第14話 落語とは 相性悪い パスタかな

シェンカー家の前を、普段とは比べ物にならないぐらい多くの人が行き交っている。


今日は太陽の神への感謝を伝える感謝祭だ。


秋にやる月の神へと感謝を伝える収穫祭とは対になる、古くからある祭りだ。


私の主であるサワディ様はご実家の前で出し物と屋台をやることになさって、その準備にここしばらく忙しくしていた。


まず屋台を使った芝居を見せ、その休憩に屋台で物を売るという無駄のない構成。


ご主人様もさすがは商家の出、考えることがいちいち理屈・・だ。


愛玩奴隷としての教育しか受けていない私では理解できないところも多いけど、あのご主人様のなさることに間違いなどないに違いない。


サワディ様自身は学校の学園祭に行くとの事で、私達だけでやることになっているので練習もみっちりやった。


おかげで近頃ヘトヘトだ、ペペロンチーノを作るのは天下一上手になったと思うけど。




「これなんだい?」


「これは小麦で作った麺って料理ですよ、ペペロンチーノっていうんです」


「へぇ〜お嬢ちゃん可愛いから、ひとつ、も、貰おうかな?」




だらしのない顔をした人族のおじさんに、木皿に盛ったペペロンチーノと木のフォークを渡し、粒銅貨9枚を受け取る。


高いなぁと思うんだが、今日が祭りだからか、料理の匂いが抜群だからか、見たことのない料理だからか知らないが、結構売れる。


私の容姿や調理の腕も、少しは影響しているんだろうけど。




「む、時間である!」


「よっ!待ってました!」




槍を片手にずっと時計の針を見つめていたメンチさんが声を上げると、周りの見物客から歓声が上がった。


メンチさんは最近ご主人様から貰った銀の懐中時計を大事にしてて、周りの誰にも触らせずにいる。


あんなお高いものを奴隷に与えるなんて、ご主人様も豪気というか考えなしというか、やっぱりまだまだ子供なのかな?




「シーリィ、やるぞ」


「わかりました~」




今日の私達の仕事は2つある、屋台でペペロンチーノを売ることと、屋台を使ってご主人様の考えた芝居をやることだ。


詩を諳んじる事のできる、頭のいいハントでも芝居なんか書けないって言ってたから、やっぱり魔法使いになるような人の頭は出来が違うんだなぁ。




「えー、お静かに願います。これから奉納芝居を始めますので、お静かになさってください。ただいまより料理のご購入はできませんのでご理解をお願い致します」


「あの姉ちゃん何言ってんだ?」


「黙ってろって言ってんだよ」


「なぁんだそうか」


「……ごほん、これから始まりますは夜にペペロンチーノを売る2つの屋台と、2人のお客のお話です。お題目は『時ペペロンチーノ』でございます」


「いよっ!」


「頑張って!」


「ロースの姉御!応援してますぜ!」




ハントが案内をすると、もう観客が湧いてる。


さっき芝居をやった時にもいた人もいるし、緊張するなぁ。


通りに向けていた屋台を横向きにし、椅子を持ってきたメンチさんが私の前に座り、芝居が始まった。




「おう、ペペロンチーノ屋さん、1皿もらおうか」


「いらっしゃい、すぐご用意しますんで」


「うーん、どうにも寒いじゃないか」


「どうもここのところ、たいそうな冷え込みで」


「鱗人族にはこたえるな、動けなくなったらたまらんぞ」


「へぇ、おっしゃるとおりで」


「どうだ、商売の方は?あまりぱっとしないか?まぁそのうちいい事もある、あきない・・・・って言うぐらいなんだ、飽きずにやることだぞ」


「ありがとうございます、こりゃうまいことをおっしゃる」


「おう、あの看板、的に矢が当たっているが、なんと読むんだ?」




メンチさんが屋台のはしにかけられた布の看板を指差す。




あたり・・・屋と申します、へぇ」


「あたり屋たぁ縁起がいいじゃないか、私は博打もやるんだ、贔屓にさせてもらうよ」


「へぇ、ありがとうございます」




さっき作っておいたペペロンチーノを、ご主人様にお借りした絵付き皿に盛って出す。




「お、もうできたのか。トルキイバ者は気が短いからこりゃ嬉しいな」


「ありがとうございます、へぇ」


「いい皿を使っているな、料理は器で食うというぐらいだから、こりゃあ嬉しい」


「どうも、へへ」




メンチさんはペペロンチーノをズズッと威勢のいい音で啜る。


この音が出なくて何度もむせながら練習していたなぁ。




「うん、汁に胡椒を振っているのか、こりゃあ贅沢でいいな」


「ほんの隠し味で」




ほんとは振ってないけど。




「こりゃ燻製肉を厚く切ってくれたなぁ、いいのか?」




メンチさんはサワディ様に使い方を教わったというハシ・・で、燻製肉の細切りをちょいと摘んで見せる。




「そこはこだわりでして」


「嬉しいじゃないか、当たり屋さんよ。それじゃあ私がこれから博打に行くときは、一杯寄らせてもらうって事にしようじゃないか」


「ありがとうございます」


「代金だがな、小銭しかないから手だしておくれ」


「へぇ」




私が手を出すと、メンチさんの鱗が生えかけの左手がぬぅっと出てきた。


メンチさんはひとつづつ数を数えながら私の手に銅粒を落とす。




「ひぃ、ふぅ、みぃ、よぉ、いつ、むぅ、今何時なんどきだい?」


「へぇ、ななつで」


「はち、きゅうっと、ごちそうさん」


「ありがとうございましたー」




ふぅー、なんとか失敗せずに演技ができた。


ハントが再び前に出てきて、シェンカー家の門の影から出てきたロースさんを紹介する。




「ここに登場しますのが、このやり取りをずうっと物陰から窺っておりましたこの女」




赤毛の魚人族のロースさんはのしのしとやってきて、ちょっと猫背気味に腕を組み、よく通る声で喋りだした。




「へっ、なんだあのトカゲ女。


たかがペペロンチーノ一杯に、やけにたいそうにくっちゃべっていきやがって。


どうにも寒いねだと。


春だって夜は寒くって当たり前じゃねぇか、子供でも知ってらぁ。


それと、的に矢が当たって嬉しいなんて言いやがったな。


的に矢が当たって嬉しいなんてのは冒険者ぐらいのもんだろうよ。


それからなんだ?


出てくるのが早いなんて言ってやがったな。


余計なお世話だバカヤローってなもんだ。


それから、器がいい?


質屋の目利きかってんだ、気取りやがって。


そんで、隠し味に胡椒?


入ってるわけねぇだろ、ありゃバカなおめぇに対する愛想・・だよ、愛想・・


あとなんだ、燻製肉が厚いって?


あんな小さなもん薄くったって厚くったってわかりゃしねぇよバカバカしい。


…………はぁ。


あたしもよく覚えたねぇ」




観客からドッと笑いが起きた。




「そんで最後がちょっとおかしかったねぇ、小銭だから手ぇ出してくれっつって……いちにぃさんしぃいつむぅなんて所で時を聞くんだから。


数え間違ったらどうすんだ。


えぇ?


いち、にぃ、さん、しぃ、いつ、むぅ、今何時でぇ?


へぇ、ななつ。


はち、きゅう……あれ?


…………いや大丈夫なのか。


いやいやおかしい!


いち、にぃ、さん、しぃ、いつ、むぅ、今何時?


へっ、ななつ。


はち、きゅう……


へっ……へへっ……


間違いねぇ、銅粒1個ちょろまかしやがったんだ。」




そこでロースはポンと手を打つ。




「はぁ〜面白いこと考えるやつもいるもんだな。


そうかそうか、それであんなに褒めてやがったんだな。


……あたしもやってみよ」




ここでハントが前に出てきて口上を言ってる間に、あたしは店の看板を取り替えてケンタウロスのピクルスちゃんと交代だ。




「さぁこの女!よほど楽しみにしていたのか、次の日わざわざ細かい金を作りましてまだ夜も更けきらぬうちから出かけていきました」




その口上でロースさんがピクルスちゃんの屋台にやって来る。




「おい、一杯くんな」


「へい」


「今日はやけに冷えるじゃねぇか、なぁ」


「そうかぁ?風がねば暑いぐらいだけんども」




面食らったロースさんは襟首を掴みながら周りをキョロキョロ見回す。


観客からはクスクス笑いが起きている。




「あ、いや、あたし風邪引いてんだ」


「そりゃあ難儀だっぺなぁ」


「どうだい?商売の方は」


「お陰様でぇ、うまいこといっとるんよ」




また面食らったロースさんは、そっぽを向いて苦々しげな顔をする。


観客席からはさっきより大きな笑いが起きた。




「そうか、そいつは良かった、でもな、浮かれちゃいけねぇぜ、なんせ……」


「あきないって言うもんなぁ」




ロースさんは椅子から転げ落ちてしまった。


観客達は大笑いして口笛なんかを吹き鳴らしている。




「なんだよ……知ってたの……それよりもあれ、あの看板矢が的に当たって……ないね」


「お客さん、うちは魔法使い様の考えた料理でやっとるでぇ、魔法使い様のになりそうな看板は縁起が悪いですよ」


「おっ、そうだな、『消し炭』にされちゃたまらねぇ」




ロースさんがそう言ってメンチさんの方を見ると、お客さん達からは大笑いと拍手喝采が起きた。


メンチさんは火竜に焼かれて消し炭になった後にうちのご主人様に助けられたっていう人で、冒険者の間では『消し炭』のメンチって呼ばれてるみたい。


うちの冒険者組ってここらじゃほんとに有名で、町の人の結婚式とか宴席とかに普通に客として招待されたりするんだよね、奴隷なのに。




「そうそう、こうやってバカっ話してるしてる間にスッと出てくるのがペペロンチーノのいいところ……」


「…………」


「…………」


「…………」


「……って遅いな!いくらなんでも遅くねぇか?ペペロンチーノってのはもっとこう、ざっと作ってスッと出てガッと食うもんだろうが」


「こだわってますんでぇ……はいお待ち!できましたよぉ」


「おっ!これこれ!おめぇんとこ、出るのは遅いが器がなかなか……ってこりゃなんだい?」


「爆裂モロコシの葉っぱなんだども……使い捨てで……」


「まぁ、器で味が変わるわけじゃねぇしな……


おっ、おおっ?こりゃ……麺が……モタっとしてて……くにゃっとしてて……


お前さん、シェンカー商会の乾麺使ってないだろ!?」


「ありゃあちょいと高くて……うちは家で作ったのを切って出してんだっぺ」


「だからあんなに時間かかったのか!?


だめだめ、やっぱシェンカー商会の乾麺じゃねぇと風味も食感も全然出てねぇや今シェンカー商会にトルキイバ小麦100%の特製乾麺を買いにけばペペロンチーノや他の麺料理の作り方も教えてくれるって言うじゃねぇか!こりゃ行くしかない!買うしかないぜ!シェンカーの麺で作ったアツアツな麺料理なら浮気な旦那も家から出ていかねぇでうっとおしく感じちまうこと間違いなし!今ならそこのシェンカー商会で5食分が銅貨1枚!急な来客にも最適なお手軽お菓子の作り方も教えてくれるって言うからお買い得間違いなしだぜ!」


「「「おおおーっ!!」」」




一呼吸でそう言い切ったロースさんに、周りの観客から万雷の拍手が送られた。




「はぁ……はぁ……水……」


「あいよっ」




ピクルスさんから受け取った水を飲み干したロースさんは、改めて芝居を再開した。




「しかしおめぇ、麺はともかく燻製肉が入ってないじゃないの。あれがなきゃペペロンチーノはかたなし・・・・だぜ」


「お客さん、イチャモンつけちゃこまるよぅ、ちゃあんと入ってっぺ」


「どこだ?ん?これか!ああ、これ葉っぱの模様じゃなかったのか!


薄く切ったなぁ、芸術だなこりゃ」


「照れるよ」




お客さん達から『ピクルスちゃーん』と声が上がっている。




「いや褒めちゃねぇよ、うーん、もうおあいそしてくんな」


「へぇ、9ディルで」


「今細かいのしかないから手ぇ出してくんな」


「へい」


「いくぜ、ひぃ、ふぅ、みぃ、よぉ、いつ、むぅ、今何時なんどきでぇ?」


「へぇ、よっつ」


「いつ、むぅ、なな、やぁ……」




そのオチで、観客達から今回一番の笑いと拍手が起こり、私達はピクルスちゃんとロースさんの周りに並んでお客さんに向けて礼をした。


するともう一度大きな拍手が起こり、私と交代で調理についたハントの元にペペロンチーノを求めるお客さんの列が出来上がる。


オチがわからなかったお客さんには、他のお客さんが教えてあげてる。


朝からずっとここにいる人もいるなぁ。


楽しいけど、一時間に一回やるのは正直骨です……

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