第六章・大罪神器【強欲】ギルルダージュ・グリード・ペンティアム

第175話・信じられないこと

 ライトは、困惑していた。


「…………どういうことだ」


 リンたちが、いない。

 『分身』を使って偽のライトが乗っていることは、マリアは知っている。町の外で合流し、マリアの別荘があるヤシャ王国へ向かう予定だったのだが……どういうわけか、進めども進めども、馬車が停まっていないのである。

 まさか、ここにきてライトを置いて行くワケがない。

 マリア、リン、シンク、メリー。仲間たちに嫌われるようなことは、やっていないはずだ。


「カドゥケウス」

『ケケケケケッ。愛想尽かされたのかねぇ……相棒、マリアの嬢ちゃんばっかり求めるから、リンの嬢ちゃんが嫉妬したんじゃね?』

「アホ。んなわけあるか」


 歩けども歩けども、リンたちがいない。

 歩くこと二時間。さすがにおかしいとライトは思い始めた。


「……なにかあったのか?」

『でもよ、マリアの嬢ちゃんやシンクの嬢ちゃんがいるんだぜ。賞金首が束になっても返り討ちだろうぜ』

「でもよ……」

『…………とにかく、進むしかねぇだろ』

「ああ……わかった」


 この時はまだわからなかった。

 すでに、ライトは追い詰められているということに。

 歩くこと数時間。空が暗くなり始め、いつもなら野営の準備を始めている頃だ。


「……何もないな」

『ケケケケケッ、どーすんだ? 街道沿いに歩けばヤシャ王国だろうけど、さすがに飲まず食わずじゃムズいぜ?』

「……とにかく、今日は休む。水場を見つけたらそこで休もう」


 ライトが水場を見つけたのは、さらに一時間後のことだった。


 ◇◇◇◇◇◇ 


 結局、リンたちに会うことなくヤシャ王国に到着した。

 多少の路銀は持っていたので、村や町を経由しての到着である。ヤシャ王国に向かうとは言っていたので、迷わずやってこれた。


「ったく……見つけたら文句の一つでも言ってやる」

『相棒、不機嫌だねぇ』

「当たり前だろ。リン、マリア、シンク。メリー……待つこともできないのかよ」


 鍛えていたが、徒歩でヤシャ王国まで歩くのは堪えた。

 大きく息を吐き、久しぶりのヤシャ王国の空気を満喫する。

 攫われたリンを助けるため、ヤシャ王城へ忍び込んで大暴れしたのが、かなり大昔のような気がした。


「とにかく、マリアの別荘に行ってみるか」


 マリアの別荘の場所は知っている。

 まだマリアと険悪だった頃、リンに泳ぎを教えてもらったことがあった。

 懐かしさに顔を緩め、ヤシャ王国の別荘区画へ向かう。

 すると、マリアの別荘前に馬車が停まっていた。


「…………見つけた」


 一安心。そして、同時に怒りがこみ上げる。

 文句の一つでも言おうと、別荘のドアを乱暴に叩いた。


「おい!! 人を置いて行きやがって……おい!!」


 乱暴にドアを叩くと、ドアが開く。

 そこには、薄いシャツを着たリンがいた。

 ライトは大きくため息を吐き……。


「おい「あの、どなたですか?」…………は?」


 リンが、顔を険しくして警戒した。

 ライトは、リンが何を言っているのか理解出来なかった。

 どなたですか?

 

「……冗談キツいぞ。マリアは?」

「え、あの、ちょっと!!」

「マリア、シンク、メリー、いるのか!? おい!!」


 別荘に入ると、マリアとシンクがお菓子を食べ、メリーはソファで昼寝をしていた。そして、ライトを見て……。


「……どなた?」

「だれ?」

「……は? おい、冗談キツいぞ。人を勝手に置いて行きやがって……さすがに俺も怒るぜ?」

「……わけのわからないことを。リン、こちらの方は?」

「知らないよ。勝手に入ってきたの!! ってかあんた、ここは私たちの別荘よ、勝手に入ってきてワケわかんないこと言って……」

「不審者なら遠慮しなくていいですわね」

「ボク、やる?」

「…………な、何を言って」


 ライトは、困惑した。

 マリア、シンク、リン。

 三人とも、ライトの事を忘れたように振る舞っている。

 冗談にしても、シンクやマリアから発せられる殺気は、冗談の類ではない。


『おい嬢ちゃん方……いくらなんでもタチが悪いぜ? おいシャルティナ、イルククゥ、アルケイディア』

『……カドゥケウス』

『参りましたね……』

『くひひっ、あたしは大歓迎だけどぉ~……』


 マリアとシンクが驚愕する。

 まるで、大罪神器の所有者であるライトを初めて見たような感じだ。

 ライトは、ただ事じゃないと認識し――――。




「あぁ……来ちゃったのか」

「……え」

「や、また会ったね」




 シャワーを浴びたのか、全身から湯気が立ち上っている。

 鍛えられた細身の身体、長い金髪、爽やかそうな美男子だ。

 ライトは、知っている。

 この男は……第五相で出会った。


「あの時の、冒険者……」

「うん。ストライガーだよ、よろしく」


 ダンジョンで出会った、親切な冒険者ストライガー。

 リンよりも高い位の金級。

 確か、仲間を三人連れていたはず。


「お前、仲間は……」

「ああ、死んじゃった。ダンジョンですっごく強い白髪の女の子に襲われてね……彼女たちを盾にしてオレは逃げてきたんだ」

「…………」


 なぜ、リンたちと一緒に……。


『相棒、こいつの眼を見るな……!!』

「え」

「あはは。バレちゃった……残念」


 ストライガーの左目は、黄金に輝き複雑な紋様が刻まれ、顔の皮膚にも左眼の周りに紋様が刻まれていた。

 

『てめぇ……やりやがったな、ギルルダージュ!!』


 カドゥケウスが吠える。

 すると、ストライガーの左目から声が聞こえた。


『キャッキャキャキャッ!! ひっさしぶりだなぁカドゥケウスぅぅぅ~っ!!』

『ギルルダージュ、てめぇまさか……シャルティナたちにも『使った』のか!?』

『ぶわ~か。大罪神器にオイラの力が効くわけねぇだろ? ちょいと脅してやっただけよ』

『クッッッッソ野郎がっ!!』


 今までにないくらい、カドゥケウスは吠えていた。

 

『相棒、あの眼を見るな。あの眼を見たら『奪われる』ぞ!!』

「は……?」

「ねぇ、ライトだったっけ? 簡単に教えてやるよ……君の仲間は、オレが奪ったのさ。君のことはもう覚えていない。オレが……ぜ~んぶ奪ってやった」

「…………あ?」

『挑発に乗るな相棒!!』

「なぁ、教えてくれ……オレが許せないか? なぁ、ぶっ倒したいか?」

『相棒!!』

「てめぇ……」


 リンたちは、ライトとストライガーの会話を聞いて首を傾げていた。

 そんなリンたちを見て、ストライガーは言う。


「悪いね。彼女たちはもらうよ。前の三人が死んじゃったから、また新しい仲間が必要なんだ。それとも……オレをぶっ飛ばして取り返すか?」

『ダメだ相棒!!』

「当然……テメェをぶっ潰してリンたちを取り戻す!!」


 そう言って、カドゥケウスを構えた瞬間――――。


「グリィィド……」


 ライトから、全ての力が抜けた。


 ◇◇◇◇◇◇


「……!?」

「はい、おしまい。これでもう、君はオレを倒すことができない」

「……な、なんで」

「それがオレの能力だからさ。『奪えない物ノゥ・アンタッチャブル』……その名の通り、奪えない物を奪う力。君が『オレをぶっ飛ばしたい』って気持ちを奪った。君はもう、オレを『ぶっ飛ばす』ことはできないよ」

「な……」

「悪いとは思ってる。でもさ、オレもこうやって強い仲間を集めてきたんだ……今回は運が悪かったね。いや、オレが強運なのかな? まさか大罪神器を三つも手に入れられるなんて思わなかった」

「…………」


 ライトは、全く闘志が湧かなかった。

 ストライガーに対して、戦おうという気持ちが湧かない。カドゥケウスも、いつの間にか降ろしてしまった。


「それじゃ、マリア、よろしく」

「ええ。わけがわかりませんが、この方には退場してもらいましょうか」

「ま、マリア……」


 百足鱗が伸び、ライトの身体を薙ぎ払い……ライトは、崖から海に落ちてしまった。マリアの別荘は高台にあるので、窓から投げ出されれば下は海だ。


「…………」


 海に落下しながら、ライトは呆然としていた。

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