第183話・天魔メリー・ゴゥン・ラウンド

 少女、メリー・ゴゥン・ラウンドは天才、そして天災だった。

 天魔族という究極の戦闘種族に生まれ、来る日も来る日も拷問という名の訓練に明け暮れていた。

 天魔族では、男も女も関係ない。身体の造りが違うだけの道具であり、100時間の訓練のあと1時間の睡眠、そして訓練再開という、人間の構造ではありえない常軌を逸した訓練をしていた。

 メリーは、天魔族で最も期待された少女だった。

 三歳から修行を始め、十歳で同世代では並ぶ物なしの実力を持っていた。

 過酷すぎる訓練のせいで髪は真っ白になり、瞳の色も変わってしまった。

 でも、それが当たり前だった。疑問など持たなかった。

 メリーは、誰よりも才能があった。

 だが、メリーは周囲の天魔族とは違っていた。


『初めまして、お嬢さん……あたしは【怠惰】の大罪神器、アルケイディア・スロウスよ。ふふ、真っ白で……空っぽな女の子ね』


 それは、メリーとは無縁の【怠惰】という感情。

 過酷な訓練の中、メリーの中にはアルケイディアの声が響いていた。

 100時間修行をして1時間の睡眠。身体を休める貴重な一時間のうち30分を、メリーはアルケイディアとの時間にしていた。


『まーったく。こんなアホみたいな訓練やめちゃいなさいよ』

「でも、やらないと叩かれるし……」

『馬鹿ねぇ。いい、一時間しか寝ないなんておかしいの。一度でいいから8時間寝てみなさい。すーっきりすわよぉ?』

「八時間……わかんない」

『いいから、試しなさいよ。あたしの力があれば誰にも邪魔されずに寝れるわ。あんたもたまには【怠惰】に過ごしなさい』

「怠惰……」


 アルケイディアとのお喋りは、メリーにとって楽しみの一つだった。

 少しずつ、少しずつ、メリーは変化していく。

 訓練そのものに疑問を持つ。どうしてこんなことをしなくちゃいけないのか。

 天魔族の指導員は言った。


「天魔族は最強でなければならん!! お前たちが『完成』するまで、天魔族の名を背負うに相応しくなるまで修行は続く!! お前、そんなくだらないことを考えているのか? まだまだ精進が足らんぞ!!」


 メリーは、罰を受けた。

 疑問は、日に日に大きくなった。


『メリー……こんなとこ出なさい。うぅん、ぶっ壊しちゃいなさい。あたしの力があれば、こんな連中なんて敵じゃないわ』

「うーん……それもいいかも。でも、ぶっ壊したあとはどうするの?」

『決まってる。外に出るのよ!! 世界は広いわよぉ?』

「せかい……」

『それに、いっぱいお昼寝できるわよ? 暖かい日差しを浴びて、緑の草原に寝転がってお昼寝するの……気持ちいいわよ?』

「お昼寝……」

『ふふ。あたしと一緒に【怠惰】に過ごしましょ?』

「……うん!!」


 そして、メリーは天魔族を滅ぼした。

 天魔族最強の使い手メリーと、大罪神器【怠惰】のアルケイディア。

 動きを鈍くすれば、メリーの敵ではない。

 全てを滅ぼしたメリーは天魔族の里を出て……初めて、熟睡した。

 寝具を使えないという欠点はあったが、草原に寝転がって日差しを浴びるだけで満足だった。


 こうしてメリーは、睡眠を何よりの楽しみとして、世界中を放浪し……ライトたちと出会ったのである。


 ◇◇◇◇◇◇


 あまりにも、冷たい瞳だった。


「っぐ、お、お前……」

「……ねぇ、みんなを解放して? あたし、あなたを殺すのに1秒もあればできる」

「っ……」


 ストライガーは戦慄した。

 メリー。寝てばかりのぐうたら少女だと思った。

 大して役に立たないと放置していた。だが……そのメリーが、ストライガーに牙を剥いている。


「ま、待て。わかった、わかったよ……彼女たちを解放する」

「……あたしを見ても無駄。あなたが何をするのか、呼吸や衣擦れでわかる。その目、直接目を合わせないと駄目なんだよね?」

「そ、そんなことはしない。ちゃんと解放するって」


 ストライガーが大事なのは、何を置いても自分の命。

 戦いは、自分を守るための手段にすぎない。勝とうが負けようが、自分が助かればそれでいい。

 だから、ストライガーは、リンたちの支配をあっさり解除―――。


「シャァァッ!!」

「っ!! ――シンクっ」


 シンクが、メリーに向かい背後から巨大爪で薙ぎ払った。

 メリーは紙一重で躱し、シンクと対面する。


「ストライガー、守る」

「…………あなた」

「ま、待て。もういい、止めろシンク!!」

「待ってて。すぐにやっつける」

「…………」


 メリーは、敵意を込めてストライガーを睨む。だがストライガーもこの展開は望んでいない……念のためにと忠誠心を上げていたのが仇になった。

 しかも、シンクだけではない。


「……マリア」

「メリー、もう許しませんわ」

「……リン」

「ストライガー、今助けるから」


 リンとマリアまで、メリーを敵と認識したのだ。

 三対一、一気に形勢が逆転。メリーはやむなく本気で戦おうと四肢に力を込める。

 

「メリー、あなたとはいい友人になれたかもね……でも、もう許さない!!」


 リンが刀を構え、メリーに向かって走り出す。


「彼に仇なす者は許さない」

「四肢、狩る」


 マリアの百足鱗が鞭のようにしなり、シンクの四肢がさらに巨大に鋭利になる。

 そして―――。


「させません!!」

「ぬっ……さ、させないよ!!」


 リンの刀をサニーの『斬滅』が受け止め、百足鱗とシンクの爪をバルバトス神父が身体で受け止めた。

 バルバトス神父の身体から鮮血が吹き出す。そして、誓約の痛みでマリアが顔をしかめ、百足鱗を引っ込ませた。

 バルバトス神父は痛みを感じない。だが、自分の血が噴き出す瞬間を見て渋い顔をする。


「アンジェラ!!」

「いえ。私はサニー……リン、あなたが言ったのですよ? 新しい名で生きろと!! 申し訳ありませんが、あなたを止めさせていただきます!!」

「……いいわ、相手をしてあげる!!」


 リンとサニーの『刀』がぶつかり、鉄の擦れる音が響く。


「わ、悪いが……私も少しは役に立てそうだ」

「……あなた」

「ま、マリア、まずいよ……この人」

「あぁ、我が身に眠る神よ……」


 ボコボコと、バルバトス神父の肉体が変貌していく。

 以前のような暴走ではない。自分の意志で変わる。皮膚は真っ赤になり、筋肉が膨張……3メートルを越える真っ赤な巨人が現れた。


『ヴォォォォォォォォーーーーーーっ!!』


 大罪神器【憤怒】の力が、シンクとマリアに牙を剥く。

 そして、肝心のストライガーは。


「……こ、この隙に」


 逃げようとしていた。

 静かに後ずさり、異形どもの戦いから逃げ出す。

 そう、ストライガーが何より大事なのは……自分の命。




「待てよ……」

「っ!!」




 だが、ライトがストライガーを逃がさない。

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