第20話 シェンカーの 奴隷が町を 支えてる
ネタバレですけど、主人公が本格的にピンチになったりする展開はないです。
ハッピーエンド確定です。
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「チキンさん、表の扉開けますね」
「ああ、開けてちょうだい」
私の朝は早い。
この
奴隷達を借りに来る人達の相手をしなければならないからなのだが、正直つらい。
重要な仕事を任されてるから手当も大きいんだが、毎日毎日朝からむくつけきオッサンたちに囲まれるのはさすがに気が滅入る。
「北の辻の薬屋の横の家!軽作業2人!」
「それでは4の鐘の頃に向かわせますね」
「頼むぜ!これ金っ!」
「割符です」
「おうっ!」
朝からみんな元気で汗臭い。
だいぶ慣れてきたけど、最初は面食らったなぁ。
「花屋のダムガードです、運送1人、前に来た子がいたらその子がいいです」
「ラーズですね、大丈夫ですよ。それでは4の鐘のころに向かわせますね」
「ありがとう、銀貨1と銅貨2でいいのよね?」
「そうです、こちら割符です」
「よろしくおねがいしますね」
近頃は建築現場や単純作業以外にも、普通の店の手伝いとかに呼ばれる事も増えた。
割がいい仕事だってみんな喜んでるけど、力仕事と違ってたまーにクレームもつくからこっちは複雑な気分だ。
まぁ、うちの組織が町に受け入れられていっているのだと思うと喜ばしいのだが、中間管理職の数がまだまだ少ないのがなぁ……
ご主人様ももう1人か2人ぐらい、教育に回せる知識奴隷を買ってくれないだろうか。
もしくはまたあのチャラいお兄様におねだりしてくれないかなぁ。
受付の隣には購買部もある。
ここは普段は奴隷達がちょっとした買い物をする時に使う場所だが、朝は業者の人にも開放してる。
「弁当ちょうだい」
「こっち弁当2個」
「こっち5個だー!」
人気なのはシーリィとハント率いる炊事班の作る弁当だ。
使い捨て皿代わりの爆裂モロコシの葉っぱに、適当な料理が入ってるというもの。
パンと炒め物の日もあれば、ふかした芋とパスタなんて日もある。
その前の日に安かった材料で作っているので、正直当たり外れが激しい。
でも安さと、美人が作った料理ってことで毎日安定して数が出ているのだ。
他に人気なのは……
「邪魔なんだよ!うすらデカい馬女がよ!」
「あぁ!?お前今ピクルスさんになんて言いやがった?」
おっと、喧嘩だ。
どうも出発前の冒険者と、建築業の男の間に揉め事があったらしい。
人でごった返す拠点の入り口で蛇人族の男と、うちの猪人族のプテンが口論を始めた。
「だったらどうだってんだよ、しゃしゃり出てきてんじゃねぇぞイノシシ女」
「もういいよぉ〜プテンちゃん」
「ピクルスさんは黙っててください!頭のあんたが舐められたら、うちの班みんな舐められちまうんだ」
朝に荒くれ者が集まると、そりゃ喧嘩も起きる。
喧嘩ぐらい誰もとやかく言わないけど、冒険者と一般人となると色々問題が出てくるんだよな。
力が違いすぎて洒落にならないのだ。
「歯ぁ食いしばれや!」
体重のある猪人族のプテンの張り手が蛇人族の男の頬に思いっきり決まり、彼は膝を折ってへたり込んでしまった。
「あっ……歯がっ……ひっ……いでぇ……」
「今度ピクルスさんの顔見たら、俯いて歩けよ!三下!」
まぁ、まだ
問題は……
「プテンちゃん、駄目だって言ったッペ」
次の瞬間、カウンターの前をがっしりした体格のプテンが錐揉みをして飛んでいき、拠点の前の道を何回転も転がって止まった。
起き上がってこないけど、たぶん死んじゃいないだろう。
ピクルスの張り手一発で、本職の冒険者すらこのザマだ。
さっきの男も、青ざめた顔をしてピクルスの方を見ている。
修羅場を潜り続けた冒険者の膂力って半端ないもんね。
最近拠点の奥でこっそりやってる穴掘りでも主力になるのは冒険者達だ。
もう一般奴隷とは効率が違いすぎて笑えてくる。
やっぱ普段から鎧着て、重たい槍振ってる人達は違うわ。
朝の混雑もようやく終わり、働きに行くみんなを送り出したらようやく少し休憩だ。
隣にあるうちが経営する喫茶店でお高い珈琲を買って、本なんかを読んで過ごす。
喫茶店の珈琲は社割を使っても『こんな贅沢してもいいのかな』って思ってしまうぐらいに高いが、どうしてもやめられない。
実は珈琲に限ると利益率が低いのも知っているので、お得な気がして余計に飲んでしまう……
仕方がない、この珈琲が美味しいのが悪いんだ。
昼食を食べたら、他の皆は工事開始だ。
休みだけど駄賃目当てで働きたいって奴らが2、3人穴に降りていって、掘って土を出しての繰り返しだ。
冒険者組が帰ってきたら、これまた駄賃を稼ぎたいやつが続きをやることになっている。
それとなぜかわからないが、ケンタウロスのピクルスがめちゃくちゃ横穴を掘るのが早いんだよな、なんでだろ?
私は今朝入ってきたお金を使って中間管理職候補を教育しながら、工事の進展を見守る。
町の地下をダンジョンまで掘り抜くなんて、町の自治会にバレたらぶっちゃけ大変だ、気をつけないとな……
「今日最初の曲は歌劇『裸族の女』より『服を脱ごう』」
「いくよ。チッ、チッ、チッ、チッ」
音楽隊の声がして、喫茶店の方から拠点の中に、軽快なリズムと低い歌声、コードを刻む弦楽器と明るいラッパの音が広がる。
工事の音は建物の中にいてもほとんど聞こえないけど、土を引き上げる滑車なんかもあるので有志が喫茶店の方で音楽を演奏してごまかしているんだ。
突然ご主人様が楽器を買ってきて『かっふぇにはびぃじぃえむが必要だ』って言い出したときは面食らったけど、それもこうして役立っているからいいんだろう。
楽器は経験のある人が講師になって教えて、曲は酒場で覚えてきたやつとか、劇場の裏路地なんかで必死に聴いて覚えてきた曲なんかを簡単にして演奏してる。
新しい曲が増えるとお客さんも喜ぶし、仲間も喜ぶからか、最近はみんなして競い合うように新曲を求めてるんだよね。
でも何気にうちの一家で音楽に一番詳しいのは、愛玩奴隷のシーリィじゃなくてご主人様。
なんてったってあの人は、近所じゃ有名な芝居狂いだからなぁ。
御学友なんかと一緒の時は芝居の一節をサラッと諳んじたりもするらしいし、歌劇の歌なんかも覚えてて当然か。
夕方になると仕事先や遊びに行った先から、ぱらぱらと奴隷達が帰ってくる。
仕事組はだいたいみんな問題なしで割符をもらってくるが、たまに向いてない仕事を任されて俯いて帰ってくる子もいるんだ。
そういう時は管理職候補の子や私がお金を返しに行くことになっている。
たいていの人はちゃんと謝ったら許してくれる。
この都市の人達がいい人ばかりだからかな?
それとも、槍引っさげた冒険者を護衛に連れてくからかな?
まぁどっちでもいいか。
みんなにお駄賃を渡したりして点呼が終われば、晩ご飯を食べて自由時間だ。
喫茶店の営業は日が落ちるまでだから、喫茶店の楽器で練習する子もいるし、文字が読める人に本を読んでもらう子もいる。
私は早起きだから、早めに就寝。
おやすみなさい、また明日……
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