第102話 麗しき 女の影に 悩みあり 後編
上映ベルが鳴り響いた数秒後に、劇場内の照明が全て消えて暗闇が訪れ……
そうしてゆっくりと舞台の幕が上がり、場内に再び光が溢れ出しました。
『あなた、見てくださいこの子を。球のような男の子ですよ』
『おお、なんということだ。夢にまで見た男の跡取りが! 神よ! 感謝致します! これで我がタロイモント子爵家は安泰だ!』
観客席からざわざわと困惑の声が上がりました。
あなたと呼ばれ、男性の服を着て、付け髭をつけたその役者はどう見ても女の人だったからです。
『ですがあなた、跡取りはレニッツでは……』
『レニッツはどうしても男子に恵まれなんだこの家の跡取りとするため、男として育て暮らさせてきた。だが男の跡取りができた以上はそれも不要だ、女としての幸せを掴ませてやらねば』
『ですが、それであの子は納得するのでしょうか?』
『この国の貴族家当主は男のみと定められておる、元々男が継ぐ事こそが正道。それに今はまだこの私がタロイモント子爵家の当主、当主のすることは全て子爵家のためになることだ。それに歯向かうような育て方はしておらぬ』
『そうでしたらよいのですが……』
話が入ってきませんわ。
あの男装の女役者に関しては何の説明もありませんの?
『レニッツ、お前の結婚が決まった』
『おお父上、私の結婚相手とはいったいいかなご令嬢であろうか?』
今度は光を照り返すきらびやかな衣装を纏った、男装の麗人が舞台へ出てきました。
この方は男役? 女役?
男のふりをしている女を演じている男っぽい女なのかしら?
『令嬢ではない、立派な紳士だ。先程当家にも念願の男の嫡男が生まれた。お前ももう無理をして男のふりをする必要はない、ジンネンジョ子爵の後妻として嫁に行くのだ』
『ジンネンジョ子爵!? 父上よりも年上ではありませんか』
『それがどうした? 立派な方だ。お前は私の言うとおりにしていればよい』
『……お断り致します』
『なんだと?』
『私は生まれた時から武芸百般、芸事に勉学、次期当主になるために色々な事を仕込まれて参りました。だから家の事を思えばこそ、弟が生まれたと言うならばその地位を明け渡す事に異存はありません。しかし次期当主でないのだとすれば、私は女として、好色で悪辣なことで有名なジンネンジョなどに嫁ぐつもりはないのです』
『貴様レニッツ、当主である私の命令が聞けないと言うのか?』
『聞けませぬな』
『聞けい』
『聞けませぬ』
『聞けい聞けい』
『聞けませぬ聞けませぬ』
『どうしても聞けぬというのか?』
『どうしても聞けませぬな』
『ならば……お前は追放だ! 二度とタロイモントの名を名乗ることは相許さぬ! 者共! 出会え出会えい! この者を我が領から追い立てよ!』
『追放だ~♪』
『追放だ~♪』
会場からどっと笑いが起きました。
だって子爵役の号令で舞台に飛び出してきた役者全員が女性だったんですもの。
『槍を持て、追い立てろ♪』
銀の鎧を着込んだ騎士達も女、せかせかと走り込んできた執事役も女。
『やめて~♪ 私達のおひい様を~♪』
そしてやけに豪奢な服を着たメイド達ももちろん女。
ということは、この劇団はきっと女の人だけの劇団ですのね。
『姫だったのは~ついさっきまで♪ 今はただの男装の女~♪』
『城から出せ♪』
『街から出せ♪』
『遠く♪ 遠く♪ 故郷を離れ♪』
騎士達に脇を固められた主人公が舞台の中央で足踏みをしていると、後ろの絵が城から街へ、街から農村へとパッと切り替わっていきます。
さすがは芝居狂いの作った劇場、見たこともない舞台装置ですわね。
『土地から出せ♪』
『果ての果てへ♪』
『魔物潜む♪ 荒野の果てへ~♪』
ついに主人公は着の身着のまま荒野へと放り出されてへたり込んでしまいました。
赤茶けた荒野の中で女一人、一体どうするというのでしょうか。
『跡取りとして、男として育てられた家を出され、愛していた民達に故郷を追われ、今私に残るものは服一枚と金貨数枚』
当主の意に逆らったとはいえ、かわいそうですわ。
私ならば一人で心細くて泣いてしまうかも。
『だが、この胸に宿る清々しさはなんなのだ……? 私はこれまで、こうして故郷を離れる事を望んでいたとでもいうのだろうか?』
地面に座り込んでいた彼女はそう言って、天を仰ぎ両手を広げました。
『あの赤くそびえる山にも、深い深い森にも、空と大地の狭間にも、これから自由に行けるのだと思うと、胸の高まりを抑えることができない』
貴族としての屈辱にまみれた場面のはずですのに、劇伴はなぜか勇壮な曲で、まるで主人公の旅立ちを祝っているよう。
曲に乗せて、彼女が仰いだ空の背景に次々に文字が浮かび上がります。
【『もう遅い』】
【脚本:メジアス】
【劇団:シェンカー歌劇団・白光組】
【総合演出:ディディ・サワー】
【主演:夜霧のヨマネス】
やはりというかなんと言いますか、主演の女性は名前も聞いたことのない方でしたわ。
普通、こういう晴れの日の公演には主演ぐらいは有名な方をお呼びしてくるものではないのかしら?
それにしても、あの文字の演出はどうなっているんでしょうか。
本当、力を入れる場所がチグハグな演劇ですこと。
『そこな若者、こんな僻地で空を見上げてどうなされた?』
『兄ちゃん、ここは魔物が出るから危ないぜ』
天を仰いでいた主人公の元に、剣を担いだ若者と弓を背負った老人の冒険者が現れました。
もちろん二人とも男装をした女性です。
『実は、さる事情から家を出されて途方に暮れていたのだ。お二人は?』
『俺達か? 俺達二人は冒険者さ』
『さよう、自由と危険と名誉を愛する、誇り高き冒険者であるぞ』
『冒険者。冒険者か!』
主人公がそう言って天を仰いだ瞬間、舞台袖から革の鎧や剣を持った女性達が沢山飛び出して来ました。
そしてそのまま、主人公達が歌を歌うのに合わせて踊り始めましたわ。
野盗か何かかと思ったら踊り子だったのね。
『さ~♪ あ~♪ 剣を持て~♪』
『ワインとパンも~♪』
『自由を愛し~♪ 宝を求め~♪』
『正義を信じ~♪ 名誉を求め~♪』
『麗しの大秘境へ~♪ 恐ろしい竜の巣へ~♪』
『まだ見ぬ物求め~♪ 行こう~♪』
『見果てぬ夢めがけ~♪ 行こう~♪』
歌に合わせて大きな滝のある秘境や龍の巣に変わっていた主人公達の後ろの絵が、歌の間奏に入ると共にまた荒野の絵へと戻りました。
なんだか変な演出ですわ。
せっかくのメジアス氏の脚本なのですから、この演出家は変えたほうがいいですわね。
『キャーッ! どなたか助けてーっ! 魔物が! 魔物がーっ!』
『向こうで馬車が襲われておる、行くぞリード! 剣を抜けい!』
『おうよパイロン! 援護を頼むぞ!』
『お二人、私も助太刀しよう! 魔法は得意だ!』
『おお若者! 手伝ってくれるか! 名はなんと!?』
『我が名はレニッツ……ただのレニッツだ!』
『さぁ~行こう~♪』
『剣を向け~♪ 魔法を打て~♪』
『命を張って~♪ 全てを掴め~♪』
結局この後馬車に襲いかかる狼を退治した三人は冒険者として『虹の尾』というパーティーを作り、旅をしながら様々な依頼を受けて暮らしていくことになります。
旅の中でのレニッツ達三人の活躍はまさに英雄的と言っていいものでしたわ。
村を荒らすバジリスクを狩り、都市の水源を汚染する巨大ヤモリを倒し、古き廃都の守護者であるドラゴンの依頼を完遂して不老長寿の加護を受ける。
ずうっとドキドキワクワクするような瞬間が続いて、私はすっかりこの三人が好きになってしまいましたわ。
出てくる役の全てが美しく着飾った女性の役者だというのも目新しく、なんだかこれまでにない感覚の豪華さを感じます。
最初こそ笑いが起きたこの劇でしたが、主人公のレニッツが若き剣使いリードに女であることを白状し愛の告白をするシーンでは劇場中からため息がこぼれました。
『レニッツ、お前と俺との間に何を隠すことがあるというのだ』
『じゃあ聞くが、たとえば私がとある子爵家の出だったとしたらどうだ?』
『それがどうしたというのだ、今はお互い単なる風来坊じゃないか』
『ではたとえば私が、男として育てられた女だとしたら?』
『男でも女でも、共にバジリスクの巣に潜った我らの友情は変わらない』
『ではたとえば、私がお前を愛していると言ったら?』
『……知ってたさ』
レニッツもリードも女同士だと頭ではわかっているのに、胸がドキドキしました!
本当に素晴らしい役者さん達ですわ~!
メジアス氏のこの脚本も良作ですが、何よりもこの女性だけの劇団の完成度が素晴らしい。
演出も変ですけど、だんだん癖になってきたといいますか、あまり気にならなくなってきましたわ。
是非ともこの劇団でもっともっと色んな劇を見てみたい、そんな気持ちが止まりません。
結局その後夫婦になったレニッツとリードは仲間の老いた弓使いパイロンを伴って隣の国へ向かい、辺境を開拓して小さな村の領主になりました。
英雄たちの起こした小さな村、いいですわね……
『レニッツ、お前の実家から手紙が来ているぞ』
『手紙? どういう風の吹き回しだろうか? なっ! これは……』
『どうした?』
『弟が病を得て夭折したそうだ、父も心労で倒れもう長くはないと……私に次期当主としてすぐに戻るように書いてある』
『そうか……』
貴族の当主は男のみと定められているこのお話の中の国で、次期当主として戻るという事は女を捨て男として戻るという事。
別れを予感したリードが悲しそうな顔で見つめる中、主人公レニッツは手紙を破いてしまいました。
『レニッツ、いいのか?』
『これでいい、これでいいんだ。私はもう偽りの子爵家嫡男ではなく、この村の村主であるリードの妻。守るべきはタロイモント子爵家ではなく、この辺境の新たな故郷なのだ』
『だが……』
『
レニッツがビリビリに破いた手紙を放ると、舞台に横薙ぎに吹いた風がそれをどこかへと連れ去ってしまいました。
『風よ吹け。故郷に届けろ。遅すぎたとな』
その言葉を最後に、舞台に幕が降りました。
最初は嘲り笑っていたはずの観客達から、大きな大きな拍手が起こりました。
客席からは絶賛の意を表する光の帯の魔法が幾筋も放たれて、大変な大騒ぎです。
もちろん私も立ち上がって力の限り拍手を送り、舞台に向けてレニッツの髪の色である金色の光の帯を放ちました。
本当に素晴らしい劇団ですわ!
全員女性だなんて最初は色物としか思えませんでしたけれど、麗しく、逞しく、芳しく……ああ、なんだか夢のような……
できることならば、この劇団に出資致したいぐらいですわ!
「結構面白かったんじゃないかな?」
「あ、そうですね。全員女性というのは面食らいましたけど……」
「最初は悪い冗談かと思ったけど、意外と華やかでいいものだったねぇ」
「お父様、あなた、また来ましょうね! 私達がトルキイバにいるうちに!」
「え? 私はもう一度は……母さんを誘ってあげたらどうだい?」
「ああ、そうですわね。お母様にも是非この演劇の良さを知っていただきたいですわ」
「おや、また幕が開いたぞ。
「あらっ! 本当ですわ!」
幕が上がりきった舞台に、袖から主役の『虹の尾』の三人が走り込んできました。
万雷の拍手の中三人は深々と礼をして、袖へと下がっていきました。
あら、もう下がってしまわれるの?
次々に役者達が登場して礼をしますが、主役たちは不在のままです。
後でもう一度出てくるのかしら?
そう思っていたのですけれど、結局彼女たちが舞台にもう一度出てくる事はありませんでしたわ。
「おや、帰りは動く階段が
「本当ですね、上にも下にも動くのか」
お父様達の言う通り、行きは昇りだった動く階段が降りの向きにされていました。
たしかに階段を四階分昇るのは少し疲れますが、降りるぐらいならばなんでもないと思うのですけれど……
私ももう少し年を取ったら階段を降りるのもつらくなるのかしら?
「ヨマネス様って一体何者なのかしら?」
「これまで他の劇で見たことはありまして?」
「ありませんわ、あのような華のあるお方が無名なわけがありませんし……」
「私、演劇に詳しい方に伝手がございますの。出入りの家具屋の息子さんなのですけれど……そちらに当たってみましょうか?」
「まあっ! それは心強い」
「是非お願い致しますわ!」
動く階段を降りながら、周りの令嬢たちのそんな話を聞いていました。
レニッツ役の夜霧のヨマネス様の出自……わかったら私にも教えて頂きたいですわ。
……はっ!
そういえば私はこの劇場のオーナーの知り合いなのだから、直接聞けばいいのよね。
帰ったらさっそく手紙を出しましょう。
聞いてみたいことが沢山ありますわ。
ヨマネス様の正体、この劇団を考案した人のお考え、あの舞台装置の秘密。
しかし、まさか私が芝居狂いのシェンカーに芝居の質問をする事になるだなんて……人生というのは本当にわからないものですわね。
「おや、何か出口の近くに人だかりができているな」
「なんでしょうね? 行きの混雑の原因はこの階段でしたけど」
「何やら楽しそうな声が聞こえますわね」
ゆっくりと階段が降りていくと、ちらりと今日の劇の主役のレニッツ……ヨマネス様の顔が見えた気がしました。
まあっ!
何かしら?
「役者の版画集を販売しておりまーす! 握手券は一集につき一枚でーす!」
ああ、物品販売をやっていらしたのね。
版画集はわかるとしても……握手券って何かしら?
でも、あの役者さんたちの顔を近くで見られるのなら、是非見てみたいわ。
「お父様……私」
「ああいいよ、私は先に馬車にいるから」
「ありがとうございます」
「私も絵や商品を受け取ってこないとな」
いそいそと受付へ急ぐお父様と別れ、私は夫と一緒に版画集売り場の列に並びます。
売り場の隣にはもう三本列があって、その先には今日の主役の三人が待っているようですわね。
なるほど、このためにあの三人は最初に挨拶に出て袖に去っていったのね。
「版画集にも種類があるみたいだね」
「あら、三種類もあるのね」
売り場の上に掲示された案内によると、主役のレニッツ、剣使いのリード、弓使いのパイロンはそれぞれ別の種類の版画集に収録されているようです。
なるほど、冒険者パーティ『虹の尾』を集めようとしたら三冊全部買わなければいけなくて、三冊とも買えば三人全員と握手ができるというわけですか……
シェンカーは学生の頃から全く変わりませんわね、本当にこういう小銭集めが好きな男。
とりあえず、三種類買っておきましょうか。
「三種類ともお願いします」
「はーい、四十五ディルです」
「あら、お手頃なのね。銅貨五枚で」
「半銅貨お返しします。握手会にご参加されるのでしたら、この券を持ってあちらの列にお並びください」
半銅貨なんて久々に見ましたわ。
半分に切られた銅貨をお財布にしまいながら、まずは一番短い弓使いパイロンの列に並びます。
夫には版画集を持って、出口の近くで待って貰っています。
ごめんなさいね、荷物持ちをさせてしまって。
ちらりと夫の方を見ると、近くには同じように荷物持ちをしている男性方の姿がありました。
「握手会って、何をするのかしら?」
「そりゃあ、握手でしょ」
「なぜ握手を?」
「なぜって……なぜかしらね?」
並んでいる皆さんも、そこは疑問に思っているようですわね。
私も正直、役者さんと握手をすることの意味はよくわかりませんわ。
「お芝居、とても素敵でしたわ」
「ありがとう、素敵なお嬢さん」
意味なんて考えている暇もなく前の人の握手が終わりました。
なるほど握手というのはあまり時間を取らないのですわね。
「素敵なお声ですわね」
「あなたのお声も可憐ですよ」
まぁ素敵!
女の人に言われているというのはわかっているのですが、嬉しいものは嬉しいですわ。
それにしても、少し離れればきちんと老人に見えるのに、触れられるほど近くで見ると意外と若いお顔でした。
舞台用のお化粧って凄いんですのね。
しかし、握手会というのはなかなか侮れない手法かもしれませんわ。
役者さんの顔がよく見えるぐらいに近づけて、一言ぐらいはお喋りもでき、目的は握手ですから一人あたりの時間も短いわけですわね。
さすがはシェンカー、こういう商売を考えさせたら右に出る者はいませんわね。
さて、次は剣使いのリードの列に並びましょうか。
「リード様、決断力があって素敵じゃありませんこと?」
「私はレニッツ様の方が……」
「お二人とも若すぎますわ」
ああしてお話できるのもいいですわね、次はぜひ私も友人を連れて参りましょう。
そうやって他の方々のお話をお聞きしているうちにあっという間に列は進み、私の握手の番になりました。
「あの、凛々しくて素敵でした」
「そう言われると照れますよ、ありがとう」
近くで見たリードさんは遠くから見ていたよりもずっと落ち着いた方で、パイロンさんとは逆に化粧で顔を幼く見せていたようでした。
やっぱり、舞台用のお化粧って凄い。
まさに別人に化けるための
パイロンさんの時よりも落ち着いて見られたからか、衣装の精緻さにも気がつきました。
ぴったり体に吸い付くような縫製で、各部には細かい刺繍が無数に入っていて、まるで芸術品のような仕上がりでしたわ。
私達が普段着ているような服とは作りが全く違いましたわね。
そんな事を考えながら最後のレニッツ列に並んでいると、前のご令嬢の方々の間からなんだか聴き逃がせないような話が聞こえてきました。
「こうなると劇の噂が大きく広まるのは必定でしょう、チケットをどう手配するか悩みますわよね」
「そうですわね、どうせならばいい場所で見たいですもの」
「特別席は無理にしてもねぇ、端の席は嫌ですわよねぇ」
たしかにそうですわね。
私も今回は特別席で観劇ができましたが、これもお父様が招待されたから見られたもの。
次から確実にチケットが抑えられるとは限りませんし……
あぁ、そうですわ。
シェンカーに直接頼めばいいのです。
元々手紙を出そうとしていたわけですし、そこに一筆書き加えれば多少は融通してくれるかもしれませんわね。
「当家は多少なりともシェンカー家に伝手があります、一度聞いてみましょうか?」
「それを言えばこの街の商家筋のほとんどはシェンカーに伝手がありますわ」
「この劇場はシェンカー家の三男、サワディ様の物でしょう? サワディ様の窓口はマジカル・シェンカー・グループのチキンさんですから、そちらに……」
「あのチキンさんに伝手がある家となると途端に限られてきますわね……」
あら、そうなのかしら……?
私もそちらを通さないと無作法というものでしょうか?
でも私は彼の学生時代からの友人ですし……
いえ、しかし趣味の事で友情に寄り掛かる女だと思われては、お父様の顔まで……
ああ、悩ましいですわ……
「どうなさいました? お嬢さん」
「あらいけない、私ったら考え事を……」
考え事をしていて、気がつけばレニッツさんの前に立っていました。
お人形のように長い睫の彼女に覗き込まれるように見つめられると、なんだかクラクラするような気がします。
「あの、応援しておりますわ……」
「ありがとう。君の悩みが解決するよう、私からも心からの応援を」
「あら、ありがとうございます」
あなた方こそが悩みの種ですの、とは言えず……私はふわふわした気持ちで列を後にしました。
レニッツさんと握手を交わした右手を見つめながら、ゆっくりと夫の元へと向かいます。
ああ、夫の休みでこちらにいる間に、あと何回ここへ来られるでしょうか。
来る時には全く予想もしていなかった悩みを胸に、私は何度も何度も振り返りながら、純白に塗られた女達の劇場を後にしたのでした。
…………………………
今日いきなり寒くなりすぎぃ!
秋はどこへ行ったのか
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