スターメロディー

彩 ともや

スターメロディー

「きーらーきーらーひーかーるー

おーそーらーのーほーしーよー」


遠くでそんな歌が聞こえてる。


「成瀬、成瀬、おーい?」

肩を揺さぶられて、自分が寝ていたことに気づいた。

「…松永…君?」

「永松な、大丈夫か??」

日焼けした健康的な肌が印象的なサッカー部の永松君。

私の、好きな人。

「うっかり寝てた。今何時?」

外はもう暗くて、道の街頭が目立っている。

オレンジ色の人工の星が、キラキラ光っていた。

「7時半。もう皆帰ったぞ。」

「永松君いるから、皆は帰ってないよ。」

「そんな屁理屈求めてねーよ。」

確かに人の気配はない。

音楽室に来る人は少ないものの、廊下からも、隣のテニスコートからも声がしない。

「ねえ、永松君。」

「何。」

「ピアノ、弾いてよ。」

「…嫌だ。」

「……まだ、ダメなの?」

「………。」

音楽室にあるグランドピアノ。

黒く光るそれは、まるで夜空のようだった。

星がない空。

空っぽの、夜空。

でも、その夜空に星が灯る時がある。

永松君が、音を奏でる時だ。

そのグランドピアノの上で、永松君の指が踊るとき、満天の星が輝く。

それを見たのは、1年前。

去年の冬。

転校してきたこの学校で、友達もいなくて、ひとりぼっちだった時、このピアノの音に魅せられた。

寂しさも、不安も、怖さも。

全部全部、吹き飛ばして、優しく包み込んでくれるような音色。

その音を奏でていたのが、永松君だった。

その時から、そのピアノの音と、それを奏でる永松君のことが好きだった。


なのに。


それから、永松君はピアノを弾かない。

音楽室に来るものの、ピアノには触れなかった。

もしかしたら、もしかしたらと、いつも放課後に音楽室に通っているのに。

永松君はピアノに触れることもしなかった。


「なら、私が弾く。」

私は座っていた席からグランドピアノの方へ向かった。

ピアノなんて、習ったことないけど…

椅子を後ろに下げて、腰を下ろす。

椅子の、きしむ音。

白黒の鍵盤が、私をじっと見つめている。

手を、添える。


きらきら星変奏曲。


永松君が、弾いてた曲。

私を、救ってくれた曲。


私は、あなたに恩返しがしたい。


「ごめん、たくさん間違えーー」

ピアノから顔を上げた私を、永松君はそっと抱き締めた。

「永ーー」

「行くな。」

永松君の口から出た言葉は、震えていた。

こんな声、聞いたことがなかった。

「…永松君?」

「病院、戻るんだって?」

「…うん。」

「どのくらい、入院すんの。」

「さぁ?だけど、すぐ退院出来るよ。」

鼓動が強く、鳴っている。

永松君にはきっと伝わってしまっているだろう。

けれど、その鼓動があなたに触れられているからだとは思っていないのでしょうね。

きっと病気のせいだと思ってくれているんでしょ?

「永松君、ピアノ、弾いてよ。」

「…嫌だ。」

「なんで?」

「……。」

永松君は答えずに、ただ、私を抱き締める腕に力を込めた。

「聞きたいんだけどな、最期に。」

しまった、と思ってももう遅かった。

1度口から出た言葉は取り消せない。

ピアノの音と、同じ。

「最後?最後ってなんだよ。」

永松君は私の肩を持って、鋭い瞳を向けた。

どこまでも真剣な目差しが、私を責めている。

「あー…ほら、この学校には戻ってこないかもだし?他の学校に行くかもーー」

再び、永松君が抱き締める。

「お前………死ぬなよ。」

震えてる。

永松君の腕、肩、声。

私はゆっくりその体に腕を回す。

「死なない。…永松君のピアノが有る限り、生きるよ。」

心臓の音。

掌に伝わる永松君の音はとても強く、速かった。

「ピアノ、聞きたい。」

「……1回、だけだから。」

私は椅子から腰をあげ、永松君に席を譲る。

ギシッときしむ音椅子。

鍵盤を見つめる永松君の顔が少し歪んで見える。


きらきら星変奏曲。


夜空に、星が灯り出した。

金色、銀色に輝く星たちがピアノの上に降り注ぐ。


やっぱり、永松君のピアノは綺麗だ。


恐怖を消し去ってくれる。

包んでくれる。

励ましてくれる。

勇気をくれる。

そんな、魔法のようなピアノ。


最後の1音まで、永松君の音は星だった。


「ありがとう。やっぱり素敵。永松君のピアノ。」

永松君は照れ臭そうに、何も言わずに下を向いた。

「ねぇ。1つ、聞いて良い?…何で今まで弾かなかったの?」

沈黙が、時間を襲う。

外で、車の走る音がした。

「…成瀬がいなくなると思った、から。」

「え?」

「夢を、見たんだ。俺がピアノを弾いて、それを成瀬が聞いてる。その後、成瀬は俺の前から消えるんだ。いなくなる。もう2度と会えないって、何故か感じる。そんな夢。」

永松君はうつむいたまま。

手を膝の上で固く結んで、動かない。

「たかが夢。そう思うだろ。でも、もしかしたら本当のことかもしれない。それが怖かった。でも…」

「でも?」

「さっきの、成瀬のピアノで怖さがなくなった。」

永松君は顔をあげ、こちらを見た。

「ありがとな。1年間。ずっと待っててくれて。…俺さ、成瀬のこと好きだよ。」

息が、詰まる。

こんなことってあるのだろうか。

こんなにも嬉しくて

こんなにも苦しいこと。

「…成瀬?」

音楽室の赤いカーペットが敷かれた床を涙が濡らした。

「ちょ、なんだよ。おい!?」

「違っ…な、んでも、ないっ。」

涙を必死に拭いながらやっとのことで声を出す。

「何でもなくないだろ。…嫌だった…とか?告白。」

低い声が耳を貫いた。

急いで首を横に振る。


そんなわけない。大好きな人。


「…嬉しい。すごく。」

「成瀬…本当に?」

頷く。

1年前からずっと、好きでした。

「でも、ごめんなさい。」

そこで、言葉を切った。

言いたくないのに言わなくちゃ。

「私、永松君のことは好きだけど、そんな風に好きじゃない。」

涙があとからあとから溢れてきて前が見えない。

泣いちゃだめなのに。

泣くな。泣くな。泣くな。泣くな。

その時、肩に手が添えられた。

温かくて、私よりも大きいそれは、とても優しい。

「泣くなって。ごめんな。そんな苦しい思いさせて。…聞いてくれてありがとう。嬉しいって言ってくれてありがとな。」

私も好きなんだよ。

本当に嬉しいんだよ。

永松君。永松君。

「ほら。元気出せって。てか、さっきのきらきら星、ひどかったぞ?テンポはバラバラ、音はすっ飛ばすし。あれじゃ何の曲だかわかんねーぞ、モーツァルトも。」

「ふふ。ひどいなぁ。それなりに上手かったでしょ。」

永松君は、ハンカチで私の涙を拭いてくれた。

柔軟剤の、いつもの永松君の匂いがして、なんだか安心する。

「ねぇ。永松君。」

「なに?」

もう、大丈夫。

告白は、出来ないけど。

あなたの想いには応えられないけど。

でも。

「私を救ってくれてありがとう。1年前、ここでピアノを弾いてくれて、ありがとう。私、あの時永松君に救われた。助けられた。その事はずっと忘れない。それと…」

精一杯の笑顔を向ける。


大好きな人。

救ってくた人。


「さっきのピアノ。弾いてくれて、ありがとう。」


もう、聞けない。

彼の音。

彼の声。

もう、見れない。

彼の星。

彼の姿。


好きです。好きです。大好きです。


だから、言いません。

永松君が悲しむことのないように。

救ってくれた恩返しは出来たかな。

あんな下手な演奏だったけれど。

少しでも、永松君の力になったかな。

もう、何も怖くないよ。

私はとても幸せなんです。


永松陽樹君。


ありがとうございました。


また、いつか。













1か月後。

成瀬 星菜の葬式が、静かにとりおこなわれた。

その日は、晴れた夜空に数多の星が輝いていた。







きーらーきーらーひーかーるーおーそーらーのーほーしーよー

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