第57話 仕事はね 湧いてくるもの ほんとだよ
ネタバレです。
今回主人公が微妙にピンチっぽい展開になってますが、ピンチにはならないので許してください。
…………………………
古来より、支配者というのは往々にして無茶振りをするものだ。
巨大な墓を築かせ、不老不死を求め、時には装飾品のために他の地域の人を滅ぼしちゃったり。
まあそんな大事は滅多になくても、些細な無茶振りぐらいなら周りの人に毎日のようにやっているに違いない。
冬の寒い日に、俺の元にもそんな無茶振りが届いた。
「きょ……巨大造魔ですか……?」
「そうなんだ、陸軍から話が上がってきてね。一応、造魔に自我が芽生えて暴れだしたら誰が止めるんですかって話をして一度は退けたんだけど……」
「それは良かったです……」
ほっと胸をなでおろしたのもつかの間、教授の口からは衝撃的な言葉が飛び出した。
「どうも王家が関わってるみたいで……多分また同じ話が上がってくると思うから、準備しておかないといけないね」
「えっ、王家ですか!?」
マリノ教授から聞かされた話は、俺の想像を遥かに超えるスケールの大きさだった。
その名も『決戦用巨大造魔建造計画』だ。
上の人達は、城よりでかい造魔を作って要衝守護の要とするつもりらしい。
そんな狂人の妄想みたいな造魔の運用方を聞かされた俺は、おったまげて気絶しそうになった。
やっぱこの国の上の方ってぶっ飛んでるわ。
マジで常に戦争の事しか考えてないのかな?
色々ツッコミどころはあるんだけど、とにかく王家が関わってるってのが一番ヤバいポイントだ。
王家が直接やれと言ったら、どんな問題があっても俺たちはとにかくやらなきゃいけない。
そしてその造魔が万が一暴走なんかした時に、詰め腹を切らされるのは誰だと思う?
陸軍の偉いさんじゃないぞ、俺とマリノ教授だ。
生まれてくる子供や嫁さんのためにも、俺はまだまだ死ぬわけにはいかない。
この日から、俺の必死のあがきが始まった。
まずは造魔の自我の発生条件を詰める事にした俺は、改めて各地の報告書を精査してみた。
すると一番自我の芽生えが早かったのは最前線の陸軍駐屯地。
次に王都の第一騎兵隊、その次も王都で、都市護衛竜騎兵団だった。
どこも人員がめちゃくちゃ多いところだ。
調べ直していて驚いたのだが、陸軍駐屯地の中には半年ほどで自我が芽生えた造魔もいたのだ。
俺は一つ仮説を立てた。
自我を持つのが早い造魔と三年かかったうちの粉挽きバイコーンとの違いは、関わる人間の多さじゃないだろうか?
俺は検証のために、三日で実験場を作った。
こういう時、自分の組織を持っていて良かったと、心底そう思う。
動きの早さが段違いだからな。
なんせ今回は結構マジで命がかかってるんだ、使えるもの全部使うのは当然の事だった。
間接照明がふんだんに使われ優しい光に満たされた店内には、落ち着いた焦げ茶色のテーブルと椅子がゆったりと間隔をとって置かれている。
俺と教授が座る席の上には、我が家の黄色い小飛竜トルフとコーヒーの入ったカップアンドソーサー、そしてジャムの添えられたスコーンが並ぶ。
そんななんとも混沌とした眺めに、マリノ教授は不思議そうな顔をして口を開いた。
「それで、ここで下民を相手にデータを取るのかね?」
「はい、一応どうぶつ喫茶と名付けました」
「造魔と人間が戯れられる喫茶店か、本当によく短期間で用意してくれたものだ……」
マリノ教授は店の内装をまじまじと見つめて、感心した様子でため息を漏らした。
トルキイバのメインストリートに面するこの建物は、元々うちが経営する喫茶店が入っていた場所だ。
喫茶店事業の中では売上一位の店だったが、金を惜しんでいては事が進まないからな。
「うちは人手も簡単に出せますし、出入りの業者もおりますので」
「もう研究室で君の奴隷趣味をバカにする者はいなくなるだろうね……それで、ここで客の相手をさせながら造魔を暮らさせるわけだ。肝心の客は入るのかな?」
「わかりません。でもたとえ客が入らなくても、うちの家で雇っている人間たちに毎日利用させるつもりでいます」
「そうか、悪いね。後で運転資金を届けさせるから」
「ありがとうございます」
マリノ教授は外の喧騒を見つめながらクリームの乗ったウインナーコーヒーを一口飲み、驚いた顔でこちらを向いた。
「うまいね」
「ありがとうございます」
「下民の店というのも案外侮れないものだね」
そんな教授に、暇を持て余した小飛竜のトルフが服をちょいちょいと引っ張ってちょっかいをかけはじめる。
教授が苦笑しながら彼を膝の上に置くと、そこに寝そべるようにして小さな足と翼をパタパタ動かして一人遊びを始めた。
「ちょっと騒がしい喫茶店になりそうだが、客の心配はいらなさそうだね」
「そうですか?」
教授は髭に白いクリームをつけたまま、ニッと笑ってカウンターの方を指差した。
カウンターからは、興味津々そうにトルフを眺める兎人族の子の目と耳が見え隠れしている。
俺が手招きすると、ビクッ!と身体を震わせてぎこちなく近づいてきたので、教授は苦笑しながらトルフを手渡してやった。
「しばらくトルフの相手をしてやってくれ」
「あ……はいっ!わかりました!」
給仕がカクカクした動きでカウンターの向こうに消えていくのを見送って、教授と二人でクスクス笑いあった。
「ああいう子が沢山いたらいいね」
「いますよ、きっと」
結局俺の予想は見事に当たり、どうぶつ喫茶は翌日のオープン初日から大当たりとなった。
接客用の造魔が足りなくなって、徹夜して必死に作ることになるのだが……まあ客の入を心配するよりは気楽だったかな。
とにかくこれで造魔の自我の発生時期調査については一つ手を打ったことになるが、本当に必要な事はその自我を制御できるようにすることだ。
考えはあるが、これは造魔技師だけではどうにもならない事でもある。
なんせ造魔を造魔で制御しようにも、その造魔にも自我が芽生えてしまう可能性があるんだからな。
とりあえず俺は一週間ほど学校中を奔走し、マリノ教授、この間親戚関係となったエストマ翁、そして学園長の連名で王都へと要望書を提出して貰ったのだった。
心底くたびれた、とにかくこの話の続きは王都から返答が来てからだ。
そんなある日、うちの下の兄貴のシシリキが寒い中を馬で家にやってきた。
兄貴はよっぽど寒かったのか鼻水をズビズビ出してたから、ローラさんには遠慮してもらった。
万が一にも妊婦を風邪なんかにかからせるわけにはいかんからな。
応接室に案内して暖炉の前の椅子に座らせると、ようやく人心地がついたようで、垂れていた鼻水もズルリと引っ込んだ。
「兄貴、八本足のバイコーンはどうしたんだよ。あれで来ればあっという間で凍える事もなかっただろ」
「あれは燃費が悪くてさぁ、やっぱり普段使いはできないもんだな」
「そりゃそうか」
特殊な造魔だからな、燃費は粉挽きバイコーンのざっと2.5倍だ。
部屋住みである下の兄貴の稼ぎだと、維持するのは結構大変だろう。
「そんでさ、今日こうやってここに来たのはお前に頼みがあってでさ~」
「なんだよ、また造魔作るの?やだよ俺、今忙しいもん」
「ちがうちがう、お前んとこのシェンカー通りと例の行進ができる音楽隊を貸してほしいんだよ。今度結婚する事にしたからさぁ」
「えっ!マジで!?」
「そーそー、宿屋で働いてる子なんだけど、いい子だし親父もいいって言ってるからさぁ」
兄貴は珍しく照れた様子で頭を掻いて、椅子の上であぐらをかいたり正座をしたりと落ち着かないようだ。
そういや今まで上の兄貴はともかく、下の兄貴の彼女には会ったことがなかったな。
こりゃめでたいや。
「へぇ〜、おめでとう兄貴」
「へへへ、ありがとう。そんでさ、結婚式をド派手にやりたいからさぁ、通りと音楽隊を借りたいってわけよ」
「そりゃいいけど、いつやるの?」
「いや〜、冬にやるか春にやるかもまだ決まってないんだけどさぁ」
「あ、それなら早いほうがいい。うちの音楽隊、仕事でもうすぐ王都に行くんだわ。春に帰ってこれるとも限らないしさ」
うちの音楽隊は王都の有力貴族の依頼で、俺の用意した曲を届けに行くことになっていた。
今回の音楽隊の仕事は行って演奏するだけじゃないからな、あっちの音楽隊に曲を教えるところまでがセットだ。
行きも帰りも依頼主が音楽隊全員の魔導列車の席を用意してくれるらしいが、帰りのチケットがなかなか取れないなんてこともありえるしな。
「じゃあ……ちょっとバタバタするけど今月末ぐらいでどうかなぁ?」
「兄貴、それって衣装とか大丈夫なの?」
「大丈夫大丈夫、元々ふたりとも先輩の服借りるつもりだったからさ〜」
「わかった、じゃあ調整するね」
「そんじゃ、ひとつ頼むわ」
兄貴は椅子の上であぐらをかいたままペコリと頭を下げた。
「この件、チキンに回すから細かい相談はいつでも本部に顔出して」
「助かるよ、ありがとなぁ〜」
俺は話が終わるやいなや、そそくさと家を出ようとするせっかちな兄貴を「ちょっと待って」と呼び止めた。
急な話だから何も用意してないけど、せめてお祝いにローラ・ローラぐらいは持って帰ってもらおう。
俺が作るドク○ー・ペッパー味のこの酒は、ちゃんとブランド化に成功してる高価な品なんだ。
「これ、姉さんと飲んで」
「おっ、この酒……いいの?」
「なに遠慮してんのさ」
兄貴は今日一番の子供みたいな笑顔になって、指で俺の脇腹をつついてきた。
「おい〜、ありがてぇ〜」
「女性に人気らしいからさ、兄貴だけで飲むなよ」
「そうすると後が怖いんだよね〜、嫁さんも酒好きなのよ」
キラキラの目でローラ・ローラの瓶を見つめる彼と新しい姉のために、俺は馬にボトルを四本括り付けて帰した。
兄貴の結婚式だ、賑やかな式にしないとな。
それにしても、随分と寒くなった。
ふぅとついたため息が、白いままに頭の上へと登っていく。
ふと空を見上げると、上弦の月が浮かんでいた。
黄金の月の杯に、横に入った一本線がまるでグラスの水面のように見える。
兄への祝福に掲げる、黄金の盃だ。
手を伸ばせば掴み取れそうな、しかし手を伸ばせば砕け散ってしまいそうな、不思議な儚さを帯びたそれから目が離せなかった。
冷たい風の音だけが、ごうごうと耳に響く。
はらはらと、白いものが風に混じり始めるのが見える。
俺はじっと立ったまま、トルキイバの初雪に降られていた。
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