第18話 キラキラの 若者達が 店の外
突如町に現れたオシャレ喫茶の話です
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何ヶ月か前に珍しい友達ができた。
名前はエラフ、兎人族の奴隷の子だ。
奴隷って言っても普通の奴隷じゃない。
『慈愛』の二つ名で有名な魔法使いの奴隷で、毎日外で仕事をして稼いでる。
うちの近所の工事現場で誘導の仕事をしてて、たまたま仲良くなったんだ。
奴隷なのに何日かに一回お休みがもらえるらしくて、よく私の家がやってる雑貨屋まで顔を出してくれるようになった。
平民の私より沢山お小遣いをもらってて、やっぱり魔法使いの家ともなると奴隷の扱いも格別なんだなと感心したり。
そんな友達のエラフが
ぜひぜひ来てくれと言われたので、行ってみることにした。
「なんじゃこりゃ……」
普通の民家と元工場の間に、その喫茶店はあった。
塗装を緑と白で統一されたその店は、もう見たこともないぐらいオシャレで、なぜか入口側の壁がなくて店の中が丸見えになっている。
店の屋根の先から大通りまでの小さなスペースは地面から浮かした木の床になっていて、そこには大きな日傘とテーブルと椅子が置かれていた。
そしてもう、その席に座ってるお姉様方が……
もう、キラキラというか、ギラギラというか……
目抜き通りの服屋の展示品そのままというか……
とにかく気合の入りまくった服装で……
艶やかな黒髪の向こうから通りに物憂げな視線を投げかけたり、役者みたいに格好いい殿方との逢瀬を楽しんでたりと、とにかくきらびやかな空気。
町のお洒落な奴、全員集合だ。
さすがにその空間には踏み込んで行けずにまごまごしていると、不意に声をかけられた。
「お客様?」
「あっ、いえ、違うんです、帰ります」
「だめだめ、お茶の一杯でも飲んでってよ」
「えっ?あ、なんだ、エラフかぁ……」
見慣れた友達の顔を見て、安心して力が抜けてしまった私は、あれよあれよという間に店の中へと引きずり込まれてしまった。
店の中は、外の席と違って割と落ち着いた感じで、老夫婦や親子連れなんかも普通にいた。
これなら私も浮かなくて済みそうだと、胸を撫で下ろす。
「だめじゃない、強引な客引きなんかして」
「違う違う、友達なの」
「そうなの?」
エラフの同僚らしい、眩い銀髪をおかっぱに整えたお姫様みたいな美少女が、私の顔を覗き込んでそう聞いた。
こくこくと頷き返すが、眩しすぎて目の焦点が合わない。
というかエラフ、あなたってそんなに愛らしかったかしら?
久々にあった友人は、前に会った時とは別人みたいに磨かれていた。
足先から頭まで、貴族様の付き人みたいにピカピカな濃紺の侍女服に包まれていて、爪なんか
あんなに不満そうにしていたピンピン跳ねる栗色の巻毛も、銀の髪留めで整えられた今はなんだかゴージャスに見える。
裏切りだ!
一人だけ大人っぽくなって!
謝罪と甘味を要求する!
「何怒ってんのよ、変な子ねぇ」
「ふん、どうせあたしは地味なそばかす女よ」
「人気のメニュー、ごちそうしてあげようか?」
「いらない」
「冷たくって甘い珈琲に、甘くて白いフワフワを乗せた飲み物もあるけど」
言いながら、エラフがカウンターを指差す。
そこでは調理担当らしき侍女が透明なグラスに入れた茶色い珈琲に、なにやらふわっふわの白いものを乗せていた。
あれ、なんだろう。
外のお嬢様方も飲んでたやつだ。
「うん、あれ飲んでみたい」
「いいよ」
エラフはカウンターに歩いていくと、魔法みたいに長い料理名をスラスラと店員に伝えている。
なんか、凄いところに来ちゃったなぁ……
隣の席では鎧の上を脱いだだけっぽい冒険者のお姉さんが、グラス一杯の白いものにイチゴが沢山乗ったのをぱくついている。
強面なのに、とろけるように幸せそうな表情だ。
窓際の席ではご老人の夫婦が赤いソースと白いソースの
たしかペペロンチーノもシェンカー家発祥なんだよね、最近はトマトのソースのやつとか、ミルクを使ったやつとか、色んな
うちのお父さんなんかは油とニンニクのシンプルなペペロンチーノが大好きなんだけど、夜に屋台が通るたびに飛び出ていくのはやめてほしいな。
そうして周りを見回していると、さっきの銀髪の店員さんと目があった。
ぺこりと会釈をすると、彼女は微笑みながら近寄ってくる。
「エラフの友達なのよね」
「はい、実家が雑貨屋で」
「じゃああの子が前に言ってた東町の金物屋の近くのとこ?」
「ああ、そうですそうです」
「あの子と仲良くしてあげてね」
「え、ええ、もちろん……」
話しながらも、店員さんの衣装に目が釘付けだ。
買ったら金貨何枚になるんだろう。
手が込んでいないところがない、凄い服だ。
「ん?この服?」
言いながらお姉さんはクルッと一周回った。
サラサラの銀髪が光を反射してめちゃくちゃ綺麗だ。
隣の冒険者のお姉さんもぼーっと見てる。
「ご主人様がお金を出してくれたんだけど、この服が着たいって子が多くてね。この店の店員は仲間内でも羨望の的なのよ」
「でしょうねぇ……」
「お客様からも時々聞かれるの。『この店は店員を募集してないのか?』ってね」
「「でしょうねぇ……」」
隣の席のお姉さんと声が重なった。
町長さんの娘さんの婚礼の衣装だって、たぶんあんなにお金かかってなかったよ。
「おまたせ」
そこにエラフが飲み物と料理を持ってやってきた。
さっきの白いフワフワの飲み物と、薄くて小さなパンを3段重ねにしたやつだ。
パンの方には赤いソースがたっぷりかけられて、その上からさらにフワフワが乗せられている。
「うちの店で人気のメニューなの、食べてみて」
「うん」
さっそく珈琲を一口飲んでみると、爽やかな冷たさと共に、ほのかな甘さと複雑な苦味が口に広がった。
おいしい。
「さじでちょっとかき混ぜてみて」
言われるがままにさじで混ぜると、白いフワフワはあっという間に珈琲に溶けていく。
飲んでみる。
なんともまろやかになった珈琲が、そこにあった。
おいしい、おいしすぎる。
甘いはずなのに後味スッキリで、まだ食べ物もあるのに油断したらすぐに飲み干してしまいそうだ。
こんな飲み物が世の中にあったのか……
でも、同時に疑問も湧いてきた。
「なんで最初から混ぜて出さないの?」
「その方が
なるほど、たしかに白いフワフワと茶色い珈琲が混ざっていなかった頃は、人目を引くほど綺麗だった。
混ざった今はただのおいしい茶色だ。
「外のお客さんは混ぜずに飲むよ、その方がかっこいいんだって」
「あぁ……そういう……」
オシャレとは、我慢と努力が見せる一瞬の煌めきなのね。
複雑な気持ちを抱きながらも、私は薄くて小さいパンにナイフを入れた。
フォークで持ち上げて、パクリ。
口の中に、しあわせが広がった。
パン自体の甘さに、白フワの甘さが合わさって、それを赤いいちごのソースが引き締める。
めちゃくちゃ美味しい。
100枚食べたい。
気がつくとあっという間に皿とグラスは空になっていて、私の目の前には水が用意されていた。
「どうだった?」
「最高……また来たい……」
「でしょ、この仕事場を自慢したかったんだぁ」
悪びれず言うエラフだが、こんな職場ならそれも仕方がないと思う。
逆の立場なら私だって友人知人を呼びまくりだっただろう。
周りを見渡すと、さっきまでちらほらとあった空席は全部なくなっていた。
流行ってるんだなぁ。
「じゃあ私そろそろ帰るね、お会計お願い」
「今日は奢りでいいよ」
「そういうわけにはいかないわよ、いくら?」
えっとね……とエラフが耳打ちしてきたのは、私の月のお小遣いと同じぐらいの額で……
結局『社割が効くから』という彼女の言葉に甘えて、私は店を出てきてしまった。
奴隷の友達に奢られるって……なかなかないわよね。
外の席には、さっきのイケてる人達はもういなかった。
しかしどこから湧いてきたのか、さっきと変わらぬきらびやかさのオシャレな若者達が、白フワ珈琲を混ぜずに飲んで青春を謳歌している。
私はそこから目を背け、一人拳を握りしめて、家への道を歩き出した。
次は私も……
私もやってやるぞ!
お金貯めて!
オシャレして!
外の席でエラフと白フワ珈琲を飲んでやるんだ!
かっこよく!ね。
でも、白フワをかき混ぜるのは許してほしい……かな。
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