第181話・トラップ

 ストライガー、リン、マリア、シンクの四人は、町をのんびり散歩していた。

 冒険者ギルドで依頼を探すのもいいが、焦る必要はない。ウェールズ王国の第五相『大迷宮』ラピュリントスを攻略すれば、金も冒険者等級も上がる。

 というか、500階層到達を報告するだけで、リンは金級、ストライガーは冒険者等級で最上級の位である『虹級』に上がれるだろう。

 なので、急がない。

 ストライガーは、リンたちを連れて散歩を満喫していた。


「ん、あそこに団子屋がある。お茶でも飲むかい?」

「いいね。マリアもシンクもいい?」

「ええ。少し喉が渇きましたわ」

「おだんご!!」


 ストライガーは、『女の子って甘い物好きなんだなぁ』と思い、苦笑する。

 この数日。リンたちと一緒に過ごしたが、どうも手を出す気にはなれなかった。

 シンクは小さいので論外。ストライガーにそういう趣味はない。

 マリアは触れただけで絶叫……男に触れることが『誓約』に引っかかると聞いて断念した。

 リンは……難しい。手を出そうか出さないか迷っている。

 幸い、ヤシャ王国には多くの『遊郭』がある。女には困らない。それに、【強欲】の瞳を使えば、女などいくらでもいる。

 ちなみにストライガーの好みは年上だ。


「あそこの団子、三色団子が美味いんだ。あとシンプルなタレも美味い」

「へぇ……ストライガー、詳しいね」

「まぁ、冒険者家業が長いからね。世界中回ってる」

「世界中……素敵ですわね」

「そうかな? ま、今度はみんなも一緒に行こう」

「ねぇねぇ、おだんご!!」

「あはは。わかったわかった」


 四人は、団子屋へ向かって進む。


『………』

『キャッキャキャキャ!! どうしたんだよオメェらぁ~?』

『いえ。中身のないクソみたいな会話に嫌気が差しているのです。あの子の真の言葉ではない、操られた偽りの言葉……胸糞悪いです』

『イルククゥ、シンクはお団子のことしか言ってないわよ?』

『ふん。そんなことはどうでもいい……ギルルダージュ、このつまらない茶番はいつまで続くのです?』

『はっ……そんなの、オメェらの契約者がぶっ壊れるか、ストライガーが飽きるまでだろうよ。キャッキャキャキャ!!』

『……クソ野郎ね、あんた』


 大罪神器の会話も、険悪だった。

 アルケイディアがいなくなったことに驚いたが、ギルルダージュは特に変わらなかった。それに、カドゥケウスの心配もしていない。


『なぁなぁ? カドゥケウスは来ねぇのかよ?』

『……知らないわ』

『……ふん』

『キャッキャキャキャ!! キャッキャキャキャ!! あぁぁ~……楽しい』


 ギルルダージュの下卑た笑いが大罪神器に響く。

 そして、団子屋に入ろうとしたストライガーたちの前に――――。




「ひっく……ひっく……リン、マリア……シンクぅ」




 涙を流すメリーが現れた。


 ◇◇◇◇◇◇


「め、メリー!? どうしたの!!」


 リンは迷わずメリーに駆け寄り、泣いているメリーを抱きしめ優しく撫でた。

 マリアは顔を歪め、シンクは無表情だ。

 ストライガーは、リンとメリーの様子をうかがっていた。


「メリー、どうしたの?……何があったの?」

「ひっく……ライトに、乱暴されたの。あたし、使えないからって……せめて自分の相手だけでもしろって、それで、逃げて……うぇぇ」

「あぁ……可哀想に」

「リンん……」


 リンはメリーを抱きしめるが、マリアは警戒していた。


「メリー、あなた……本当に乱暴されたのですか? あの方、どなたか存じませんが……一度出て行ったあなたを、簡単に信用すると思って?」

「ぅぅ……」

「マリア、ちょっと……」

「ボク、ちょっと信じられない。メリー、ほんとなの?」

「ホントだよぉ!!」

「シンク、あなたまで……」

「ストライガー……ごめんなさい。あたし」


 ストライガーは、メリーの目をしっかり見て言った。


「許すよ。だから、『戻っておいで』……それと、『ライトのことは忘れて、オレと一緒に行こう』」

「…………うん!!」


 メリーはにっこり頷く。

 ストライガーは、メリーの頭を撫でた。


「乱暴されたって言ってたけど、大丈夫なのかい?」

「…………うん」

「メリー……」


 リンがメリーを抱きしめる。

 マリアはため息を吐き、シンクは無表情だった。


「許せないな……メリー、ライトはどこにいる?」

「……下町の、隠れ家。ストライガーを殺すって、すっごく怒ってた……怖くなって、あたしは逃げて」

「……そっか。わかった。じゃあ、ちょっと懲らしめに行こう。オレたちなら負けやしないさ」

「……そうですわね。女の敵、ズタズタにしてやりましょうか」

「……ボク、戦う」

「私も、いい加減あの人が許せないわ」

「うん。じゃあみんな、行こうか」


 ストライガーは、メリーの案内で下町へ向かう。

 ライトには『楔』を打ち込んである。何があろうと、自分を害することは不可能だとストライガーは思っている。

 そう、何があろうと。


 ◇◇◇◇◇◇


「ここ」

「へぇ……こんな所にいるのかい」


 メリーが案内したのは、石造りの家だった。

 元は鍛冶屋だったが、廃業して長いのだろう。下町の外れに建っていることから、店主は偏屈なお爺さん……そんな気がした。

 メリーは、リンにしがみつく。


「中に、いる……」

「大丈夫。みんながいるわ」


 ストライガーは、先陣を切って中へ。

 リン、マリア、シンクが続き、メリーはマリアにしがみつく。

 鍛冶屋の中には、ライトがいた。


「……来たか」

「やぁ。うちのメリーが世話になったようだね」

「ふん。そんなことより……っぐ」


 ライトは、ストライガーと対峙した瞬間に膝を付いた。


「言っただろ? きみはオレに敵意を向けることはできないって。感じてるはずだよ? きみ、オレを大事にしたいって思ってる。家族のように守りたいって……違わないだろ?」

「…………」


 ライトの目は、優しくなっていた。

 ストライガーを見る目が、柔らかい。


「殺しはしない。でも、痛い目には遭ってもらう。これに懲りたらもうオレには関わらないでくれ。きみほどの強さなら一人でも平気だろ?」

「……そうはいかないんでな。お前を、その……倒して、みんなを」

「はいはい。マリア、シンク、あとはよろ――




 次の瞬間、鍛冶屋の入口から漆黒の手が伸びてきた。




「えっ!?」

「きゃぁっ!?」

「ふえっ?」




 リン、マリア、シンクが漆黒の手に捕まる。そして、そのまま思い切り引っ張られ、鍛冶屋の外へ出ていった。

 メリーは、ストライガーに向けて手をかざす。するとストライガーんほ動きがガクッと落ちる。

 あらゆるものを鈍くするメリーの力が、ストライガーを拘束した。


「……な……っ? な ん で……」

「ごめんね」

「…………!?」


 目の前のライトの姿が、掻き消えた。

 当然、『分身』で作った偽者とはわからない。

 

「ライト、いいよー」

「ああ」


 そんな声が聞こえた瞬間、鍛冶屋が大爆発を起こして炎上した。


 ◇◇◇◇◇◇


「……よし」


 鍛冶屋の外で、ライトはカドゥケウスを手で弄ぶ。

 作戦は簡単。ストライガーを廃屋となった鍛冶屋に誘い込み、リンたちを引き剥がして爆破、生き埋めにする。

 メリーは『怠惰』の力がある限り、ライトの祝福弾だろうとダメージを受けない。石造りの家の崩壊程度で死ぬワケがない。

 だが、少し呆れていた。


「俺が乱暴したってなんだっつーの……」


 当然、そんなことはしていない。

 寝るときも別々だった。メリーが勝手に懐に潜り込むことはあったが。


「あんたっ!!」

「す、ストライガーっ!? あなた、なんてことを……!!」

「離せっ!! この……っ!!」


 ライトの左手には、リンたちが捕まっている。ストライガーの身を案じているようだが……。


「カドゥケウス、元に戻るのか?」

『たぶんな。中でまだ生きてるんじゃね? メリーの嬢ちゃんはどーすんだ?』

「あいつは勝手に出てくるってよ。それより、死体の確認を」




 次の瞬間―――ライトの力が抜けた。




「危ない危ない。はははっ……惜しかったね?」

「……なっ」


 ライトの背後には、ストライガーがいた。

 力が抜けたことで、リンたちを離してしまう。

 ストライガーは、無傷で言った。


「第三階梯、『金貨一枚の身代わりバーソロミュー』……これを使うと、一日一回だけ、自分の位置と金貨を入れ替えることができるんだ。ほら、オレって人気者だけど敵も多いからさ……けっこう重宝してる能力なんだ」

「……っ!!」


 リンが刀を抜いた。

 マリアの背から百足鱗が伸びた。

 シンクの両手の爪が伸びた。


「あ、別に知られても困らないから教えてやるよ。オレの誓約は『命』……オレ、何を置いても自分の命が大事だからさぁ……自分の手で命を奪うことができないんだ。だから強い仲間を探してた。ふふ、この子たちは大当たりだ」

「っく……」


 戦意が湧かない。

 危機感しか感じない。

 ストライガーに見られているだけで、戦う気が起きない。

 メリーは、まだ瓦礫の中……出てくるまで時間が必要。


「みんな、頼むよ」


 ふと、ライトは思った。


 カドゥケウスの切り札――――。

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