第71話 線路脇 ふるさと思う 旅の空 後編
ご心配おかけしました。
風邪治りました。
次からはまたサワディくんの話です。
…………………………
この日は夕陽が地平線の向こうに沈む前に野宿の準備を始めた。
「水当番はお湯沸かせーっ!お湯が先だぞ、寝床が後でお湯が先」
ジレンさんはここぞとばかりに激を飛ばし、当番の子たちを急かす。
「わかってるっつーの」
「前それで飯が遅くなって喧嘩になっただろ、文句言わずにやれ」
「前って、そんなのトルキイバ出たばっかりの頃じゃん」
「そんぐらい飯の恨みは長引くって事だよ、早く早く、今日は揚げ麺の日だぞ」
野宿のご飯って基本的には途中の町で買った食べ物なんだけど、それがなくなったら乾パンを使ったパン粥か、トルキイバから持ってきた揚げ麺だ。
揚げ麺は本当によくできた食べ物で、お湯をかけるだけで食べられるのにそこそこ美味しくて、そのまま汁物にもなるから体もあたたまる。
湯切りして食べるのが好きな子もいるけど、そういう子は戻し汁をコップに入れて飲んだりして工夫してる。
いろんな食べ方ができる食べ物っていうのは、旅の空ではありがたい。
乾麺だとお湯が無駄になるし、ソースを作るのが大変だしね。
「歩き鳥は煮込みにすっかこりゃ」
「いや焼いて揚げ麺の上に乗せればいいじゃん」
「煮込みによぉ、あの黒いのチョロっと垂らしたらいい感じよ、ひひひ」
「リエロよぉ、ありゃご主人さまに渡す分だろ、
「大丈夫大丈夫、実はあたし自分用にもちょっとだけ売ってもらってきたんだよね」
「なんでさ」
「将来飯屋で食ってこうと思ってっからさぁ、
「はぁ~、頭いいなぁ」
「先よ先、先考えないと」
冒険者組でも、将来のことを考え始める子が増えてきた。
三年真面目に勤めれば後は何やったっていいって言われてはいるけど、好きなことをやって食べていくには努力が必要だ。
奴隷の私達がこんな事を考えられるのがどれだけ贅沢かって事もわかっているけど、欲望に限りがないのも人間の本質。
楽しく生きるには、張り合いがないとね。
「……に……く………」
でもあたしとボンゴちゃんは……冒険者の
荒野の野宿は簡単だ。
火を焚き、天幕を建て、寝袋を着て横になるだけ。
それ以外にやりようがない。
ここらへんは水がないせいか生きもの自体が少なくて、超巨獣も寄り付かないから気楽なものだ。
更に私達はご主人様の持たせてくれた魔具水瓶のおかげで水の心配はしなくていいから、他の人よりもっともっと気楽。
水瓶を持ってない人にとってはこの荒野は難所らしくて、遠回りの迂回路を通る人が多いそうだ。
「あんれ寝袋穴が空いてらぁ」
寝床の準備をしている子が、寝袋に空いた穴に指を通してぴこぴこ動かしている。
私達はいざって時すぐ走れるように、靴を履いて寝るから足元は穴が空きやすいんだ。
万が一超巨獣が来たら一目散に逃げないといけないからね。
「いまのうちに縫っちゃえば~?」
「これももっと外の生地が強けりゃなぁ、どうせ支給品作るならもうちょっと金使ってくれればさぁ」
「つったって内側に毛皮使って十分高級品じゃないの。贅沢言ってたらまた穴掘りさせられるぞ」
「毛皮もまだまだ高いもんねぇ」
「川向うのダンジョンじゃあ毛皮も肉も捨ててるって話だよ」
「もったいね、うちのサワディ様なら絶対全部持って帰れって言うよね」
「お金持ちなのに貧乏性だからなぁ」
遠征組に支給された寝袋は内側に毛があって温かい。
私は下半身が馬だから、ご主人様が考えた着る寝袋ってやつだけど。
「あたしもピクルスさんのやつが良かったなぁ、前でボタンで止めるやつ」
「これはこれで隙間が寒いんだべ」
「こっちのは足元まで裏返してよ〜く干さないと虫が沸くんですよ、臭いし」
「ピケ、虫なんかヒョイって食べちゃえよ」
「はぁ?あんたの皿に入れといてあげようか?」
「おーい!湯が沸いたぞ〜!遅番は身体拭け〜!」
「あっ、行かなきゃ!」
「今日は下着替えよっと」
水当番が呼ぶのにうちの班の子達がわらわらと群がるように走っていく。
水場がないところだと水浴びも洗濯もできないから大変だ、大鍋一つのお湯で体を拭くのが精一杯。
それでもまだ寒い時期で、乾燥した土地の旅だからなんとかなっているってところもある。
次の旅があるなら水瓶はもう一つ欲しいところだ。
靴に穴が開くから革の端切れも必要だし、糸も使い道が多くてすぐになくなっちゃって、どうしても必要な時は服までほどく始末。
出かける前は準備しすぎに思えた装備も、出発した後は足りないものばかり、旅って大変だなぁ。
ご飯を食べたあと、今日は夜中から見張りをする私達はめいめいの天幕の中で寝っ転がっていた。
熟睡していても誰も物音を立てない。
早番の見張りの邪魔になるから。
私もショートソードを抱いたまま、ウトウトとし始めたところで天幕が捲られた。
「ピクルスさん、昼間のケンタウロスが来てます」
どうやらお客さんのようだった。
「トルキイバのピクルスとその群れよ!昼間は世話になったな!これは心ばかりの礼である!」
今日の昼間に巨獣に追いかけられているところを助けたケンタウロス、ケイネロスのラーベイターが、手土産の壺と葉っぱに包まれた肉を掲げながら元気に言った。
後ろの方には、彼の群れの者なんだろう数名が周りを警戒しながら煙草をふかしている。
「どうもありがとねぇ」
「それはうちで作ったチーズと六角水牛の燻製肉だ、納めてほしい」
「や、これはどうも、どうも」
とりあえず壺とお肉はありがたく受け取り、ジレンさんに渡した。
「あー、それで、だな」
ラーベイターはなんとなくバツが悪そうにゆっくり近づいてきて、小さな声で言った。
「申し訳ないが面倒なやつが付いてきてしまってな、本当にすまないが話だけでも聞いてやってくれないか?」
「面倒?なんだっぺ?」
「まぁ、ケンタウロスの貴族というか、この土地の元支配者というか……そういう奴が勝手に付いてきてな」
「貴族?ケンタウロスにも貴族がいるんだか?」
「ケイネロスにはケンタウロス以外の種族はおらんから、自然と古い血筋の者が偉いという考えで凝り固まってしまってな……」
「へぇー、そんな場所もあるんねぇ」
「とにかく、我々はともかく父祖がそいつらを大事にするから驕り高ぶって人の話を聞かんのだ。本当に申し訳ないが、話だけでも聞いてやってほしい」
「まぁ話聞くぐらいはいいけんども」
「すまんな」
ラーベイターはもう一度深々と詫びてから、後ろの群れへと戻っていった。
代わりに出てきたのは、青く染められ刺繍の入った服を着た、くすんだ金髪の縦にひょろ長いケンタウロス。
筋肉がまるでなく、およそ労働や荒事から程遠い人物であることが見て取れた。
「やぁやぁ、貴女が弓の神ネウロンの生まれ変わりという強弓の使い手か?」
「はぁ」
「私はケイネロスはアブカブの子ザクロン、かつてこの大陸の半分を支配していた車輪帝国王族の末裔である」
「あたしはヤナカンはカナイの子ピクルスだべ」
「む、その言葉、山地の部族の出か、真に僥倖である」
「どういうことだべ?」
「我々車輪帝国解放軍は近日、南西の山岳にあるサナルディなる都市を攻め落とす予定であるからだ!仲間は平野生まれの者ばかり故、山に慣れた人物を求めていた!」
「へぇ〜」
サナルディっていえば魔具を作ってる工業都市じゃなかったかな。
多分普通の街よりもよっぽど騎士団の人らの数が多いと思うんだけど。
「サナルディには鉱山がある故、鉄の道を走る地竜を作る魔法使いどもにとっては重要な拠点に間違いない。さらに中の者たちを人質に取ってしまえば、外から魔法を打ち込まれることなどあり得ない」
「ふぅ〜ん」
軍人さんらなら、いざとなったら躊躇いなく人質ごと街を焼くと思うけどなぁ。
「つまり!サナルディを橋頭堡に、我々の機動力と打撃力で重要都市を攻め落としていけば、いくら魔法使いといえど講話に応じざるをざるを得んだろう!そうなれば我ら車輪王国の復興も、赤子の手をひねるがごとく容易い事である!」
「はぁ」
「我々ケンタウロスが棒海の北より攻めてきた魔法使いどもにこの大地を奪われて幾百年、ようやく反撃の時が来た!ピクルス殿、ぜひとも我らが元に来られたし!ケンタウロスの雌伏の時は終わりである!」
「まぁ頑張ってくだせ」
私がそう言うと、青びょうたんはちょっとムッとした顔で声を張り上げた。
「今ならば!貴女を将軍として迎える準備がある!」
「うちらも生活があるもんだで」
「なぜだ!貴女は強き力を持つケンタウロスであろう!人猿どもから祖先の土地を取り返し!
この言い草には、私のほうもちょっとムッきてしまった。
私はケイネロスのケンタウロスに何かをしてもらった覚えなどないし、同じ種族だからと力を貸す理由なんてないからだ。
それに、こんな偉そうなことを言えるほど、魔法使いと戦って勝てるほど、目の前の男が大した人物には思えなかったのだ。
「あんた、夢みたいな事言っとらんで土を耕しんさい」
「むっ!なんと?」
「魔法使いがおらんと、もうこの大陸はようやっていかんよ。街を作るのも、街を守るのも、あの人らがおらんとなんともならんべ」
「かつてのケンタウロスは強き弓で超巨獣の甲殻をも貫き……」
「昔のケンタウロスがどんなに強い弓が引けたっちゅうても、魔法使いみたいに台風を散らしたり、竜巻を吹き飛ばしたりはできんべ」
言い返していると、段々むかむかしてきた。
根本的に魔法使いをナメているこの人は、たぶん魔法使いのご主人様の率いる私達シェンカー一家のこともナメているのだ。
こんなろくに働いてもいなさそうなひょろひょろした男がだ。
「しかしっ……!」
「魔法使いはケンタウロスなんか相手にもしとらんべ」
「我々がサナルディを攻め落とせば奴らの目も覚めるはずである!」
「目ぇ覚ますのはあんたらだべ!」
私は月の光を浴びてギラリと光る線路を指差して、一気呵成に言った。
腹が立っていたのだ。
私が本当に苦しくて、悲しくて、お腹を空かせていた時、ケンタウロスは何もしてくれなかった。
私に良くしてくれたのは、助けてくれたのは、全て魔法使いのサワディ様やその周りの人達だ。
こんな血筋が古いだけの男に、子供の見る夢のような事を言われて黙っていられるほど大人ではなかった。
「魔法使いの作ったあの真っ赤な列車は、毎日毎日あたしらが一生かかっても食いきれんような量の麦を運んどる!この荒野もあんたらも、麦も税も取れんから魔法使いから放ったらかされてるだけだべさ!サナルディなんか襲ったら荒野ごと焼き尽くされて終わりだべ!」
「われ……われらは……誇り高き」
「誇りじゃパンは食えねんど!馬鹿なこと考える暇があったら荒野の外に出てみぃ!自分で土を耕して麦を取ってみぃ!じいっと縄張りに籠もっとるから敵の大きさもわからんのよ!」
「貴様っ!」
顔を真っ赤にした男は腰の細い剣に手をやったが、目だけでちらりとこちらを見て結局抜くのをやめた。
私相手に剣も抜けないなら魔法使いになんて絶対勝てないよ!
「失礼する!」
ぷんぷん怒りながら戻っていった男と入れ替わりで、ラーベイターさんとほか数名のケンタウロス達がやってきた。
「いや、すまなかった!あいつらはずっとケンタウロスしかいないケイネロスの町で暮らしていて、魔法使いの都市にも入った事がないんだ」
「なんね、大した田舎もんだべ」
「同じ生まれとして汗顔の至りだ」
「あんたが悪いわけじゃあねんども、あれとは二度と会いたくねぇべ」
フン、と鼻を鳴らしていると、ラーベイターさんの横に付いてきた、人懐っこそうな中年のケンタウロスの人がにこにこしながら話しかけてきた。
「なあなあ姐さん、魔法使いの街は麦で一杯だってほんとかい?」
「ん?ああ、うちの地元じゃこの荒野よりももっと広い土地が一面麦畑になってんだっぺよ」
「そりゃすげぇや、みんなパンが食べれるのかい?」
目をキラキラさせるおじさんの腕は骨が浮いていて、馬の部分も肉付きが良くない。
どうもこの地域の人達は全体的に食べ物が足りてないみたいだ。
「そうよぉ、あたしはトルキイバさ行ってから飢えたことねんでよ」
「仕事はあるのかい?」
「そりゃ冒険者や荷運びやったっていいし、なんせ地平線のその向こうまでぜーんぶ麦畑だからよぉ、農夫ならいつでも誰でもずーっと募集中だっぺよ」
「へぇ、うちもよぉ、俺はいいんだけどもガキにはもうちょっといい暮らしさせたくてよ。今度お貴族さん達がキナ臭いことやるみたいだし、出てくことも考えてんだよ」
「ええんでねぇか、南じゃ人手はいつでも足りてねぇっペ」
たしかに上が
食えない場所でじっと耐えるぐらいなら、多少の苦労はあるだろうけど人族に混じって生きていくのもいいかもしれない。
「どう行ったらいいんだ?」
「もうずーっと線路に沿って南よぉ、トルキイバ、ルエフマ、トルクスっち三つの都市で農地を囲っててよぉ、テンプル穀倉地帯って呼ばれてるっぺ」
「ふんふん」
「どこの街にも口入れ屋がおるで、働きたいっちったら世話してくれるはずだべ」
「ほぉ〜」
一応ジレンさんの顔を見てみると、ジレンさんも頷いているから間違いないだろう。
「ケンタウロスはまず狙われんと思うけんども、奴隷狩りもおるでな、旅の間はあんまり人に気を許さんことだっぺ」
奴隷商で聞いたけど、ケンタウロスって大食らいだから、あんまり奴隷としては人気がないらしい。
私もご主人様の所に行くまでお腹いっぱいになったことがなかったし、毎日麦粥を何十杯も食べさせて貰えたからこんなに大きくなったんだと思う。
ケイネロスのケンタウロス達は私より頭二つ分ぐらい背が低いし、根本的に栄養が足りてないんだろうな。
「いや助かるよ姐さん、なんせ俺ら先祖代々ここらで動物飼って暮らしてるもんだから街には疎くてよ」
「金銀やチーズなんかは楽にお金に変えられるで、持ってったらええよ」
「お金かぁ、いくらかはあるけど、ケイネロスではあんまり使い道がなかったからな」
「人の世界はなんでも金だで」
「うむ!我々も人の旅人を助けたら金を貰ったことが幾度かあるぞ。街で布と交換してもらったものだ」
「礼も金、物も金、人の世で金がないのは命がないのとおんなじだって、うちのご主人さまが言っとったよ」
「おっかねぇなぁ人の世はよ」
おじさんは肩をすくめているが、群れで南にやってくるならばきっとなんとかなるだろう。
旅をして思ったが、基本的に南の方が豊かで、人の心も開放的だ。
北の街では、ケンタウロスだからって立ち入りを拒否される事もあったしね。
「いつまでも何をしている!もう行くぞっ!」
遠くからさっきの人の金切り声が聞こえ、私達は顔を見合わせて苦笑する。
「じゃあ、元気でねぇ」
「ああ、そちらこそ、旅の無事を祈る」
ラーベイターとぐっと握手を交わし、闇に溶けるように荒野に去っていく彼らを見送った。
トルキイバを出るときは肌を刺すようだった風が、いつの間にか湿気を帯びて温かくなっている。
星の並びも様変わりし、冬の風物詩だった龍王座も今じゃあ尻尾すら見えない。
「トルキイバにつく頃には夏かしらね」
「んだべす」
「帰ったら、腹がはち切れるほどトルキイバ焼きが食べたいわ」
「あたしは嫌んなるほど麦粥が食いてぇだよ」
遠く離れて思うものが故郷だと、みんなでお金を貯めて見に行った歌劇の人が言っていた。
私がこの旅であの山の村を思う事は、ついに一度もなかったのだった。
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