第24話 軍人の おねいさんから 誘いだゾ 後編
次の日からの研究室では、スレイラさんは必要以上に話しかけてこなかった。
いつも通りの大人の態度。
俺は焦れた。
スレイラさんの思うがままに焦らされた。
伝説の脚本家、メジアスの情報が欲しい!
この世界には雑誌やテレビなんかない、遠く離れた場所や人物は、人づての情報が全てなのだ。
悶々としたまま日々を過ごし、ようやく週末がやってきた。
チケットを予約した芝居は、追放ものの名作『受付嬢の追放』。
靡かない受付嬢を後ろ盾のない女だと思って追放したギルド長が、実はネクロマンサーだった彼女から逆襲を受けるサイコスリラーだ。
新進気鋭の女優、プラトネット嬢の怪演もあって芝居は大成功、隣りに座っていたスレイラさんも楽しんでくれたはず。
俺は早速彼女を学校近くの喫茶店に連れ込んだ。
「おいおい、今日はいやにせっかちじゃないか」
「すいません、どうしても話が気になって」
「メジアスの話だけ?それが終われば私は用無しかい?」
「あ、いえ……そんなことは。失礼しました……」
顔から火が出る思いだった。
劇場からここまで、ほとんど手を引くようにして連れてきてしまった。
スレイラさんは苦笑すると、煙草を咥える。
俺がそれに種火の魔法で火をつけると、美味そうに煙を吸い込んだ。
「メジアスの話だけどね、彼はかなりの放蕩者だった。あまり学園の成績が良くなくて、芝居好きの友人達とつるんで劇団を立ち上げたりすることに熱心だったらしい」
俺はスレイラさんの言葉の全てを逃さないように、メモ帳に筆記魔法で記していく。
俺にはこの言葉をトルキイバの全芝居ファン達に届ける義務があるんだ。
「元々は俳優志望で脚本を書いていなかったらしいが、とある令嬢との失恋を期にどんどん執筆活動にのめり込み、学園を中退。友人達との劇団で劇をやって大評判を得るんだ」
「『大樹の揺りかご』ですね、魔法使いの若者達が
「そうなのかな?まぁそれに気を良くした彼は他にも色々書いていたらしいんだが、親からの士官の薦めを散々断っていたら激怒されたらしくてね。私が会ってしばらくしてから家を追い出されたそうだ」
「さすがは『怒り』のメジアスだなぁ〜、今はどこにいるんですかね?」
「風の噂では、ムラゴラドの方に劇場を作ったとか……」
「うおーっ!行ってみたいなぁ」
感激する俺を見つめていたスレイラさんが、まだ長い煙草を揉み消してこう言った。
「君は、聞いていた話とは随分違うな」
スレイラさんの神妙な顔に、額から一筋の汗が流れた。
そうだった。
この人は内偵者かもしれないんだった。
俺は何を浮かれていたんだ。
「聞いていた話……ですか?」
浮ついていた気持ちを一気に引き締め、俺はスレイラさんに真正面から向き合った。
「君は才覚鋭く、成績も研究も成果を出しているのに、攻撃魔法が使えないだけで燻っている平民という話だった」
「はぁ」
燻っているというか、ちゃんと火消ししてたつもりだったんだけどね。
「だが、実際にいたのは勉強も研究も片手間でこなし。趣味の芝居に全力な、年相応の男の子だったのさ」
そう言って苦笑したスレイラさんは「本題に入ろうか」と居住まいを正す。
「王都でクリス・ホールデンに会ったよ。その後任者の愚かな若者にもな」
「は、はぁ……」
なんか、嫌な予感がする……
「どちらも真っ当な貴族だった、良くも悪くもね」
「そ、そうですよね……研究室の誇りです」
「真っ当な貴族には、ああいう発想は出せない。魔結晶交換式造魔の開発者は、君だな?」
あっ……
セエエエエエエエエフ!!!
安心でドッと汗が出てきた。
「なに、責めてるわけじゃない。平民の保身はよくある事、逆に自制の利いた素晴らしい判断だと思うよ」
俺が黙っているのを肯定と判断したらしいスレイラさんが、珈琲を一口飲んでから勝手に話し始めた。
「だが、平民とはいえお国のために優秀な者は取り立てねばならん、そうだろう?」
ふと、スレイラさん以外の視線を感じた。
粘つくような、刺すような、感じた事のある視線。
窓を見る。
いつか見た鳶色の目が、こちらを見ていた。
「幸い君は跡取りというわけでもない、君は13、私は21、少し年は離れているが……何だ君は?」
スレイラさんの横に、鎧を身に付け腰に直剣を差した、いつかの深窓の令嬢が立っていた。
「あなた、この間いらした方よね?」
「なんだと聞いている」
「何回足首を切り飛ばしても、走りながら再生する面白い戦い方の人」
「おい、聞きたまえ」
「名前を聞いておこうかと思って」
「貴様、私の連れに何の用だ!」
あまりの展開に硬直していた俺の目の前で、立ち上がったスレイラさんが深窓の令嬢の襟元を掴む。
深窓の令嬢は頭一つ分背が高いスレイラさんを見上げ、獰猛な笑みを浮かべた。
「あら、あなたスレイラ
「なぜ私を知っている?」
「王都では、うちの門下生が随分と揉まれたようで」
深窓の令嬢は竜の彫り物の入った剣をスレイラさんに見せる、この2人は面識があったのか?
「剣術ザルクド流か……戦では役に立たん奴らだ」
「あら、それでも魔法に頼りすぎて魔臓をなくしたあなたよりはマシだわ」
「言うなっ!」
「魔臓もなしではまともな子も作れない。貴族としての責務は果たしても、女としては終わり。惨めなものね」
そうしてヒートアップする2人の肩をがっしりと掴む者がいた。
店の店主だ。
俺が呼んでおいた。
「お客様、困ります」
ここは魔法学園直営の店、魔法使いがこの店主の言葉を無視できるわけがない。
俺はその間に会計を済ませ、店外に脱出していた。
逃げるが勝ちだ!
あんな奴らに付き合ってられるか!
翌日、俺はまたスレイラさんと一緒にいた。
研究室の後に呼び出されてしまったのだ。
昨日とは別の店で、奥まった席に座った。
「昨日は見苦しいところを見せた」
「いえ」
「ザルクド流とは因縁浅からぬ仲でね、王都ではたびたび衝突したんだ」
「そうなんですか」
「それで、昨日の話なんだが……」
やべぇ、あんまり覚えてない。
なんか年の差がどうとか言ってたような。
「また邪魔が入らないうちに単刀直入に言おう、国は君を貴種に取り込みたがっている」
「えっ、なんでですか?」
「君の研究で軍事費の1割強が圧縮された、その才能を浮かせておくのは問題だ」
「そんなことになってたんですか……」
「一応そのお相手は私なんだが、気に入らなければ言ってくれ」
そう言いながら、気弱そうな表情を見せるスレイラさんだが、いや待て待て待て。
「スレイラさん、結構いいとこの貴族さんじゃないんですか?なにも平民なんかに……」
「ああ、それは問題ない。私は実家を出されて独立した身だからな。ま、メジアス流に言えば『追放』ってやつさ」
「そりゃまたどうして……」
「魔臓を使い潰してしまってね、魔臓のない人間からは強い魔力の子は生まれん。悪いが魔力の強化は次世代からで頼むよ」
「え?ていうか僕、魔臓再生できますけど……」
「何っ!?」
「うあっちい!!!」
勢いよく立ち上がったスレイラさんによって机が破壊され、熱い珈琲が全て俺に降りかかった。
「どういうことだ?そんな情報は……そうか、貴種以外の一律低評価の弊害か!くそっ!」
なにやら怒りながらハンカチで俺を拭いてくれるスレイラさん、別に安い服だからいいんだけどな。
「とにかく、ますます他の貴族には渡せなくなった。婚約の話、了承してくれるか?シェンカー」
結婚は願ったり叶ったりだが、俺にだって理想はある。
「いくつか条件をつけてもよろしいですか?」
「どんな条件だ?妾か?それは許さんぞ」
なんだこの人、テンション急転直下で目が超怖えよ。
独占欲やばいタイプの人なのかな。
「いや、芝居が趣味なんですけど、いつか自分の劇場とかも持ちたいんですけどいいですか?」
「何だそんなことか、かまわんよ。たまには私も芝居に連れて行ってくれたまえ」
いつもの柔和な目つきの彼女に戻った。
爛れた男女関係は地雷なんだな。
あ、そうだ!
肝心な事を聞いてなかった。
「あと俺、働きたくないんですけど」
「かまわん、養ってやろう」
やだこの人、イケメン……
「欲を言えば研究は続けてほしいが、国的には魔結晶交換式造魔と、今の研究だけでもお釣りがくるだろう」
「あとその……スレイラさんはよろしかったんですか?僕なんかで……」
ここは正直気になるところだ。
国の決定で結婚ってのは俺には覆せないが、彼女なら魔臓さえ治せば俺なんかと結婚する必要もないわけだ。
結婚は正直したいが、せっかく国が紹介してくれるってんならできるだけ好みの不一致を抱えたくない。
ちなみに俺は全然オッケーだ。
スレイラさん、いい尻だし。
魔法使いの女の性格って平民基準じゃみんなぶっ飛んでるし、スレイラさんぐらいなら全然許容範囲だ。
「恥ずかしながら……この年まで色恋というのに疎くてな。正直よくわからんのだよ、君が色々教えてくれれば助かる」
可もなく不可もなくって感じかな。
まぁ、マイナスから始まってないだけマシと思おう。
「ただ……」
スレイラさんは俺の頭をくしゃりと撫でて、こう言った。
「君のことは、弟みたいで可愛いとは思っている」
この人、
こうして、俺の婚活は何が何やらわからぬうちに、突然終わりを迎えたのだった。
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オリジナルのヒロインって難し杉内
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