第172話・命あるかぎり

 夢を見ていた、そんな気がした。

 全く身体が動かない。でも、少しだけ外が見えた。

 綺麗な金髪の少女の背から『百足』のような触手が伸び、自分に向かって飛ばしてきた。でも、視界が歪んでよくわからない。

 視界が、目まぐるしく変わった。

 たまに、金髪の少女が見える。でも、話しかけようとしても声が出ない。

 ふと、動きが止まった。

 ああ、金髪の少女の背から生える『百足』が、自分の身体に絡みついたのだ。

 金髪の少女の右手には、巨大で歪な『突撃槍』がある。

 そうか、あれで自分を貫くつもりなのだ。


『…………ぁ』


 涙が零れた、気がした。

 ようやく終わる。ようやく解放される。

 最後に思ったのは勇者レイジ。ではなく……贖罪と懺悔だった。

 自分は、間違っていた。

 幸せのために誰かを犠牲にしていいことなんてない。自分は、自分の幸せのために勇者レイジと行動し、全て失った。


 アンジェラは、ラスラヌフから聞いていた。

 ファーレン王国のアンジェラは、ラスラヌフの情報操作により公式に死亡したということに。勇者レイジも、リリカも、アンジェラの死を悲しんでいるということに。

 帰る場所もなくなり、ファーレン王国のお姫様という立場も失い、ただのアンジェラとなった少女が帰る場所は……『死』の先にある冥府しかない。

 セエレやアルシェに会えるかも……そう考え、アンジェラは少しだけ微笑んだ。


『…………ごめん、なさい』


 ポツリと、アンジェラは言った。

 自分は、救われる価値のない人間だ。

 勇者に助けられるお姫様なんて幻想だ。現実を知り、素直に死を受け入れることができた。

 迫る突撃槍を受け入れようと、アンジェラは感覚の無い両手を心で広げ―――。




「そこだけは譲れねぇよ」




 漆黒の手を持つ、黒い少年。

 復讐者である『魔銃王』ライトが、自分に向かって手を伸ばした。

 不思議と、恐怖はなかった。

 彼にも酷いことをした。なら……この命、ライトに捧げるのも悪く―――。


『――――え』


 アンジェラは、驚愕した。

 ライトの手は、アンジェラの身体を掴んで引き抜かれたのだ。

 まるで、アンジェラを救おうとしているかのように。

 アンジェラは、驚愕の眼差しでライトを見た。

 声は出ない。でも、ライトは……笑っていた。


『…………ぁ』


 自分を助けに来てくれる、真の勇者。

 なぜか、そんな考えが頭をよぎり……そのまま意識が途切れた。


 アンジェラは、救われてしまった。

 罰を受けようとしたのに、救われてしまい……あまつさえ、復讐者ライトに『勇者』を重ねてしまった。


 アンジェラは、救われてしまった――――。


 ◇◇◇◇◇◇


「リン、治せるか?」

「…………あんた、私にだって不可能はあるのよ?」


 アンジェラを見たリンは頭を抱えた。

 髪は真っ白になり、妙な管が背中から生えている。内臓も弄られているようだし、血も緑色だ。

 でも、アンジェラは生きていた。

 てっきり始末するのかと思ったが、ライトはアンジェラを救った。


「……治す前に聞かせて。この子をどうするの」

「……さぁな」

「答えて。五体満足にして殺すっていうなら、私は手を貸せない。アンジェラは……このまま死なせるべきだと思う」

「…………」

「ライト。答えて」

「…………」


 ライトは、ポツリと呟く。

 それを聞いたリンは驚き、苦笑し、ライトに言った。


「……わかった」


 リンは、アンジェラの治療を始めた。

 持てる全ての回復魔術を使い、アンジェラの身体を修復する。

 魔力量だけなら女神以上のリンは、アンジェラの体内にある毒素を魔力で押し流し、洗浄し、うろ覚えの知識で内臓を修復する。生物の授業で習った人間の臓器と関係の無い臓器がいくつかあり、それを取り除き……。


「……医者じゃないのに、こんなこと」

「リン、がんばれ」

「がんばれー」


 シンクとメリーが並んで応援してくれる。

 ライトとマリアは後ろで見守り、治療は一時間にも及んだ。


「…………お、わったぁ」


 髪の色は戻らなかったが、リンの前には人間のアンジェラがいた。

 肌の色も戻り、内臓も修復した。

 手探りだが、生物の授業で見た『人体解剖図』が頭の中にあってよかった。さすがのリンも魔力の消費を感じ、汗を拭う。

 ライトは、素っ裸のアンジェラを見て言った。


「生きてるんだな」

「うん。って、ライトは見ちゃダメ!」

「アホ。そいつを見て欲情なんかしねーよ。それより、それ……」

「あ……」


 アンジェラの隣には、一本の剣があった。

『斬滅』という、リンの元愛剣……だが、今はアンジェラの物だ。

 ライトは、カドゥケウスに確認する。


「カドゥケウス、剣だけ喰えるか?」

『バカタレ。喰えるかよ。相棒だってスプーンやフォークを喰えって言われて齧るか?』

「……だよな」


 マリアはシーツをアンジェラに掛け、百足鱗で拘束する。


「で、どうします?」

「……女神の気配は?」

「……ありませんわ」

「じゃ、帰るか。とりあえず、こいつを休ませよう」


 ライトたちは、アンジェラを抱えてダンジョンを脱出した。

 誰もいなくなったダンジョンに、ラスラヌフがフワリと現れる。


「負けちゃったかぁ……ま、いいデータは取れたしいっか。それに、アンジェラちゃんはもう逃げられない……くひひ、束の間の平穏を満喫させて、その後でまた実験かな?」


 ラスラヌフは、くすくす笑ってダンジョンから消えた。

 そう。この女神がいる限り、アンジェラに安息はない。

 今回は、ライトたちが勝っただけ……救われてなど、いないのだ。


 アンジェラは、まだ解放されていない。

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