全知を求める簒奪の求道者 其の一
遠目に見ても大きいとしか言いようの無い極大の光壁と突如戦争に轟いた轟音。【愚者】を討伐して勢い付いたα班の俺達は回復もそこそこに大神さんのいる主戦場へとなだれ込んだ。そして目にしたのは想像を絶する光景だった。
「鈴木さん、か。どうやら【愚者】は無事に討伐出来た見たいだね。よかった」
「おいおい伊武! 一体どうなってんだよこりゃ」
遥か向こうに悠然と立つラブマシーン。その眼前から直線状に抉れた地面がある地点を境に放射状に無事な状態で存在している。そしてその放射状の地面の頂点にこちらに背を向けて一人の男が立っている。十二神将が一人ゲテモノ勇者の伊武九郎だった。伊武の後ろには本隊のメンバーと思しき冒険者達が立ちつくしており、その中には大神さんも居た。
「大神さん! これは何だ? 一体ここで何があった!」
「鈴木か。……悠長に説明している暇は余り無い。先ずはアレの警戒が先だ」
「あれ?」
「ラブマシーンの背中に浮かぶ黒鍵が見えるか?」
「ああ」
ラブマシーンの背には円環に通された八本の巨大な黒い鍵がまるで光輪の様に浮かんでいる。そしてその内の何本かは灰色に染まっており、何と言うかもう使えないと言う印象が高い。すると、突如としてその内の一本が黒い球体へと変化し、ラブマシーンの周りを浮遊する。
「来るぞ! 避けろ!」
「は?」
刹那、咄嗟に発動した瞬刻思考の極限の世界で俺は見た。
「っ! 『
超速移動で躱す。だが、これに反応出来たのは俺を除いて大神さんみたいな強力な加護持ちや雑賀さんなんかの十二神将、あとは【
“ドォオオオオオオオン!! ”
大砲が当たったらこんな感じなのだろうかと言いたくなるような轟音と衝撃を受けて集まっていたα班のメンバーが十人以上即死した。
「なんだ、今のは……」
「点Pだ」
「は?」
「アレの名前は『動く点P』だ。全くふざけるのも大概にして欲しい物だな」
点P。それは俺もよく知っている物だ。数学や物理の問題で直線状を等速に動く物体。それが何でこんな所で出てくるんだよ。
「アレの『動く点P』の効果は単純だ。前後を一切無視して
「は?」
当然のことだが物体は動き始めるのに初速度と言うものがある。それまでの連続性を無視して唐突に速度を得るという事は出来ない。だが、あの黒球『動く点P』はそれが出来ると言う。
「救いなのは向きを変える度に速度を零にする所だな。初速が最高速な所為で近距離では見てから躱すのは不可能だがそれなりに距離を置いて防御を固めれば耐えられなくはない。……先程その要であった佐藤と間藤がやられてしまったがな」
そう言った大神さんの表情は意外にも暗くない。何故かと聞けば俺がその原因らしい。
「相対者の速度の概念をほぼ無視出来るお前が相手なら余裕だろう」
確かに俺の瞬刻思考と『
「わかった。あの球の対処は任せてくれ。今のうちに大神さんたちは回復を」
「すまんな」
「気にすんな」
さて、件の球はと言うと戦場を縦横無尽に飛び回って大暴れしていた。
「確かに対処しようと思えば簡単だな」
相手は直線運動しか出来ない。加えて過剰な速度による問題には耐えらえない。ならば後は簡単だ。
瞬刻思考発動。視界の中に正確に『動く点P』を収める。チギリを居合の要領で構え、タイミングを計る。直線状に誰も居なくて一歩で詰められる距離、……今!
「『
“パァン! ”と良い音を立てて『動く点P』を真っ二つに切り裂いた。
「流石だ鈴木」
「どうも」
真っ二つに割れた『動く点P』は点と言う定義を失ったのか灰色に染まってラブマシーンの背に浮かぶ鍵束に戻り、灰色の鍵となった。現在ラブマシーンの背の黒鍵は八つの内三つが灰色に染まっている。残る鍵は五つだが、その全てが『動く点P』何てことはあり得ないだろう。鍵とは即ち開く物。それが意味なくあんな形を取る訳がない。確実にこれ以上の何かがある。
『見事ダ』
声が響いた。これは【愚者】の時とよく似ている。ならばこれが
「お前がラブマシーンか」
『如何ニモ』
合成音声の様な何処か歪で不自然な声は自然とラブマシーンに合っていると感じた。
『此処ハ我ト【覇王】ガ雌雄ヲ決スル場。何故現レタ、英雄』
「
『ソンナ理由デ貴様ラハ動カン』
「……何だと?」
『英雄トハ究極的ナ自己中心主義者ダ。己デ世界ガ完結シタ単一ノ個。己ガ主義ニ沿ワナケレバ如何ナル事態デモ動カナイ。ソウ言ウ存在ダ』
「……」
『故ニ問ウ。何故オ前ハ此処ニイル。如何ナル主義ヲ以テオ前ハ此処ニ立ツ?』
「俺は……」
そうだ。俺は国家認定冒険者と呼ばれてはいるがこの戦いに参加する義務はない。逃げようと思えば幾らでも逃げられる。速度を超越した俺を捕まえられる人間なんて何処にも居ない。ならば何故俺は今ここにいる? ……決まっている。
「現実は何処まで行ってもくそったれで、碌でも無い事に満ち溢れていて、眼を逸らしたくなる様な事がいっぱいある。でも俺はこの世界が好きだ。無限の多様性と変化と超展開に満ちた極彩色の混沌とした世界が大好きだ」
俺の固有属性は《虚》。それは暗に俺が何処まで行っても空虚な人間だと言っているのだろう。空っぽで、曖昧で、生きてる事ですら現実感が乏しいんだ。でも、だからこそ俺はそこに彩りを与えてくれるこの世界が好きだ。
「不変性も、保証も何もなく不確定な未来が延々と続くこの世界をもっと眺めて居たい。だから俺は此処に居る」
『……ソウカ』
ラブマシーンが今何を考えているのかはまるで分らない。だが、俺には何かを噛みしめる様に、深く刻みつけている様に感じた。
『ソレガオ前ガ此処ニイル理由カ。世界ヲ見ル為ニ偉業ヲ為ス。自分ノ為ニ世界ヲ護ルトハ何タル傲慢。ダガ、ソレデコソ【英雄】ダ』
ラブマシーンが不敵に嗤った。
『ナラバ簒奪ノ名ノ下ニオ前ノ視ルベキ未来ヲ奪イ去ッテクレヨウ!』
「やってみろやガラクタ風情が!」
お互いに言いたいことは言い切った。この間に大神さん達とα班は回復を済ませた。ラブマシーンも同時に背に浮かぶ黒鍵の内、まだ使える黒いままの黒鍵を二本取り出すと、それぞれをまるで剣でも握る様に構えた。
「気を付けろ鈴木」
「大神さん」
「先程我々が壊滅した一撃、それはあの黒鍵が変化して生み出された物だった。まさかあんな物を再現するとはな」
「あんな物?」
「星の息吹を束ねた聖剣。まったく、早く気付くべきだったな。あいつの能力は至極単純。創作の具象化だったって話だ」
「は?」
ちょっと待て、創作の具象化で星の息吹を束ねた聖剣それってまさか。
ラブマシーンが構えた二本の黒鍵に向けてその能力を行使した。その結果は劇的、二つの黒鍵は二振りの聖剣に、その輝きはまごうこと無き神秘の具現。それは世界で最も有名な聖剣であり、多くの逸話や派生を持つ。そしてそれに付加された創作と言う名の空想の力。そしてそれはそこでは終わらない。
ラブマシーンが取った構えもその作品を知る物には一目了前。とある作品に於いて上層フロアボスのHPを一度に五割以上消し飛ばした16連撃。これら二つを束ねるその言葉は。
『『
聖剣の輝きが集約され静かにその力を増していく。そしてそれを放つのは超速の連撃。
『デハサラバダ。【覇王】ト【英雄】ヨ』
ラブマシーンが二振りの聖剣を振り抜いて……
『『
極光の16連撃が解き放たれた。
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