 俺の声に反応して肩をビクつかせた少女は、おもむろに顔を上げた。その顔には、怯えと安堵、期待感が順番に浮かんでいった。目には泣き腫らした痕が見て取れる。可哀想に。夜通しここに居るしかなかったのだろう。より安心させてあげられるように、少女のために柔和な顔をつくった。

 そして少女は一言、

「あ、変態の方ですか?」

「いや、違いますけど」

「きっとそうですよ、自覚がないだけで」

「いえ、違いま――」

 二度目の否定をし終わる前に、プロ並みの早さで飛びついてきた彼女はなんの遠慮もなく俺の首にチョークスクリーパーをキメる。ただの大学生が日頃から絞め技に掛けられているはずもなく、抵抗の仕方も分からないので、俺はあっさりと意識を手放した。

 自分の不甲斐なさに、これが平和ボケかと。日本の素晴らしさを嘆いた。

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