第193話・ライトとツクヨミ

「もぐ、もぐ─────」

「…………」

「…………」


 ワイファ王国・いんしょくてん城下町。

 パティオン、ブリザラ、ツクヨミの三人は、ワイファ王国のグルメを堪能していた……というか、ツクヨミがフラフラと町の飲食店に入ってしまうので、二人はやむを得ず付き合っているという状況だ。

 今は、ワイファ王国の海で獲れた魚の専門店で食事をしている。

 ブリザラは、パティオンに言った。


「なぁ、ツクヨミって食ってばっかりじゃね?」

「…………」


 この程度のことならツクヨミの前で喋っても問題ない。そのくらいはツクヨミのことがわかってきた。

 パティオンはチラリとツクヨミを見る。

 

「─────なに?」

「んー……その、ツクヨミ」

「─────?」


 白い肌と髪、真っ黒なドレス、赤い瞳。

 昔見たままのツクヨミだ。神界を闇で覆い、全ての女神を敵に回した最凶最悪の女神は、串焼きにした魚を頭から齧ってご満悦だ。

 パティオンは水を飲んで喉を潤した。


「あのね、ツクヨミ……昔のこと、怒ってないの?」

「─────?」

「そもそも、どうしてツクヨミ……神界を闇で覆ったの?」

「え─────神界が明るかったから」

「「はい?」」


 パティオンとブリザラは、間抜けな声を出した。

 あっけらかんとした理由だった。


 当時、全く何の前触れもなく神界は闇に覆われた。

 真っ先に疑われたのはツクヨミ……そして、ツクヨミを止めるために戦いを挑んだキルシュは、キルシュに触れることすらできずに半殺しにされた。

 これはただ事ではないと、母なる女神テレサが女神全員に、「ツクヨミを止めろ」と指示を出す……そして、数多の犠牲を出しつつ、ツクヨミを人間界に追放することに成功した。


 人間界に追放されたツクヨミは神性を無くし、人間界に『夜』という現象を作り出す。これが人間界に『時間』という概念をもたらし、夜は眠るという行為をするようになった原因とも言われている。

 ツクヨミは、人間界をさまよい、その美しい容姿からツクヨミを襲おうとした人間を返り討ちにし、いつしか魔獣のような存在となった。

 当時、最も危険とされていた魔獣の一つにカテゴライズされたのである。


 第一相『喰死の顎』マルコシアス。

 第二相『氷結の女帝』クレッセンド・ロッテンマイヤー。

 第三相『冥霧』ニブルヘイム。

 第四相『海月翁』ジェリー・ジェリー。

 第五相『大迷宮』ラピュリントス。

 第六相『白黒』キューブ・シン・シグマ。

 第七相『霊鋼亀』ガラパゴ・タルタルガ。

 第八相『闇夜の女神』ツクヨミ。

 

 なぜツクヨミの本名で広がったのかは、全く持って謎である。

 パティオンは呼吸を整え……ついに言った。


「ツクヨミ。手を貸してほしいの」

「─────?」

「フリアエを覚えてる? あの子、なーんか怪しいの……いざという時の抑止力として、私たちに力を貸してほしいの」

「─────いいよ」

「そう……でも、おねが……へ?」

「いいよ─────パティオン、好き。ブリザラも、好き。フリアエ─────よくわからない。でも─────二人は好きだから」

「え、あ、う、うん」

「うわー……意外な返答にパティオン困ってるし」

「あんたは黙ってろっつの。じゃあ、力を貸してくれるの?」

「うん─────」

「よっしゃぁ!!」


 パティオンは万歳のポーズで喜びをあらわにした。

 ツクヨミがいれば、少なくとも戦力では五分以上。というか、ツクヨミに頼んでフリアエとリリカを始末することだってできる。【暴食】以外の大罪神器は放っておけばいい。そんなことすら考えてしまった。


「じゃあ、次は【暴食】に話を聞きましょう。フリアエの話をして、あわよくば……」

「おいおい、仲間にすんの?」

「違うわよ。ラスラヌフとリリティアを喰った奴なんて信用できないでしょ。まずは話をして、【暴食】たちがこれからどうするかをしっかり見定める。フリアエを倒すってんならそれでいいし、女神を全て滅ぼすとか言うなら私たちも放っておけない」

「……でも、フリアエってカカァを復活させようとしてんだろ?」

「…………それはそうかもしれない。でもね、人間に女神を殺せる力を与えた時点でフリアエは危険よ。それに……人間ならともかく、女神に女神を蘇らせることはできなわ」

「……まー、そうかもな」

「とにかく、【暴食】に会う。全てはそこから…………って、あれ?」

「あん?」


 ここで、パティオンとブリザラはようやく気が付いた。




「「…………ツクヨミ? どこ?」」




 ツクヨミの姿が、消えていた。


 ◇◇◇◇◇◇


「おい、カドゥケウス……っ!!」

『……最悪、だ』


 ライトは、全く動けなかった。

 両腕をがっちり掴まれ、ベッドの上に押し倒されていたのだ。


「─────」

「お前、誰……だ?」

『…………終わった。相棒、こいつは女神……いや、元・女神だ」

「……は?」


 喪服のようなドレス、純白の髪と肌、赤い瞳。

 同年代くらいだろうか。なぜか微笑んでいた。


「ぼう、しょく─────?」

「……?」

「わたし、ツクヨミ─────お話、しましょ?」

「……は?」

『……は?』


 ツクヨミは、なぜかにっこりと微笑んだ。

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