第26話 魔結晶 ほんとのところは 魔結石

サワディ側の家族との挨拶とかは、身分差があるので親父の土下座で終わりました。




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元軍人の研究者、ローラ・スレイラさんとの婚約が決まって2週間ほどが経った。


2人の仲はほどほどに良好で、3日とあけずにデートを繰り返している。


彼女結構ボディタッチが多いんだよな、軍人流の気安さなんだろうか?


今の体に心も引きずられているのか、年甲斐もなくドキドキしてしまう。


まぁ俺も初婚だし、しょうがないか。


そしてそんな婚約者のローラさんは、戦争で魔臓をなくしてしまったらしい。


魔臓がなけりゃ魔法が使えない。


魔法使いが魔法を使えないってことは大変な事だ。


軍人だからそれだけでは済まず職を追われたんだろうが、単純に超不便なんだ。


トイレ行ったら手桶で水を流す?


暗いところを光で照らせない?


火を付けるのに石を叩く?


文字を書くのにペンを使う?


ありえない、不便すぎる。


死んでしまうぞ。


だから俺は聞いた「治しましょうか?」って。


だが、返ってきた言葉は「ちょっと待て」だった。




「ひとつ悪だくみがある」




彼女はそう言って、不敵に笑った。






魔臓、それは動物が魔素を集めるための臓器だ。


口から空気を取り込む肺とは違い、魔臓はそこらへんに漂う魔素を直接取り込み、許容できるだけ取り込んで貯蔵してしまう。


そして動物がある程度年を経ると、魔臓は変質して結晶化し、中に柔らかい石のようなものを作る。


これが魔結晶、今の人間社会にはもはや欠かせないエネルギー資源なのだ。




「そんでその魔結晶の外殻までを無理やり魔素に変えちゃうと、貯蔵先がなくなっちゃうんですよ。それが魔法使いの終わりです」


「講義はもうよろしい、それより魔臓が本当に治せるのかどうか。早くやってみたまえ」




俺を急かすこのおじさんは、ローラさんが王都から呼んできた『信頼できる筋』のステータス魔法使いだ。


つまりは魔臓をなくした魔法使いに終わりを告げるお役目の人なんだが。


彼もまた、ローラさんの悪だくみの一員なのだった。




「それじゃあ開腹しますよ」


「ああ」




学校で習ったばかりの睡眠魔法を先にかけて眠らせておいたローラさんの腹を、素早く切り開いていく。


流れ出る血を水魔法で球にして浮かせ、視界を確保する。


腹直筋と脂肪をかき分け、大腸をどかし・・・、魔臓があるはずの場所にあったのは、黒くしなびた残骸だけだった。




「確認した、魔臓なし」


「ではいきます」




俺は再生魔法を彼女に流す。


他の奴らの再生魔法がデスクライトなら、俺の再生魔法は宇宙戦艦のレーザービームだ。


一瞬で根本から肉が盛り上がり、ピンク色の魔臓が再生する。




「再生を確認した」


「閉めます」




抑えていた手を離して腹を閉めると、もうそこには傷跡ひとつなかった。


流れ出た血を肘の血管から戻してやり、あとは彼女の目が醒めるのを待つだけ。




「にわかには信じがたいが、本当に魔臓が蘇った。わしの鑑定魔法で見ても、スレイラ少佐に微量ながら魔力が戻っておる」


「良かったです」




男2人でテーブルを囲み、ローラさんの使用人のミオンさんの入れてくれたお茶を飲んでじっと待つ。


ことの始まりは2週間ほど前、ローラさんとの婚約が決まった直後のことだ。


真剣な顔をした彼女から、魔臓の再生がステータス魔法なんかの比じゃないぐらいの特殊技能レアスキルだということを、何時間もかけて滾々と説かれた。


そして、そのために今後俺に待ち構えているであろう困難の話もな。


ぶっちゃけかなりビビった。


どこまで行っても再生魔法の延長だろ、と思って楽観視していたんだ。


正直魔臓の再生なんか、できて当たり前だと気にも止めていなかった。


青天の霹靂に恐れおののく俺に、彼女はそれに対処するための道を3つも示してくれた。


ひとつ、軍に入り、魔臓再生機として生きる道。


もう一つ、魔臓再生を秘匿して生きる道。


そして最後は、魔臓再生を限定公開していく道だ。


ぶっちゃけ選べる道はひとつだけだった。


軍に入るのはまっぴらごめんだし。


隠すのも無理だ。


だって俺が魔臓治した事、学校の結構な人数が知ってるんだもん。


バレないわけないでしょ。


力を限定公開して退役軍人相手にやっていく分には色々抜け道がある、とローラさんに諭され。


俺は今、そのための前準備をしているところなのである。


目の前のおじさんは、俺に本当にその力があるかどうかを判定に来てくれた王都側の人員なんだ。




「そう心配そうな顔をせんでもよい。今後の事は王都の陸軍本部とお主の婚約者に任せておけ」


「はぁ」


「魔臓の喪失というのはな、今や大半の人間が軍を退く時の方便として使っておる。再生自体が技術として再現可能ならともかく、お主にしかできぬなら、公開する利益は限りなく薄い」


「でも、軍にとっては魔臓が治せれば戦える人が増えて嬉しいんじゃないですか?」




おじさんは額を揉んで、ため息をついた。




「魔臓の喪失とは、そう簡単なものではない。大抵のものは魔力の枯渇する痛みに耐えかねて、そこまで魔法を使い続けることなどできん」


「そうなんですか」


「さらに言えば、魔臓を失った痛みで死ぬ人間が大半でな。スレイラ少佐のように生き残れるのは真の兵まことのつわものだけよ」


「はぇーすごい」


「おいおい、照れるじゃないか」




ベッドの方から声が聞こえた。


指先に光を宿したローラさんが、ベッドの上にあぐらをかいて座っていた。





「本当に、魔臓が回復するとはな」




言いながらローラさんは指先の光を縦横無尽に動かし、空中に魔法陣を描いていく。


一瞬強く光った魔法陣から、ぽとりと落ちてきたのは黄ばんだ煙草で。


それを咥えた彼女がパチンと指を鳴らすと、煙草の先に火がついた。


彼女が心底うまそうに煙を吸い込み、窓に向けて吐き出すと、今度は風の魔力がそれを屋外へと運んでいく。


全ての魔力移動が恐ろしく効率的で、限りなくスムーズだ。


これが佐官の実力なのか。




「ありがとう、サワディ君。私の婚約者が君で本当に良かったよ」




そう言いながらローラさんは腕を広げ、ハグしてくれと言わんかのようにウインクを飛ばす。


いや、オッサン見てんですけど。




「そういうことは後でやりたまえ」


「無粋だな、クオリス卿。若者の愛というのは全てに優先するのさ」


「年寄りにはいささか目の毒だ。それより、事前の取り決め通りでいいな?施術はここ、お忍びで1人づつ、証明は勲章、対価は……」


「元軍人への貸し・・だ、金は使い切れないぐらいある」




俺は1人治すたびに、ローラさんから金貨100枚が貰えることになってる。


彼女の月の年金がちょうどそれぐらいらしい。


婚約の時に『養ってやろう』と言われたのは、伊達や酔狂ではなかったのだ。


どんだけ戦功あげてんだろこの人。




「君もそれでいいな?」


「構いません」


「うむ」




おじさんは最後に俺に確認を取ると、足早に去っていった。


やはり軍人だ、立ち振舞がいちいちかっこいい。


ベッドの方を見る。


うちのもと・・軍人は手を広げて目を閉じ、俺に向かって唇を突き出していた。




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海軍としては陸軍の魔臓再生に反対である。

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