第60話 結びては 固める絆 雪の中
マジカル・シェンカー・グループ本部の真ん前、名前もそのまんまなシェンカー通りの四方八方から天高く突き出した骨組みに、布がかけられた。
数日前にそうして作られたこの簡易的なアーケードは、この日も振り続ける雪をたわみながらもしっかりと受け止めている。
時々地上から上がる鳥人族の雪かき人足達は大変だと思うが、マニーは弾んだから大丈夫だろ、多分。
今日はうちの下の兄貴であるシシリキの結婚式、シェンカー通りは車両通行止めで貸し切りだ。
「はーっ!」
「よいしょー!」
「ソイヤッ!」
朝から様々な出し物が行われている広場では、今は兄貴の仲間たちによる男臭い創作ダンスが披露されていてなかなか賑やかでいい感じ。
宴の最初に紫の八本足バイコーンを蛇行運転して会場入りした新郎新婦は、お立ち台の上の椅子に座って色んな人からお酒を注がれている。
みんな楽しそうにタダ酒飲んでタダ飯食って、ゲラゲラ笑いながら出し物を楽しんでいるようだ。
こういう雑多で賑やかな席は嫌いじゃないが、運営側に立つとこれがなかなか大変なんだよ。
「サワディ様、ふるまいのシチューの減りの早さがまずいですよ」
「そうか、他で営業してる屋台の奴らを何組か呼べないか?うどんなんかだと材料はいくらでもあるから、この人数にも耐えれるだろ」
「ではそのように致します」
「酒は大丈夫か?」
「そちらは浴びるほどありますから」
今だってピンクのオープンバックドレスを着たチキンが、ふるまいの飯が足りないと報告しに来ていた。
今日は朝からこんな感じで、予定外のトラブルだらけなんだ。
もちろん用意した飯はシチューだけじゃない、うちの料理班の者達が昨日から徹夜して何百人分の飯を作ってくれていた。
でもそんなもんは朝のうちにはなくなってしまい……
そこから今までは、とにかく量が出せる料理としてシチューに専念していただけだ。
なんで料理が足りないかって?
人が多すぎるんだよ!
元々は兄貴の仲間が50人ばっか集まって、それにシェンカー家の親類縁者や近所の人で合計150人ほどの予定だったんだが……
人が人を呼び、気づけば通りは人でいっぱい。
たぶん今日の客は余裕で500人超えだ。
もうなんの集まりなのかを知らない人の方が多くて、ふるまいを渡す時にうちの兄貴の結婚式だと周知させてるぐらいだからな。
俺はちょっと、トルキイバの冬の楽しみのなさっていうのを甘く見てたよ。
こんなに来るって知ってたらもっとちゃんと用意するっつーの!
まあ当の兄貴の方は「客がいっぱい来た!」って言って、大喜びではしゃいでるからいいんだが。
頼むから酔っ払いすぎて、新婚の嫁さんの前で恥を晒さないでくれよ……
「ねぇ〜あたしにも注いでよ〜」
「いや、ほどほどで!ほどほどで!嫁さん底なしだからさぁ」
「いいじゃないのさ今日ぐらい」
「お前こないだ寝ゲロしたろ」
「そういう事を人前で言うなっつーの!」
「いてっ!」
……まあ夫婦の席からは楽しそうな話し声も聞こえてくるし、今のところは大丈夫そうかな。
そろそろ創作ダンスが終わりそうだ、次は上の兄貴のジェルスタンが歌を歌うんだっけか。
俺もその間に飯を済ませとこう。
と思って腰を浮かすか浮かさないかといったところで、管理職候補の虎のお姉さん、イスカが俺の席にやってきた。
「サワディ様、ジェルスタン様を見ませんでしたか?」
「上の兄貴?いや、見てないけど」
「どこにも見つからないんです。あの、その、どうしましょう……」
こらこら、不安だからって尻尾を絡ませて腕を引くな。
俺もキョロキョロ周りを見回してみるが……たしかに新郎新婦のお立ち台周りにも、地面の縄で区切られた発表スペースの周りにもいない。
「イスカさーん!いたよーっ!酔っ払って寝てたーっ!」
どうしようかと思っているとそんな声が遠くから聞こえ、イスカは一礼してそちらへとすっ飛んでいった。
しょうがないな。
俺は手を振ってチキンを呼ぶ。
上の兄貴はどうせ寝たら起きないから、代わりに親父に歌ってもらおう。
「どうされました?」
「次に歌う予定だった長兄が寝ちゃったから、代わりに親父に歌わせようと思うんだけど」
「はぁ、ですがあの様子ではそれも難しいかと……」
チキンが指差す方を向くと、新郎新婦の席の後ろでカップを持ったまま俯いて寝ている親父がいた。
昨日は「三兄弟の最後の一人が片付いた」って泣きながら遅くまで飲んでたからなぁ……どうしようか。
「転換の都合もありますので……サワディ様、歌っていただけませんか?」
「えっ!?俺?」
「それにこれだけ新郎新婦のご友人方が集まっていらっしゃるのに、身内の方が誰も何もなさらないというのは少々……」
「いや……そりゃそうだけど、歌じゃなくて最近の劇団あるある話とかじゃだめ?」
「それは
チキンも苦笑いだ。
まあ、TPOってものがあるのもわかる。
このイケイケパーリーピーポーな兄ちゃん達の前で芝居の話なんか、サッカーファンの集いで落語を一席やるようなものだ。
下手な歌ならまだ許されるが、しょーもない事をうだうだやってたらエールの瓶が飛んでくるだろう。
しょうがないか、兄貴のためだ。
「よし、行こう」
「ありがとうございます、すぐご用意いたします」
チキンの肩をポンと叩いて、俺は司会進行役の元へと向かったのだった。
「女は山、男は雨、麦が実るはいつのこと。涙流して肩抱き寄せて、歩いて見せます夫婦の並木。弟君からの贈り歌です、サワディ・スレイラ様で
司会進行を務める、マジカル・シェンカー・グループの管理職候補のジレンの口上と共に、バンドのホーンセクションが力一杯イントロを吹き鳴らす。
いなたいイントロを吹き終わって音が途切れた瞬間、棒のついたカウベルみたいな楽器からカアアアアアッ!っと威勢のいい音が鳴り、しっとりした弦楽器のアルペジオが続く。
緊張しながらもしっかりと拡声魔道具を握った俺は、囁くように歌い始めた。
「
音楽番組なら鐘一つってところだろう。
だが俺の変にこぶしの効いた歌いっぷりは、酔っ払った観客にはなかなかにウケた。
「いいぞーっ!魔法使いーっ!」
「小指立ってんぞ〜!」
ヤンキーっぽい兄ちゃん姉ちゃん達にやんややんやと囃し立てられた俺は、い〜い気分で何曲もやってしまい……結局最後はイスカに引っ張られるようにして席へと引っ込んだのだった。
そんな俺と入れ違いにやってきたのは、今日ニ度目の公演となる大本命、マーチングバンドのシェンカー音楽隊だ。
警備によって客のどけられた花道を、楽器の音をかき消すような歓声を背負って進んでくる彼らは、もうトルキイバの大スターだった。
なんせこの通りでは半年以上もずーっと練習してたんだからな。
とにかくファンが多くて、メンバーひとりひとりが町の人達から個別に名前を呼ばれてる。
下の兄貴も
落ちるなよ。
最近一番練習してるワルキューレの騎行は上級貴族に納品する曲だからやれないが、音楽隊のレパートリーはかなりのものだ。
朝は演奏しなかった曲もあり、周りの熱狂は耳に痛いほど。
指揮のレオナが空高くバトンを投げるたびに観客達からおおおおお!とどよめきの声が上がる。
ノリのいい客だな、見飽きるぐらい見たろ。
ま、楽しみすぎて悪いことはないか。
何曲かやったところで、急にスネアドラムのパフォーマンスが始まった。
横にずらっと並んだ五名のスネア隊が、まるで一つの生き物のようにビートを刻み、ソロを回し、互いの太鼓を叩き、スティックをジャグリングする。
観客たちの目は釘付けだ。
「かっこいい〜!」
「かっこいいね〜」
近くの母娘が目をキラキラさせて手を上下に動かしている。
スネアドラムはバンドの花形だからな。
そんな彼女らが客の目を引きつけている間に、バンドの後ろから特別な客がやってきた。
サプライズだからな、喜んでくれるかな?
その客に気づいた見物人たちは拍手を送り、その拍手の渦がだんだんと先頭に近づいてくる。
バンドの列を割って姿を表したのは、紫の体毛にかち上げた二本の黄色い角、そして威風堂々とした八本足をもった、特別製造魔バイコーンだった。
チキンに手綱を引かれたそれの背中には、今日の主役である下の兄貴とその嫁さんが乗っていた。
照れながらも周りに手をふる彼らを真ん中に据え、バンドはメンデルスゾーンの結婚行進曲を演奏しながらゆっくりと通りを進み始める。
「おめでとー!」
「色男ーっ!」
「ツケ払えよーっ!」
今日集まった五百人から、次々と祝福の言葉が飛ぶ。
こんなに人が集まったのも、みんなが楽しそうなのも、ひとえに兄貴の人徳だろうな。
間違いなく駄目な人なんだろうけど、俺もあの兄貴の気楽さに救われた事もたしかにあった。
駄目だな、こりゃ。
大事な下の兄貴の晴れ舞台なのに、近くまで来ているのに、兄貴の顔が歪んじゃってよく見えなかった。
歓声と拍手だけが、兄貴の存在をたしかに教えてくれる。
でも兄弟だから、俺はあの兄貴の弟だから。
多分兄貴の方も俺が見えちゃないんだろうなってことは、なんとなくわかったよ。
…………………………
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