第2話 嘘つきチーター



 心地よい朝日、心地よい小鳥の囀り、心地よい空気。


 唯一俺の心の中だけが曇っていた。


 ギフトを授ける能力、それが俺の能力。


「……」


 この狂った世界を否定する能力。


 扱いを間違えたらそれだけで破滅する。


「使ってみるか」


 使い方は夢にでて完ぺきに分かっているが、実際に試してみないと分からないものもある。


「求める色は紫」


 初めに系統をイメージ。


「咎める楔は無し」


 使うにあたっての制限を決める。


「捧げる贄はなし」


 リスクを与えるかどうかの選択。


「欲するは時間停止」


 そして能力を決める。


「我にギフトを授けたまえ」


 自分の体に新たな歯車がぴったりと組み込まれた感覚がした。


 何も違和感がない。むしろ今までなかったことに違和感がある。


「時よ止まれ」


 音が消え、色が失われる。


「本当に止まりやがった」


 本当に出来やがった。


 どこまでいけるか限界を把握するため、しばらく止めたままにしてあるが、一向に動き出す気配はない。


 5分経過し、ひょっとして自分が止まった時の中で閉じ込められたかもしれないと思い始める。


「時よ、動け」


 時計の針は動き始めた。


「まじか……」


 終わってみると何一つ問題がなかった。


 なさ過ぎた。

 

 この国には一億人の人間が存在するが、その半数は紙切れを浮かばしたり、少しだけ重い荷物を持てたりするといった能力者だ。


 それなのに時間停止なんていう激レアかつ高濃度の能力を簡単に授けることができるなんて、社会の仕組みを根本から否定した能力だ。


「それ以外には出来るのか?」


 一通りすべての系統を試してみる。


 鋼よりも固いナイフの作成、そのナイフによってつけた怪我の治療、ナイフを4つ折りにするほどの握力


 すべてがすべて出来てしまった。


「どうすんだこれ」


 そんな時、扉からコンコンコンとノックが3回鳴る。


「大兄様、失礼します」


 ゆっくりと出来るだけ不快な音を立てないように扉を開けたのは、人間扱いされていないいもうと。


「ご家族の皆様がお待ちになっておいでです」

「あ、そうか」


 俺が起きないと朝食取れないんだった。


「すぐ行く。あ、それは捨てていいものだけど、刃物だから気を付けて」


 医療は水色のギフトで賄えてしまっている。

 だからヒト科の人間じゃない人は病院に行くことが出来ない。


「かしこまりました。ご気遣いありがとうございます」


 部屋を出てそのまま食卓に向かう。


 やはり皆座っているだけで誰も食事に手を付けていない。


「おはよう。よく眠れましたか?」

「うん。眠り心地はよかったよ」


 嘘じゃない。その後に問題があっただけだ。


「それでどのようなギフトだったんですか?」


 母さんが食い気味に訪ねてくる。

 いや、母さんだけじゃない。


 父さん二人も弟妹も聞きたそうにしていた。


「言わなきゃダメ?」

「履歴書には必ず能力を書く欄が存在するのよ。初めは嫌な気持ちは分かるけど知られることにも慣れておかないと」


 ギフトがヒエラルキーになっている以上、通常自分の能力を隠すことはでいない。

 ありとあらゆることが保証された高位能力者の唯一の義務と言っていい。


 ただその上で、俺は義務を果たさない。


「分かった。ただ先に言っておくけど、やばいよ」

 

 眠い頭を総動員して一つの決断をした。


「みんなは俺の色を知っている?」

「くろって聞いた」


 弟が元気よく答えてくれる。


「黒。つまり3原色が混ざった色」


 俺の決断、それは嘘をつくこと。

 ただし全部ではない。


「これがその証」


 右手と左手でそれぞれ別の能力を使う。


「俺は赤青緑黄水紫橙桃、そういったすべての系統を一つずつ持っている」


 真実で彩った嘘をつく。


 この嘘は自分の能力を過小に表現すること。


 それでもなお、異常であることにかわりはない。


「パパ。それってすごいの?」

「あ ぁぁ」


 20歳の方の父親が涙を流しながら拍手を始めた。


 それも座りながらではない。


 俺を見下ろさないように、膝を床に着け、拝むように手を何度も叩く。


「すごい、すごすぎる。ぼくの息子がすごぉい」

「ふふっ ふ ははっ! ああああっハハハハハ!!!」


 両親に至っては狂喜乱舞といったところ。


 それもそのはず。


 生まれつき身分が決まっているこの社会のシステムだが、1つだけ身分が変わる条件がある。


 それは高位の能力者の縁者になること。


 今偽装した俺の能力でも、10段階中の8番目、人が到達できる最高位。


 この人間は日本でも2人か3人。


 選挙において人間の一票の価値が1とするなら、俺の一票は8万ほどになる。


 当然それ以外にも権利が保障され、さっき言った縁者の身分を1つ、場合によって2つ上げることだって可能。


 母さんは第5身分から第4身分となり、父さんは第9身分から第7身分に格上げとなる。


「こうしてはいけません! 今すぐ身分を更新しないといけませんね!」


 それは自分に対してだけじゃなく、俺も含んでいる。


 日本では俺以外に黒を確認されていない。 


 そのため最高濃度という判定を受けてもどんな能力なのか分からず、一番弱い色扱いにされ、濃度だけの最高評価として第4身分だった。


 しかし黒が他の全てと比較しても優位であると証明できた以上、もっと上になる。



 まったく、本当にめんどくさい。

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パステル・アート・ディストピア(略してPAD) いちてる @ichiteru

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