第108話 いい男 探して駄目なら 育てちゃえ 前編
メリークリスマス! と言いたいがために書き始めましたが、めちゃくちゃ長くなったので前中後に分かれました。
一応読まなくても話の本筋には支障がないようにしますので……
カクヨムコン8合わせで「わらしべ長者で宇宙海賊」という小説も書き始めました。
そちらもよろしくお願いいたします。
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こんなはずじゃあなかった。
人生はそんな事の連続だ。
誰もが羨む染物屋の大店の一人娘として生まれ、没落して売られ、実家と同じような商家に買われ。
女として閨に侍るのかと思えば、料理を任され。
私は今や、その家の料理長としての地位を不動のものにしていた、いや……
「料理長! 味見てください」
「うん、いい感じ。チドル、このまま進めて」
「シーリィさん、こっちも!」
「薄い、塩をもうちょっと足して」
「シーリィさん!」
「シーリィ料理長!」
「手が離せないから口に持ってきて!」
毎日毎日、
料理長の私はその全てに責任と職権を持ち、クタクタになるまで鍋を振り続けていた。
そんな私の目下の悩みの種は自分の将来の事。
ありていに言えば、結婚相手の事だった。
私ももう二十三歳、子供が二、三人いてもおかしくない年なのだ。
一緒にシェンカーへ売られてきたハントが先に結婚と妊娠を果たしているというのも、私の焦りに拍車をかけていた。
「あーもー、ハントはいつ帰ってくるのよ!」
「ハントさん、お腹大きくなり始めたとこなんだから無理ですよ」
「
「ご主人さまも色々考える方だけれど、妊娠した人にお金を払って休ませるってのはちょっと凄すぎよねぇ」
普通奴隷が妊娠なんてしたら、お腹の子供ごと売り飛ばされる事もある。
うちのご主人さまは、ひょっとして買った奴隷で採算を取る気がないんじゃないか……? とも思うけれど。
私達の扱う食材も着々と自己調達の物が増えてきているし、こんなでっかい本部にまで建て替えをしてるぐらいなんだもの……
もしかしたら、あんまり天才すぎると逆にバカに見えるっていう奴なのかしら?
「シーリィさん、ご主人さまが来られてます! 部屋にいるって」
「はいはい、チドル! あと頼むわね」
「はいはーい!」
私は昼ご飯の準備をハントの代わりに副料理長になったチドルに任せ、コックコートを脱ぎながらオーナー室と名付けられた部屋へと向かったのだった。
「え!? 頭の良くなる飴!?」
「そうそう、頭の良くなる飴を作ってほしいんだ」
やっぱり天才じゃなくて……別の方だったのかも。
いつもの「いい事思いついた」という表情で荒唐無稽な事を話すご主人さまを見て、そう思ってしまった私に罪はないと思う。
まあ、そうでなくても春だもの。
ちょっと不思議な気分になる事だってあるわよね。
「……ま、と言っても本当に頭が良くなるってわけじゃない」
「あ、なーんだ……」
良かった、安心した。
ご主人さまは机の上に置かれた蓋付きの大きな壺を指さして、ニコニコと笑う。
「これ、最近作った魔具で抽出できるようになった、虫歯になりにくい砂糖なんだけどさ。これで飴を作ってほしいんだよね」
「はあ、虫歯になりにくい砂糖ですか」
「これからみんなの子供も大きくなるでしょ? 子供が甘いもの食べまくってさ、虫歯の治療やらなんやらで呼び出されると俺も困っちゃうと思うんだよね」
「はあ、たしかに」
そんな事でご主人さまを呼び出すような人はいないと思うけど、とりあえず頷いておいた。
「そこで作ったのがこの砂糖なんだよ」
「あの、それで頭が良くなるっていうのは……?」
「ああ、それは大嘘。でも親だってさ、どうせ買うなら普通の飴よりかは子供に良さそうな物の方がいいでしょ?」
「まあそう、ですかねぇ……」
「親が子供のおやつにこの飴を選べば子供の虫歯も減るって事。普通の砂糖より太りにくいから健康にもいいしね」
それなら子供の飴なんか作らず、女性向けのお菓子として売り出せば……とは思ったけれど。
子供の飴じゃなくてそっちの案になったところでどうせ作るのは自分なのだと気づき、口をつぐんだ。
さすがにこれ以上忙しくなると、更に婚期が遠のいてしまうもの。
「という事でさ、試作して売ってみてよ。チキンの部下のトロリスに話は通してあるからさ、作った物持ってけば宣伝と販売はやってくれるから」
「かしこまりました」
ご主人さまはそれだけ言って腰を浮かしかけ……何かを思い出したのか、もう一度腰を下ろした。
「そうそう、シーリィに手紙を預かってたんだった」
「私宛にですか?」
「俺の友人の取引先からなんだよ。どうするかは任せるけど、まあ読んでみて」
「はい」
私に手紙と砂糖壺を渡して、ご主人さまは今度こそ帰っていったのだった。
晩ごはんを作り終えて調理場の火を落とせば、その日の私の仕事は終わりだ。
普段はここから飲みに出かけたり、美容のための体操なんかをするのだけれど……
今日はご主人さまから受け取った、謎の手紙があった。
さほど急ぎの感じではなかったけれど、万が一にもご主人さまの顔を潰すような事があってはならないもの。
意を決してペーパーナイフで手紙を開き、読み始めた。
手紙の相手はうちと同じ中町の布屋の店主、バータ氏。
内容は去年の土竜神社のお祭りで、私がご主人さまに言われて作ったハヤシライスについての事だった。
何でも、バータ氏はあの日に食べたハヤシライスがとてもお気に召したとの事で、どうしてももう一度あの料理を食べてみたいと、そういう話のようだ。
ハヤシライスならば、最近は出している店もいくつかあると聞いている。
わざわざ私が作らなくてもそちらを紹介すればいい……いや、普通ならそうするところだけれど、これはご主人さまから直々に預かった手紙だ。
下手な対応は打てなかった。
結局数日を費やして何度かバータ氏と手紙のやり取りを行い、こちらの仕事が終わった後に私が邸宅に伺い料理を供するという事が決まった。
可能性は低いが何かがあってはいけないと、元冒険者組の調理場スタッフも一人ついてきてくれる事になった。
まあ、今のところ予定はないけど、嫁入り前の身ですし……
調理場の仕事に飴の開発にと忙しくしていると、すぐにその日はやって来た。
仕事終わりの人達が行き交う少し肌寒い春の夜道を、食材を担いで足早に急ぐ。
「チャオ、付き合わせてごめんね」
「いいんすよ、勉強にもなるし」
腰に剣を帯びた犬人族のチャオと喋りながら歩いていると、バータ氏の布屋にはすぐについた。
奴隷はおろか、庶民でも入るのに尻込みをしそうな立派な店構えだったけど……
普段仕事をしている場所の事を考えると、別にそこまででもないような気もしてくる。
私もすっかりサワディ様に毒されてるわね……
「でっかい店っすね~」
「いつもこの十倍以上はでっかい所で仕事してるじゃない」
「あ、そっか」
荷物をチャオに任せて大門の叩き金をゴンゴンと鳴らすと、通用口の方からちょっと丸っこい顔をした紳士が顔を出した。
「おお、シーリィさんですかな? お待ちしておりました! 手紙ではどうも! 私がバータでございます」
「
「チャオです。よろしくお願い致します」
「今日はありがとうございます! ささ、こちらに!」
挨拶もそこそこに、意外と設備の整った調理場へと通された。
普段はここで従業員の食事を作っているんだろうか、設備や調理器具は一通り揃っているみたいだ。
設備の割にあまり調味料等がないのが不思議だが、たまたま切らしているのだろうか。
「よし、チャオは玉ねぎを切って」
「うっす」
チャオと私はさっそく調理器具をお借りして、ハヤシライスを作り始める。
フライパンでバターを溶かしながら、組み上げてきた工程を頭の中でおさらいする。
今回味の決め手になるソースは作ってきてあるから、お米を炊くのが一番時間がかかるぐらいだ。
出張料理のために色々考え、手早く料理を作る事を突き詰めて具材を抜いたソースを作ったりと、なんだかんだと色々勉強になる部分もあった。
ま、そう考えるとたまには出張料理も悪くないのかな。
「玉ねぎ、できたっすよ」
「次、肉とキノコ出して」
「あいあい」
フライパンの熱を見ていると、ふと背中に視線を感じて振り返る。
作り方に興味があるんだろうか、調理場の入り口からは一人の男がこちらを覗き込んでいた。
「おお、これはまさしくあの日のハヤシライス! やはりこの真っ白でモチッとした麦がないといけない! 街の食堂で出された物にはみなこれがなかったのですよ!」
ハヤシライスを一匙食べたバータ氏は、高そうなワインを一口飲んでから猛烈な勢いで喋り始めた。
サワディ様が考案して私が開発した料理にそこまで惚れ込んでくれるというのは、ちょっと照れくさいけれども正直嬉しい。
こういうのを、料理人冥利に尽きるって言うのかしらね。
「お気に召して何よりです」
「しかし、この白い麦は一体何なのですかな? あのお祭りの日にこの料理に一目惚れをしてからほうぼうで探しましたが、どうしても見つけられませんでした」
「それは麦ではなく、コメという作物ですよ」
「コメ! おお、聞いた事もありませんでした。シェンカーで取り扱われている物なのですかな?」
「北方の物らしいのですがうちで栽培に成功しまして、一部の店で料理に出しておりました」
「おお、それは知りませんでした! ぜひ購入しなければ!」
大絶賛すぎて、コメが不人気すぎてパンの混ぜ物にされてるとはとても言い出しづらい反応ね。
まあ販売はできるでしょうから、そちらの話はうちのご主人さまの
結局私とチャオは過大なほどのお褒めと感謝の言葉を頂き、ちょっと貰い過ぎなぐらいの謝礼も頂いてからバータ氏の店を辞した。
「なんか、こんなに貰っちゃって悪いっすね」
「半分こにしましょ~、夏物のブラウス買っちゃおうかな」
「こんなに貰えるなら出張料理も悪かないっすね~」
勉強になって、感謝されて、お小遣いも貰えていい日だったね。
……とはいかなかった。
私は、バータ氏のハヤシライスへの想いの大きさを見誤っていたのだ。
三日後、私は
「へ? バータ氏の所の料理人が私に弟子入り? なんで?」
「なんでも、バータ氏がコメ入りハヤシライスの専門店を出店したいと、うちのサワディ様にご友人の家具屋のジニさん経由で申し入れたそうよ」
自分の服飾店のシャツにかっこいいループタイを結んで着こなしたチキンは、落ち着いた口調でそう話す。
なんだかこの子、最近ますます貫禄が出てきたわね。
「はあ、そりゃあ別にいいんじゃないのと思うけれど。なんで弟子なんて話に……?」
「あのコメの普及に熱心だったサワディ様よ? バータ氏の熱意に感化されちゃって、店の料理長予定の人をシーリィに弟子入りさせましょう! って話になったってわけ」
「あー、そうなるか……」
たしかにご主人さまはコメの普及に熱心というか、執念を燃やしてたものねぇ。
そんな所に同好の士が現れれば、肩入れの一つもしたくなるか……
「という事で、明日から来るからよろしく」
「弟子って事はハヤシライス以外の料理にも使っていいのよね?」
「これまで趣味の手料理ぐらいしか作ってなかったらしいのよ。だから、できるなら基礎からみっちり教えてほしいんだって」
「ならまあ、いいか……ハヤシライスは就業後に教えて……ああ、飴もまだ完成してないのに」
「ごめん。大変だけど、よろしくね」
手を合わせるチキンのたおやかな指先の、桃色に塗られた爪がキラリと光った。
執務室から出てふと自分の手を見ると、指先は毎日の水仕事で荒れていて、爪も料理の邪魔にならないようにただ短く切られているだけ。
「なんだか、このままじゃいけない気がする……」
仕事が上手くいけばいくほど、女としての幸せが遠のいてくような。
このまま行けば、いつかどこかで取り返しのつかない事になる日が来てしまうような。
そんな気持ちのまま翌日を迎えた私は……
この仕事を続けたまま、女としても幸せにしてくれそうな、そんな存在に出会っていた。
「ディーゴです、十七歳です。こういう大きい調理場で働くのは初めてで緊張しておりますが、ご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いいたします」
ええ~っ! 弟子って男だったの!?
という言葉を飲み込んで、努めて驚きを顔に出さないよう、皆と一緒に拍手をする。
女としての私は心から驚いていても、この調理場を預かる料理長としての私は、そんな浮ついた理由で驚くわけにはいかなかったのだ。
よく見るとディーゴさんはあの出張料理の日に、調理場の入り口から覗き込んでいた男の人だった。
ディーゴさんは周りの皆に低姿勢で頭を下げて挨拶をしながら、こちらへとやって来た。
「シーリィ師匠、改めてよろしくお願い致します!」
うん、爽やかだ。
顔もいい。
「あの出張料理の日の腕前を見て、師と仰ぐべきお方はシーリィさんを置いて他にないと思っておりました!」
うん、可愛い。
顔もいい。
「これまでずっと自己流でやってきたので、本業の方から学べるのが楽しみです!」
うん、眩しい。
顔もいい。
同じ料理人なら価値観も合うだろうし、結婚したら彼の店を私が手伝うって事もできるはず。
問題は私が奴隷の身分な事だけど、トルキイバから出ないのであれば問題はないはず。
職場恋愛、いいじゃない!
そうと決まれば、あとはお姉さんとして、料理長として、師匠として優しく導いてあげるだけ。
「よろしくね。わからない事があったら何でも聞いてね」
「はい! ありがとうございます!」
順風満帆、我が世の春が来た!
そう思っていた私に特大の苦難が訪れるのは、それからすぐの事だった。
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多分これで年内最後になります。
今年は全然更新できずにごめんなさい。
来年はもっと頑張ります。
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