第59話 暗闇を ぬって降り来る 流れ星

俺が何も頼んでいなくても、この雪の中を何かの定期便のように欠損奴隷が届く。


今日はそいつらを治療するために、マジカル・シェンカー・グループの本部へとやってきていた。


治療と同時に割り振りまでやってしまうつもりだから、組織の幹部はほぼ全員参加だ。


奴隷の人手は割と足りてるんだが、親父や奴隷商の柵もあって、欠損奴隷の受け入れはやめるにやめられない状況になってきている。


シンプルに社会貢献にもなるしな。


ただこのままだと、あと三十年もしたらトルキイバから人が溢れ出すペースなのが問題だ。


しょうがないから最近は新人をなるべく機密から遠ざけるため、情報的にクリーンにした住居や拠点に入れて古株には箝口令を敷いている。


人材活用の選択肢は増えたほうがいいからな。


将来的には、親父の商会の別の街の支店に就職させられればと思っているが……


今は色々と試行錯誤をしている途中だから、人材を多方面で活用できるようになるまでにはまだまだ時間が必要だろう。




今日はそんな欠損奴隷定期便に加えて、こっちから奴隷商人に注文して用意してもらった男の技能奴隷達もいた。


この前は音楽家を買ったが、今回は絵描きだ。


街の似顔絵描きの若者から元画壇の権威とかいうヒゲのジジイまで、適当におまかせで送ってもらった。


どうせ欠損奴隷だ、キャリアがあろうがなかろうが値段はたいして変わらん。


こいつらには奴隷達の絵の教師を任せようと思ってたんだけど、ちょうど近々に兄貴の結婚式があるからそこで記念の絵を描かせようと思っている。


いい時期に届いたな、ラッキーだった。



「で、こいつらがそうか」


「はい、奴隷商人ペルセウス殿によれば若者は将来性を、それ以外は経験を加味して選んだとのことです」



チキンが資料を捲りながら答えるが、俺の目には全員むさ苦しいボンクラにしか見えん。


ここは部下に丸投げのおまかせコースでいこう。



「どうせ俺は絵なんかわからん。一番上手いやつがわかったらそれだけ教えてくれ、うちの家族の絵を描かせるから」



その時、チキンの「わかりました」という声をかき消すかのような大声で、いきなり前に出てきた画家共が猛烈な自己アピールを始めだした。



「若様!それならば調べるまでもないでしょう!この『画聖』ハミデルこそが!画壇の華!クラウニアの宝!」


「いやいや!そのインチキ者を信じてはなりませんぞ!そやつは政治で成り上がっただけの慮外者!この『百色』のカバヤンこそが!」


「ええいジジイ共どきやがれ!この『雷描』のプスタンが……」


「やかましい!!」



俺とチキンの横に控えていたメンチが一喝すると、ギャーギャー吠えていた画家達は一瞬で静かになった。


やっぱり芸術家ってのは押しが強いなぁ。



「こいつら全員新兵教育に放り込みます」



額を揉みながら言う我が家の筆頭奴隷のチキンに、そうしてくれと返しながら全員を手早く治療する。


腕や目の生えた画家達はまた喚き始めそうになったが、その前にメンチがケツを蹴り飛ばして連れて行ってくれた。


新兵教育隊で落ち着いてくれりゃあいいけど、そんぐらいでどうにかなるなら芸術家なんかやってないか。



「後は普通の奴隷達ですか」


「手早くやろう」


「はい。おいっ、連れてこい!」



チキンが激を飛ばすと、さっきの芸術家達とはうって変わって非常に静かな奴隷達が運び込まれてきた。


静かというか、話す体力もないって感じだな。


奴隷たちの中で唯一元気な、顔に大火傷の跡のある女が、輸送用の荷車から仲間を必死に降ろそうとしている。



「あー、降ろさなくていいよ」



俺の声にこちらを向いた女に、放たれた再生魔法の弾丸が突き刺さる。


俺の再生魔法は一般的な直流ストレートタイプから、ミストタイプ、そしてウェブタイプを経て、今は自動追尾ホーミングタイプへと進化していた。


自動追尾ホーミングタイプは適当に放てば自動的に怪我人にラインが繋がって、あとは治るまで魔法を流すだけの楽チン仕様だ。


多分これが一番早いと思います。


全員の傷がみるみる治っていき、元気を取り戻した奴隷たちから感嘆の声が聞こえてくる。


よしよし、今回は呪いを食らってたり過度に内臓を抜かれてたりする奴隷はいなかったか。


たまにいるんだよな、もちろんそういうのは手に負えないから返品していい契約なんだけど。


なんだかんだとそれも手間なんだ。


うん、さっきの女も火傷が消えて、なかなか美人な顔になったな。


うーん、でもあの切れ長の目、なんかどっかで見たことあるような……



「ちょっとあなた!こっちに来て!」


「え?あ、はい……」



なんだか知らんが、チキンがさっきの新人の手を引いてどこかへと連れて行ってしまった。


なにかティンとくるものがあったのかな?



「キャーッ!!」



本部の奥から歓声が聞こえてきた、なんなんだろうか。


ま、いいか。






窓のガラスに粉雪が吹き付ける、風の強い日の夜。


俺とローラさんは学校の勉強会用に作った造魔の動物だらけの部屋の中で、ボードゲームの盤を挟んで座っていた。


ただでさえ冬というのは暇な季節なのに、更に今ローラさんは妊婦だ、余計に何もできないから室内遊戯で時間を潰すぐらいしかないのだ。



「む、待った」


「待ったは二回まででしょう」


「いいじゃないか、ゲームでぐらい何度やり直させてくれても」


「次の勝負に回してくださいよ」



むぅ、と唇を突き出したローラさんは両手を上に上げて背中を伸ばし、膝の上にいた子猫の造魔を持ち上げて机の上に乗せた。


子猫は短い足をちょこちょこ動かして盤の上に陣取り、そのまま動かなくなってしまう。



「ふぅ……これでは勝負どころではないな」


「きたねぇ~、でも僕の勝ちでしたからね」



子供じみた事をしたローラさん本人は、俺の言葉はしらんぷりでお茶を一口飲み「冬は酒が飲みたいな」なんて言っている。


だめだぞ、赤ちゃんが生まれるまでは俺もローラさんも一緒に禁酒するんだからな。



「煙草も吸えないもんだから、どうにもむしゃくしゃするよ」



化粧もしないのにツヤツヤのピンク色をした唇を撫でる彼女のコップに、ティーポットからぬるいお茶を注ぐ。



「まあ今はどうかこらえてください。その分将来子供には、母の禁欲を大げさに言って伝えますから」


「よろしく頼むよ、それぐらいの楽しみがなきゃあ耐えきれなさそうだ」



ローラさんはクスクス笑いながら、オレンジ味の焼き菓子を口に入れた。


俺も一つつまんでみるが、どうもこの手の王都風の菓子は砂糖の量が強烈であまり好きになれない。



「あまり好きじゃないかい?私も以前はあまり食べたいとは思わなかったが、近頃急に味覚が変わったようでね」


「ええ、まぁ……妊娠するとそうなると聞きますね」



ローラさんはそうかいと頷いて、また焼き菓子を一つ口に放り込んだ。



「しかし、こうして暖かいところで菓子などを食べてゆっくりしていると、肥えてしまいそうで怖いな」


「多少は太ったほうがいいんですよ、今は二人分の体なんですから」


「そうかな?そう言ってもらえると心が楽になるけれど」



ローラさんはそもそもが筋肉質だから、脂肪をもうちょっと増やさないとな。


俺もムチムチのほうが好きだし。



「そういえば、父上はどうだい?」


「うーん、それがまだ渋ってまして……」



以前からうちの親父には俺たち夫婦の子供の名付けを頼んでいたんだが……


貴族の孫に平民の祖父だからとか、なんのかんのと理由をつけて首を縦に振ってもらえない状況だ。


毎週のように説得に行ってるんだが、あの親父はあれでなかなか頑固な所があって、どうにもうまくいかないのだ。



「あまり無理を言ってはいけないよ」


「無理なんてことはないですよ、僕がちゃんと話をつけますんで」


「私はね、君との結婚を祝福して貰えただけで満足なのさ。あまり多くのことを望むのは……」



どことなく寂しそうな様子でそんなことを言うローラさんの口に、机の上で寝ていた子猫を押し付けて塞いだ。


小さな黒い毛玉を手のひらに乗せた彼女に、真剣な顔で諭すように言う。



「望んでいいんです。僕もローラさんも、あの人の子供なんですから。血は繋がってなくても、僕達二人みたいに家族になれるんです」


「……そうかい、じゃあ、よろしく頼むよ」



彼女はなんとも言えない顔で苦笑を返した。


まあ親子の事に搦手は向かないからな、誠実に説得を続けるしかないだろう。


俺はしつこいぞ。


俺は前世では手に入らなかったものはこの手で何でも手に入れてやるんだ。


金も女も、趣味も時間も、家庭の円満もだ。


再び決意を新たにした俺は黒猫ごとローラさんの手を握り込み、夜空の星を閉じ込めたような瑠璃色の瞳を覗き込んだ。



「ローラさん……」


「動物達が見ているよ」


「構いません」


「…………」



じりじりと焦れったいような速度で二人の距離は近づき、扉をノックする音と共に倍の速さで離れていく。


空いた扉から入ってきたのは、小飛竜のトルフを頭に乗せた侍女のミオン婆さんだった。



「さあさあ動物ちゃんたち、おねむの時間ですよ。お嬢様と旦那様の邪魔にならないようにミオンばあばのお部屋でねんねしましょうねぇ」



あんたが一番邪魔だよ。


ミオン婆さんは大きな籠に部屋の動物たちを次々と回収していき、最後に俺達の手のひらの小猫も忘れずに奪い去って部屋を出ていった。


あの婆さんがあんなに動物好きとはなぁ、今度どうぶつ喫茶の優待券をあげようか……



「しかし、あの婆さんにはまいったなぁ……」



俺がひとり言を言いながら扉を見つめていると、本棚から日記帳を取り出したローラさんがクスクス笑った。



「ミオンもこっちに来てずいぶんと明るくなった」


「たしかに、前はもっといかめしい感じでしたけど」


「こっちには、格調や仕来りにうるさい人間がいないからね。あれも羽根を伸ばしているのさ」


「へぇ、やっぱ王都っておっかないですね」



正直、絶対行きたくない場所ナンバーワンだ。



「軍人を辞した今となっては、戻らずに済むならそれに越したことはないかな」


「そうですね」



なんとなく尻にキュッと力が入った。


王都という魔物は、いつだって我々夫婦を手ぐすね引いて待っているのだ。


このままずっとトルキイバにいられるように、俺ももっともっと頑張らないとな。


拳を握りながら決意を固める俺の対面で、ローラさんは「さて」と声を出しながら日記帳を開いた。



「今日も寝る前のお楽しみだ。お話を聞かせてもらおうかな?」


「あっ、そうですね。昨日はどこまで行きましたか?」


「そうだな……」



ローラさんはペラペラと日記帳を捲る。


これは二人の間に最近できた習慣なのだが、毎日寝る前に俺の前世で親しんでいた話なんかを話して聞かせているのだ。


俺にとっては何でもない話でも、あまり外に出られない彼女にとってはそこそこの慰めになっているようで、今ではこうしてローラさんの方からせがまれるようになった。



「宇宙船が宇宙ころにぃ・・・・から離れたところだな、敵軍の少佐が宇宙船の新型ろぼっと・・・・を狙っているところだ」


「それじゃあそこから始めましょうか。宇宙コロニーセプテムを離れた宇宙戦艦白鷺は……」


「待て待て、最初の口上からやってくれないと駄目だ」


「えぇ、またですか?」


「いつもやるものだろう、おーぷにんぐてーま・・・・・・・・・だと言っていたじゃないか」


「いやそれは歌で……あ……いや、まぁいいか」


「さあさあ、夜は短いぞ」



あーあー、綺麗なお姉さんがおめめキラキラさせちゃって。


でもそうか、前世では百回パクられたような有名SFアニメでも、彼女にとっては奇想天外な異世界の話だもんな。


ひょっとしたら目の前の金髪の彼女は、この世界の最初のSFファンなのかもな。


ふと、にやけそうになった顔をぐっと引きしめ、ゆっくりと丁寧に語り始める。



「銀河世紀0840年、人類は増えすぎた人口を……」


「よっ、待ってました!」



冬の夜は暗く長い。


今日は、冷たい暗闇を切り裂くような、明るい色のロボットの話をすることにしようか。


ガラスを揺らしていた風はいつの間にかなくなり……


宇宙のように真っ暗な外には、白い小さな雪がのろまな流星のように流れていた。

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