第30話 作りだせ 大陸つなぐ 夢の道

あっという間に14歳と少しになった。


生活は去年以上の密度で、研究研究、また研究だ。


今やってる魔結晶なしバッテリーレス造魔の研究で、ちょっとでも婚約者のローラさんの手柄を増してやろうなんて考えたのがまずかった。


魔結晶いらずの無限造魔動力むげんエンジンを使った無補給稼働の大陸横断鉄道グランド・レイルロードの計画書なんてのをでっち上げたんだけど、話が王都に伝わった途端ドバーッと研究資金が降りてきた。


マリノ教授曰く、上が本気になってきたらしい。


鉄道って言っても考え方自体は簡単なんだ。


動力系、変速系、操作系に分けて造魔をモジュール化して、車輪に繋げるだけ。


後は運ぶものに合わせて規模を拡大していくだけだ、考え方は簡単だろ?


まぁ作るのは簡単じゃないんだけど。


そしたら『トルキイバ、ルエフマ間での長距離輸送運用試験を行うべし』って指示が届いて、もうてんやわんやだよ。


マリノ教授はトルキイバとルエフマ間を走る魔導鉄道の路線を借りるための根回しに走り回り、俺はエストマ翁から学科の免除のお達しを頂いて研究にかかりっきりだ。


そして路線を借りられる日が、3ヶ月後の年度末にある全線運休予定日に決まってからというもの、研究室の慌ただしさは増すばかり。


昼夜を問わず居座っている人がいたり、応接用のソファでガチ寝している人がいたりする。


俺はこの感覚を知っているぞ。


デスマーチって言うんだよ。






「本当にこれが動くのかい?」


「原理的には作る予定の鉄道も全く一緒なんですよ。ただ荷車サイズに収めると出力が全く足りてませんので、坂道は登れませんね」




俺とマリノ教授は魔導学園の駐車場の隅で、試験的に作られた造魔馬車を見つめていた。


魔結晶を動力とした魔具エンジンの魔導馬車や魔導鉄道はかなり昔から実用化されていて、大規模な飛行船や戦車のようなものまで存在する。


すでに重要な社会インフラを支えている大変な技術なのだが、いかんせん高コストなんだ。


俺は魔導馬車を参考にして、大きめの荷車のようなものに無限造魔エンジンを組み込んだ。


魔導馬車が馬6頭分ぐらいの力があるとすれば、この造魔車は猫一匹分ぐらいだろう。


計算上はギリギリ動くはずだ。




「それでは起動しますね」




エンジンの周りの魔封じを解くと、造魔がコチコチと音を立てながら動き始める。


造魔の質、大きさ、特性を揃えないと造魔間の同調が取れず、上手く出力が上がらなくて苦労した。


ただでさえ無限造魔エンジンは超低コスト超低出力なんだ、少しでも出力が上がる工夫をしていかないと動力車のサイズが都市の大きさを超えてしまうぞ。




「おっ、動いたかい?」




マリノ教授は興味津々に車輪を覗き込んでいるが、多分まだ動いてない。


車輪の前に引いた線に微塵も踏み込んでいない。


あくびが出そうなぐらいの時間をかけて、造魔車はほんの少しだけ車輪を回し始めた。




「これは、動いたね?」


「はい教授、動きました」


「しかし車輪の下に線を引いていないと、動いてるのか動いてないのかわからないぐらいノロマだね」


「この出力だと小石を踏んだだけで止まりますよ、これ以上はもっと大型化させてからです」


「うーん、歯がゆいな」




最初は物差しなんかでじりじり動く車輪の進みを調べていたマリノ教授も、1時間も経つ頃には完全に椅子に座り込んでしまった。


俺は飲み物を運んだり軽食を運んだりしていたんだが、マリノ教授は椅子に座って腕を組んだままずーっと車輪の動きを見守っていた。


結局造魔車は太陽の位置が変わるぐらいの時間をかけて車輪を一回転させ、俺が言ったとおり小石を踏んで止まってしまう。




「止まってしまったな」


「そうですね」


「しかし車輪一回転分とはいえ、動いたということが大切だ、そうだね?」


「そうですよ!これは車輪一回転分の前進にすぎませんが、造魔学にとっては偉大な一回転です」


「シェンカー君」


「はい?」


「その表現、貰ってもいいかい?」




その日俺とマリノ教授はクスクス笑いながら研究室へと帰り、他のみんなを怪しませたのだった。






とある寒い日の夜。


研究室明けの俺と、婚約者のローラさんは俺の親父と上の兄貴と食事をしていた。


治安のいい地区にある一見さんお断りのお高いレストランで、平民の月の稼ぎがすぐに飛ぶような店だ。




「それでは、そのぅ、結婚はサワディが成人したらすぐということで?」


「ああ、そのつもりで考えている」


「そこに合わせて家も買うつもりなんだけど」


「しばらくは私の家でもいいじゃないか」


「ローラさんは引っ越しの準備がめんどくさいだけでしょ?」


「荷解きしたばかりなんだ、少し手加減してくれよ」




俺がそうやって気さくにローラさんと話していると、親父が凄い顔になっている。


ははあ、魔法使いに完全にビビってんだな。




「なあ親父」


「ど、どうした?今日のムニエルはいやに塩気がないな、変えてもらおうか?」




塩気はついてるよ、あんたの舌が緊張で麻痺しちゃってんのよ。




「ローラさんとも話したんだけどさ、身分は違えどせっかく家族になるわけだろ?」


「あ、ああ、そうだな」


「だからさ、外の事ならともかくさ。内々の関係では、ちゃんと家族ってことにしようよ」


「なにっ!し、しかしそれは……」


「ブレット殿、いいんですよ。私はもう父も母もない身、夫の家族が本当の身内になってくれるならば、それほど心強い事はありません」


「そ、そうですか……」




うろたえる親父と『一言も喋るな』と言われて黙々と料理を食べている兄貴の対比が凄い。


何も考えてない兄貴がかえって大物に見えるぞ。




「これはなんか有名な酒らしいんだけど、これで盃かわそうや」


「盃って、ギャングじゃないんだぞ我々は」


「似たようなもんじゃないか」


「断じて違う!わが家はれっきとした、かたぎ・・・の商家なんだ!」


「まあまあブレット殿、これから彼の手綱はしっかり私が握っていきます。安心してください、そうそうおいた・・・はさせませんよ」


「お、お願い致す……」




腹を抑えて俯いた親父の前に、こないだ治療した元軍人から送られてきた酒を置く。


なんか有名な酒蔵のもので、数量限定生産みたいな感じらしい。


俺はあんま良く知らないんだけど、それを見た親父は顔色を変えた。




「おまっ!お前これをどこで手に入れた!」


「軍人さんにもらった」


「これは『シュガー・ハァト』だろ!実在したのか!本物か!?」


「まぁまぁ、ブレット殿。こういうものはよく手に入りますので」


「よく手に入るような物では……」


「とにかくさ、これで内々だけど親子固めの盃ってことで……頼むわ、な、親父」


「いや、しかし……」


「本人がいいって言ってるんだからさ……」




俺は渋る親父をなだめ、2つのグラスに酒を注いで、ふたりの前に置いた。


兄貴が『俺は?』という顔で目の前の空いたグラスを指差しているが、兄貴は黙って飯でも食っててくれ。




「では、不肖私サワディが、この盃取り仕切らせて頂きます」


「……お願い致す」


「よろしく」




俺に向かって空のグラスを掲げる兄貴が見守る中、厳かに儀式は始まった。


親父とローラさんが、お互い少し口をつけたグラスを相手側のグラスと交換する。


二人は無言でそれ飲み干し、グラスを床に叩きつけた。


グラスは粉々に砕け散り、これで親子の盃が交わされたことになる。


もちろん貴族と平民だ、効力なんてない。


これは俺とローラさんからの、一般人の親父への気遣いだ。


心は家族だよって事だ。




「ローラ殿、息子を、サワディをよろしくお願いします……」


「ああ、しかし世話になるのは私かもしれんがね」




今親子になったばかりの親父と娘はしっかりと手を握り、笑みを交わし合う。


俺はといえば、袖を引っ張り始めた兄貴のグラスにさっきの酒を注いでやっていた。


親父と一緒で、俺と兄貴も切れない縁なんだ。


ちょっと頼りないけど、お互いに支え合っていかないとな。

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