逸話能力


「さて、早速儀式の準備に取り掛かりたい所だが先ずはつゆ払いが先決の様だな」


そう言って一歩前に進みでるのは【異界将】大神照義。


「そういや大神さんって戦えるのか?」


そこに疑問を呈したのは鈴木であった。

だがそれも無理はない。普段大神が彼ら国家認定冒険者達と顔を合わせる時はいつも軽装をしており、今現在の様な戦装束をしているのを見るのはこれが初めてだからである。


「俺を甘く見るなよ、鈴木」


そう答える大神の姿は何というか“和風?”であった。


武者鎧と軽鎧を混ぜた様な物を身に付け、背には身長の3分の2程もある巨大な巻物を背負い、腰には木炭を直接加工した様な真っ黒な鞘に入った刀を携えている。

和風…それも戦国時代と現代とをごちゃ混ぜにした様な不思議な装備の数々に亮一郎は疑問の声を上げた。


「ふむ、折角だ。腕が鈍っていないかの確認も込めて少し動くとするか」


そう言うと大神は背負っていた巻物を掴み真上に放り投げた。

本来ならばそのまま重力に従い落ちてくるはずの巻物は空中で静止したかと思うとゆっくりと紐が解かれ開かれていく。


「来い、【魔神煙管】」


開かれた巻物はどうやら絵巻物であったようでいくつもの道具の絵が描かれている。それがゆっくりと巻かれて煙管の描かれたページにたどり着いたその時、筆で書かれた白黒の絵が突如として色を持ち、更には実体化して大神の手に収まる。

それは身の丈程もある巨大な煙管。大神が咥えると何もせずとも自然と火が付き煙を上げる。


「やって来い来い【煙々羅】」


その言葉をきっかけとして煙管の撒き散らす煙が突如として実態を持つ様に唸り人型を取った。


「けーっけっけ。おうあるじ様よぉ?今回の敵はどいつだぁ?」


煙の人型は完全に姿が固まると何とも悪人面をぶら下げて喋りだす。


「今回の敵はあいつらだ」


大神は真っ直ぐとラブマシーンの召喚した偽物を指差す。


「おおーっ!人間、人間じゃねぇか!もう取り消しは無しだぞあるじ様!」


「ああ、存分に食い荒らせ」


「いやっほい!」


煙の人型…【煙々羅】はその言葉を聞くや否や一目散に偽物達目掛けて突撃して行った。


「今のは…?」


「マジックアイテム【無銘百鬼夜行絵巻】に封じられた妖怪【煙管魔神 煙々羅】だ。」


「妖怪だと?」


「政府秘匿のとあるダンジョンにのみ発生するユニークモンスターだ。この【無銘百鬼夜行絵巻】には倒した妖怪を封印及び使役する能力がある」


「んなこと言っちまって良いのか?」


「構わんよ。どうせ攻略済みのダンジョンだ。もう、妖怪が出現する事は無い」


「あんたが構わないなら良いんだが。…ところであんたは戦わないのか?」


「戦うに決まっているだろう?身体が鈍っていないか確認だ」


既に戦端は開かれ後方で行われている儀式の準備を守る為に各所で大規模な戦闘が発生している。先程出て来たら【煙々羅】とやらは煙で構成された身体を数倍に巨大化させ正に魔神の如き戦いぶりを見せている。


と、そこで大神が腰に携えた刀を抜き放つ。


「そういえば鈴木、お前達に俺の戦闘を見せるのは初めてだったか?」


「初めても何も俺達はあんたが【天照大神アマテラスオオミカミ】の依り代って事以外何もしらねぇよ」


「そうか。では、今後も共に戦う事はあるだろうから説明しておこう」


大神が抜き放った刀はその鞘の色に反して刀身が真っ白な刀であった。

大神は抜き放った刀を構えゆっくりと息を吸い、吐き出しながらその力を行使した。



逸話能力ミソロジー】『大神おおかみ



紡がれたのはとても短い言葉であったがその変化は劇的だ。


大神の周囲に碧色の瓢箪が幾つも出現し、大神を囲うように浮遊している。

手に持つ刀は先端から10cm程の部分まで、まるで白筆に墨を吸わせた様に黒く染まる。

変化が起きたのは何も大神の周りだけでは無い。

大神の額に真っ赤な円が浮かび上がる。更に次々と紅い文様が大神の顔から腕にかけて広がって行き、さながらそれは隈取りの様であった。燃え盛る炎の如き隈取りが大神の手の甲まで発生すると、それだけで大神から感じる圧が数倍も膨れ上がった。


「なあ、おい。俺はそれに見覚えがある気がするんだが幾ら何でも気のせいだよな?」


亮一郎は思う。【逸話能力ミソロジー】とはその神に類する逸話から昇華された能力のことだ。大抵は神話の有名な話から発生する物である。だからこそ目の前のコレはない。


「鈴木、お前も薄々感づいている筈だ。神々の力の強さはその知名度や信仰量に比例する。ましてやそれが【大神】と呼ばれる程にまで有名な神で有ればどれだけ時が経とうとその神に対する逸話は生まれ続ける」


「…そうだな」


「ならばその逸話群からコレが選ばれてもなんの不思議も無いだろう?」


「まあ、俺もそれに近い【逸話能力ミソロジー】を知っているから否定しきる事は出来ないんだがよ…」


「ならば受け入れろ。コレこそが我々の仰ぐ神々だと言うことを」


「はぁ。なんでこう日本神格群はどいつもこいつもこうイカれてんのかねぇ…」


「深く考えても意味が無いぞ。それこそ奴らは何も考えていないのだからな。」


そう言うと大神は手に持つ刀を構える。


【墨刀 筆しらべ】それこそが大神の持つ《霊術》によって生成された武器。

世に溢れる奇々怪々にして多種多様な固有属性の数々を調べ上げて来た《刻》属性を持つ男をして最も稀で風変わりであると評された属性、《大和》属性によって生み出された【日本】と言う概念を内包した刀。


大神の眼前には数えるのも馬鹿らしい数の偽物達の群れ。


それを眺めながら大神は【墨刀 筆しらべ】を手に持ちゆっくりと空を真横に斬る。

すると不思議な事に刀をなぞられた場所にじんわりと滲み出る様に筆でなぞられたかの如き線が浮かび上がる。


「《一閃・参式》」



“斬”



斬れた。


大神の視界から見て宙になぞった筆と重なる様に存在したあらゆる物が切断された。たったの一撃、それだけで大神は眼前にいた百を優に超える偽物達を凡ゆる障害を無視して上半身と下半身を泣き別れさせた。防具も霊術も何もかもが無視されただ両断されたと言う結果だけが残る。


続いて描かれたのは∞の形と*の形。。


「《爆炎》《氷嵐》」


戦場に巨大な炎球が顕現し、氷柱の雨あられが降り注ぐ。


その様を見ながら亮一郎は大神の周りを浮かぶ瓢箪が技を一つ放つたびに色を失い空になっている事に気付いた。流石に発動回数に限界がある事に安堵を覚えた直後、色を失った瓢箪の一つがゆっくりと色を取り戻して行った。


「時間経過が必要とはいえこの速度で回復するのはズルだろ…」


大神の周囲に浮かぶ墨瓢箪の数はどう軽く見積もっても二十はある。そして最初に放った《一閃・参式》で消費された墨瓢箪はたったの一つ。続く《爆炎》と《氷嵐》で合わせて六つ。三つの技を発動するたびに墨瓢箪が一つ回復するくらいである。しかもこれらの攻撃の射程距離は恐らく大神の視界内全域だ。


超長距離からの一方的な超火力攻撃。しかも時間経過で幾らでも放てる。幾ら何でもこれは


「ぶっ壊れ過ぎるだろ…」


─────────────────

【TIPS】

大神照義が保有する固有属性 《大和》。元々は《和》属性という調和の性質を持つ属性であったが、【神選】によって【天照大神】に選ばれ、その加護の力を使っている内に《大和》へと変質した。

【天照大神】と【日本】の性質のどちらか又は両方の性質を持っていれば、例え物語の中の力であっても再現、行使することが出来る。

そのあまりの特異性から《魔法少女》などが分類される超固有属性と呼ばれることもある。

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