第45話 造魔さん AIなんか 目じゃないね

結局俺とローラさんの新婚生活は、俺が彼女の家に転がり込むことで始まった。


学校の近くの一等地にあるでっかい家だ。


家賃を聞いてみたら、なんと驚きの現金買取だったらしい。


俺の年の稼ぎが飛びかねない値段に目玉が飛び出しそうだった。


やっぱ本物の金持ちはスケールが違うぜ。


ほんとは新しく家を買うつもりだったんだけど、値段聞いてやめたんだ。


絶対ここよりいい家買えないからな。


四人乗りの馬車が三台は停められる駐車場に、馬が十頭入る馬房。


二階にある浴場なんか空の見えるガラス張りで大理石製だ。


人造大理石テラゾーなんかないから天然だぞ、天然。


ちなみに俺は研究とかで夜中まで起きてる事も多いから部屋を分けようと言ったんだけど。


「それは絶対にいやだ」とほっぺたを膨らませたローラさんに止められた。


おいおい、ワガママ言っちゃ困るぜベイビー。


まぁ一緒の部屋になりましたけどね。


まぁ?


新婚ですから?


しゃーないっすわ、しゃーなしでね。


部屋のクローゼット開けたら半ズボンが入ってた時は腰抜かして、怖くて泣きそうになったけどな。


もうさすがに外で半ズボンは勘弁してくれ、部屋着ならいいけどさ。






とにかく、そんな豪邸での新婚生活を始めた俺なんだけど……


久々に実家に帰ってみたら、不思議な事を目にしたんだ。




「おおよしよし、お腹すいちゃったか」


「……♡……♡」




実家に戻って、商売について番頭と話をしていたんだけど。


そんな俺の前で、造魔バイコーンが魔結晶を持ってきた丁稚に甘え始めたんだ。


鼻先を丁稚の腰に擦りつけて、周りをぐるぐる回るバイコーン


ん?おかしいな。


あんな行動パターンあったか?


見間違いかな?




「……♡……♡」


「おお、いまやるからなぁ」




丁稚の言葉にバイコーンは嬉しそうにお尻をふって、背中の魔結晶入れのハッチを開けやすい場所に持ってきている。


まるで大きな犬のようだ。


体中の動きで喜びを表していて、なかなか愛らしい。


いやでも、これって……


あれ?


いや、いいのか……って駄目だろ!!


こいつ、自我が芽生えてないか!?


造魔っていうのは作られた生命体、言わば使い捨てのロケットみたいなものなんだ。


ロケットが自我持ってたらおかしいだろ!




「…………」


「……?」




魔結晶を補充して貰って嬉しそうにしているバイコーンに恐る恐る近づく。


首をかしげるバイコーン、まるで生きているようだ。




「……よーしよし」


「……♡」




俺が恐る恐る頭を撫でてみると、バイコーンは首をかしげながらも手に頭を押し付けてくる。


これは……本当に自我が芽生えているように見える。




「こいつ、いつからこんな感じなんだ?」


「最初からですよ?」




嘘つくな!


造魔に興味がない番頭はそう言うが、作った時は普通の造魔となんら変わりなかったはずだ。


怪訝な顔をする俺に、丁稚が訂正を加えてきた。




「いやいや、こうして甘えてくるようになったのはつい最近ですよ。お前もようやくうちにも慣れてきたんだよな。なぁ?」


「……♡」




丁稚がそう言いながら角を撫でるのに、バイコーンは体を擦り付けて答える。


なんだ、どうして……


色々作ったが、他の造魔ではこんな事はなかったはずだ。


そういう報告もどこからも上がってきていない……


いや、このバイコーンは俺が作った一番最初の燃料交換式造魔だ。


もしかして……


この造魔、三年かけて成長してるってことか?


一応だが、造魔にも脳みそに相当する部分はある。


そもそも単一の働きしかしない機械とは設計思想が違う、造魔は機械よりもずっと複雑な物なんだ。


ありえない話じゃない、こうして変質したバイコーンが目の前にいるわけだしな。


……これは、検証する必要があるな。


丁稚に犬みたいな甘え方をするバイコーンを見ながら、俺は新しい研究計画を立て始めていた。






「坊っちゃん、この大きい卵、どうしたんですか?」


「今日はこちらの卵を料理するんですか?」


「綺麗な色の卵ですね」




一ヶ月後のM.S.Gマジカル・シェンカー・グループ本部。


俺の目の前の机には、一抱えもある赤青緑の卵が置かれていた。


その前にはうちの退役奴隷が3人並ぶ。


赤毛の魚人族の戦士ロース、料理が得意な緑髪眼鏡のハント、そして何の変哲もない会計役のチキンだ。




「君たちには、この卵を育ててもらいたい」


「何かの生き物なんですか?」




ハントが不思議そうな顔をして、指先で卵をつつく。




「生き物といえば生き物だが、こいつは魔結晶を食って生きる新種なんだ」




ロースは少し心配そうな顔でしゃがんで、上から下から卵を覗き込んでいる。




「新種ってそりゃ、危ない生き物じゃないんですか?」


「心配するな、俺が作ったんだ」




彼女は「俺が作った」と聞いてから余計に心配そうな顔になった。


失礼なやつだな、戦闘能力はないから安心しろよ。




「これって、飼育に手間がかかったりしますでしょうか?」


「かからないよ、言うことも聞くと思う、多分」


「それならいいんですけれども、万が一大切な書類を汚されたりすると困りますので……」


「躾けてくれ」


「え、わ、わかりました……」




チキンはもうすでに中の生き物との暮らしが気になっているらしい。


ま、多少のやんちゃ・・・・はするだろうが、概ね問題はないはずだ。


多分、おそらく、きっとそうだ。


俺は机の上に3つ、魔結晶を置いた。


完全に均質化された、地下特製の特殊な魔結晶だ。




「卵を選んで、底に魔結晶をはめろ」


「えっと、じゃああたしは赤」




ロースは卵を持って、手の上でくるりと回した。




「私は緑で」




ハントは恐る恐る卵を手にして、眼鏡の奥の瞳でまじまじと見つめている。




「それでは私は残り物で青を、早速やってみましょうか」




チキンはなんでもないように卵を抱きかかえて、服の袖で表面を軽く拭いた。


そして三人が同じタイミングで、底に魔結晶をはめ込んだ。


瞬間、卵はバラバラに砕け散って、殻は床に散乱する。


退役奴隷達の手には、それぞれ卵から出てきた動物が乗っていた。


ロースの卵からは、赤い毛並みの子猫。


ハントの卵からは、緑の小さなゴリラ。


チキンの卵からは、青い毛並みの子犬。


そう、俺が作ったのは愛玩用造魔のプロトタイプだ。


造魔の自我の研究に使って、ついでにあわよくば富裕層向けに商品化もできないかなと思って作ってみた。


どれも普通の動物よりデフォルメが効いていて、頭が大きくなっている。


これは学習用に脳みそにあたる部分を強化した結果だ。


それと、魔結晶補充も口から行えるようにしたんだよね。


結構技術力のいる事なんだが、彼女らに言っても伝わらんだろうな。




「へぇ……」


「おさるさん……」


「犬ですかぁ……」




感心したように手の内の動物たちを見つめる彼女たちの前に、俺は紙束を置いた。




「いいか、毎週そいつらについての報告書を出してくれ。手当は出す」


「手当が出るならかまいませんが、仕事中は誰かに預けてよろしいんで?」


「ああ、構わないよ」




ロースは目を開けないままもぞもぞする猫の背中を押さえながら言う。


どんな表情をしていいのかわからない感じだ。




「名前は私達がつけていいんですか?」


「好きにしてくれ」




ハントはゴリラの小さい手をつまみ上げて、ちょっと嬉しそうな顔だ。


動物好きなのかな?




「それで私達3人を選んだんですね、退役奴隷で文字が書けるのは少ないですものね」


「頼むぞ、これは俺の学校での研究に関わってるんだ」


「それは責任重大ですね」




チキンは青い子犬を胸に抱きかかえ、肩をすくめてそう言った。


この事実はまだ王都の研究室も把握していないかもしれないからな。


恩を売るにも、商品化するにも今のうちなんだ。


ちなみに、我が家にも同じように研究用の愛玩造魔がいる。


ローラさんの要望で決まったその動物のモデルは、小さな飛竜だ。


小さい飛竜なんか、見た目はトカゲと変わらんぞ。


俺は大きい猫が良かったなぁ。


ま、でも、これも嫁さん孝行かな。

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