第171話・蛇と百足

 マリアがライトたちを置いて前に出た理由は単純だった。

 百足鱗をくねらせながら、相棒のシャルティナだけに聞こえる声で言う。


「わたしももっと強くならないと……ライトに任せたら、また強くなってしまいそうですわ」

『マリアってば、可愛いこと考えるじゃない。あの子に置いて行かれるのがイヤみたい』

「…………そうかも、しれませんわね」

『まさか、本気で惚れちゃった?』

「さぁ? でも、彼はわたしを抱ける世界で唯一の男……これからもたくさん愛してもらいますわ♪」

『やーれやれ……でも、素直なマリアは好きよ?』

「うふふ、ありがとうございます」


 楽しげに話すマリアとシャルティナ。

 だが、『ウロボロス』を取り込んだアンジェラは唸りを上げてマリアを威嚇する。

 さしずめ、ウロボロス・アンジェラといったところか。マリアはつまらなそうに髪をかき上げ、自分の背中から生える四本の百足鱗に命じる。


「さぁ、蛇退治といきましょうか!!」


 マリアは前屈みになり、ウロボロス・アンジェラに向かって百足鱗をけしかける。百足鱗は歪な刃が無数に合わさった物で、巻き付かれたり触れたりしただけでも皮膚が裂ける。


「さぁさぁさぁ……え?」

『ジャァァァァァァッ!!』

「っ!?」


 マリアの百足鱗は、ウロボロス・アンジェラの身体に傷一つ付けられなかった。

 太い身体に巻き付き、皮膚を削った。だが金属が擦れるような音が響き、巻き付いた百足鱗は唸りと共にバラバラに爆ぜたのである。


「うそっ……」

『マリア、油断しない!!』

『ジャァァァァァァッ!!』

「っく……このっ!!」


 ウロボロス・アンジェラは、蛇のように床を這ってマリアの元へ。

 マリアは新しい百足鱗を背中から生やし、それらを足のようにしてウロボロス・アンジェラの突進を横っ飛びで回避。

 回避の瞬間、第四階梯を使い、歪な羽を飛ばす……だが、カンカンと刃が跳ね返るだけだった。


「か、硬い……それに、速いですわ」

『それだけじゃない。見なさい……!!』


 ウロボロス・アンジェラは、壁に登り天井を這い、重力を無視した動きで500階層を動き回る。

 しかも、大蛇の身体から『小さな蛇』が生え、鞭のようにしなりながらマリアに向かって飛んできたのだ。


「っぐ!? この」


 マリアは百足鱗を蜷局に巻き、ウロボロス・アンジェラの『蛇鞭』を防御する。

 ウロボロス・アンジェラは止まらない。全身から『蛇』を出し、マリアを狙って集中攻撃を始めた。

 これを見たリンは、ポツリと呟く。


「め、メデューサみたい……」

「メデューサ? なんだそれ?」

「髪の毛が蛇の怪物。睨まれると石になっちゃうの」

「へぇ……」


 ライトたちは、部屋の隅でマリアの戦いを見ていた。手を貸さないのは、マリアがそれを望んだからだ。

 シンクは手を出そうとしたがライトが止めた。ケーキ食べ放題で止まるシンクもシンクなのだが。

 シンクは、ライトをジッと見ながら言う。


「ライト、マリアを助けないの……?」

「あいつがやるって言ったんだ。殺さないようには言ってあるし、任せるよ」

「マリアが死んじゃったら?」

「死なない。あいつを可愛がる約束したからな……」

「えっちなこと?」

「ああ。たっぷりな」

「こ、こら!! シンクにそういうの言わないの!!」

「ボク、子供じゃない」

「だとさ」

「それでもダメ!!」


 マリアは、蛇鞭を防護しながら百足鱗でウロボロス・アンジェラの身体を少しずつ削っているが、らちがあかないのは見て明白だった。

 このままでは、マリアの体力が尽きてウロボロス・アンジェラに締め上げられて即死だろう。


「さて、お手並み拝見」


 ちなみに、ライトにはこの蛇を殺す手段がいくつも思いついていた。


 ◇◇◇◇◇◇


「硬い……表皮にダメージは与えられませんわね」


 マリアは、百足鱗を二本を移動に使い、もう一本を攻撃、もう一本を防御に使いながらウロボロス・アンジェラと戦っていた。

 疲れを感じないのか、ウロボロス・アンジェラは空間内を自由自在に動き回り、マリアも同様に疲れを感じずに動いている。


「なら、狙いは一つ」


 ウロボロス・アンジェラの弱点。

 それらしい物は一つだけある……ウロボロス・アンジェラの頭部。むき出しのアンジェラ自身だ。

 マリアは、右手に百足鱗を巻き付け、突撃槍を作る。

 第三階梯を使い鎧を纏うことも考えたが、動きが鈍いので生身で相手をする。それに、精密な百足鱗の操作は、このままのがやりやすい。


「ライトには悪いけど、殺してしまうかもしれませんわね」

『ま、いいんじゃない? 死んだらカドゥケウスのエサになるだけだし』


 マリアは動きを止め、縦横無尽に動き回るウロボロス・アンジェラが自分を狙う瞬間を見定める。


『オォォォォォォォォォォォォォォォーーーンンンッ!!』

「来なさい、終わらせてあげますわ」


 全身から『蛇』を生み出し、めちゃくちゃに暴れるウロボロス・アンジェラ。

 ラスラヌフの調整が未完成で、理性的な動きができないことが幸いし、マリア目掛けて正面から突っ込んできた。


『イヤァァァァァァァーーーーーっ!!』

「……ッ!!」


 マリアは、三本の百足鱗をウロボロス・アンジェラに向けて飛ばし、頭を百足鱗で雁字搦めにする。そして、そのままウロボロス・アンジェラの頭部に向かって自分の身体を思い切り引き寄せた。


「さようならっ!!」


 右手には、ドリルのように回転する突撃槍。狙いはアンジェラ本体。

 心臓部分を狙い、人間の部分を殺せば何か変化はあると踏んだ一撃。

 だが。


「そこだけは譲れねぇよ」

「えっ」


 ライトの隣には、左腕を巨大化させたライトがいた。

 全く気がつかなかったマリアの動きが止まり、ライトの左手が生身のアンジェラを掴む。そして、グチグチブチブチブチャブチャと肉が裂ける音がした。


『ア、ア、アァァ!? アァァァ……』

「やっぱり、こいつが本体か。見ろよ、脳が連動している」

「うっ……気味悪いですわね」


 人間のアンジェラの部分に管が繋がり、ウロボロスとくっついていた。

 ライトはそれを引き千切り、生身のアンジェラを解放した。

 ついでに、ウロボロスの脳みそをカドゥケウスで撃つ。すると脳みそが爆発しウロボロスはそのまま倒れ、動かなくなった。


「…………わたしがやるって言ったのに」

「悪いな。蛇はお前にやったけど、こいつは俺の獲物だ」


 ライトの左手には、ウロボロスから解放されたアンジェラが握りしめられていた

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