第125話・第四階梯

 ライトは何の予備動作もなく、カドゥケウスを第二相クレッセンドの顔に向けて発砲した─────が。


『あらら……乙女の顔に向けて、なんの躊躇もなく』

「乙女? バケモノだろうが」

『あぁ、ああああ……あなた、ひどい』


 クレッセンドは顔を歪め、泣き出しそうな……いや、嗤った。

 マリアは瞬時に百足鱗を蜷局上の盾にすると、クレッセンドが大きく息を吐き、吹雪となって二人を襲う。


「ちっ……装填」

「さ、寒いですわね……シンク、あんな格好で動き回ってたんですの?」

「ある意味、温度を感じないって羨ましいな」


 ポケットに入れておいた金属片で弾丸を装填し、氷柱の上で吹雪を吐き出すクレッセンドを見る。

 不思議と、楽しんでいるように見えなくもない。こんな氷の城では来客もないだろう。途中までしか来れない奴らが大半の状況では、まともに戦闘などしたことがないのではないか。


「……」

「使いますの?」

「いや、シンクが回復してからだ。あいつの売った喧嘩は、あいつに幕引きさせる。あと三分……少し、遊んでやるか」


 ライトは祝福弾を装填し、吹雪が収まるのを待つ。


『あらら? かくれんぼかしら?』

「違う。鬼ごっこなんてどうだ……よっ!!」

『きゃっ!?』


 『液状化』の祝福弾が、クレッセンドの立っていた氷柱をドロドロに溶かす。

 落下したクレッセンドに向けてライトは発砲、マリアも百足鱗で突き刺そうとするが、クレッセンドの皮膚に触れた瞬間に凍り付き、無効化されてしまう。


『あぁん、危ない危ない♪』

「氷……厄介な」

「ああ。面倒だな……」


 ふわりと着地したクレッセンドはクルクル回り、何本もの氷柱を床から生やした。

 全ての氷柱が吹雪を纏い、バキバキと音を立てて蛇のようにうねる。まるで、マリアの百足鱗を真似たかのような、生物的な動きだった。


「わ、わたしの真似ですか?」

『ええ。なんだか面白そう!』

「上等……ッ!!」


 マリアは防御用の百足鱗を解除し、四本全ての百足鱗を蛇のようにしならせる。そして、クレッセンドの操る『蛇氷柱』と激しくぶつかり合った。

 

「─────ッ!!」

『きゃははははっ!! きゃははははっ!!』


 ガギン、バギン!! と、ホール全体に響く音。

 金属同士がぶつかり合うような、百足鱗と蛇氷柱が暴れ狂う音だ。

 操作に関してはマリアが上だ。だが、クレッセンドの蛇氷柱は無限に再生、そして数も増えていく。

 鞭のようにしなる百足鱗と蛇氷柱が邪魔で、ライトはクレッセンドを狙うことができなかった。


「……ッチ、おいマリア!!」

「話しかけてないでくださいませ!!」

『んっふふ~……ぷぅっ!!』

「ッ!!」


 クレッセンドは、小さな氷の塊を口から発射した。ライトは一瞬で『硬化』を使い、己を盾にしてマリアを守る。


「っぐ……」

「ライト!?」

「野郎、俺の真似までしやがった」


 塊を『発射』することを覚えたクレッセンドは、手のひらに小さな氷の塊をいくつも生み出し、コロコロと弄ぶ。


『楽しい、楽しいね! あなたたちと一緒にいると、いろんな遊びができちゃうわ!』

「…………あと何分だ?」

「もう間もなく」

『ん~?』


 ライトとマリアは冷静だった。

 相手が何を学習しようと意味がない。どうせ、勝つのは自分たち。

 そう信じて疑わない眼差しでクレッセンドを見つめ……。


「お待たせ」


 影から、シンクとリンが飛び出してきた。


 ◇◇◇◇◇◇


 シンクの四肢は復活していた。

 第四階梯『金剛骸こんごうむくろ』の力で、あらゆる金属を四肢に変換することが可能。その力で、影の中に収納していた弾丸用の鉄を、己の四肢に生まれ変わらせた。

 寒さ対策に分厚いコートも着ている。シンクは嫌がったが、リンに無理やり着せられた。


「二人とも、ありがとう。ボク、死んでない」

「そうだな。じゃあ、約束通り一緒に戦うぞ」

「ん」

「ライト、大丈夫なの?」

「ああ。今までに比べればだいぶマシな力だ……あまり実用的じゃないけど」

「ふふ、わたしも負けられませんわ」


 クレッセンドは、どこか楽しそうな四人に首を傾げた。

 ほとんどノーダメージのクレッセンドに、ほんの少し息を吹きかけるだけで凍り付いてしまう人間。勝の目などあるはずがない。


『ねぇねぇ、ねぇねぇ、遊びは終わりなの? 終わりなら人形にしちゃうけど?』

「ああ、遊びは終わりだ。お前はここで死ぬ」

『死ぬ? 私が死ぬ?』

「ああ……おやすみ」


 ライトの右目が真紅に染まった。


『─────』

「─────」


 クレッセンドは、ピクリとも動けない。

 呼吸も止まった。心臓は動いている。考えることもできる。だけど動けない。心臓しか動くことを許可されていない。

 それは、ライトも同じだった。


「じゃあ、狩るね」


 シンクの両手の爪が真っ赤に燃える。

 摂氏数千度の熱は氷をあっけなく溶かし、瞼を動かすことすらできないクレッセンドの脳裏に焼き付く。


「あなた、強かった。ボク、初めて一人じゃ勝てなかった……バイバイ」


 クレッセンドの両腕、両足が切断されて地面に転がった。

 ドクドクと真っ赤な血が床に広がり─────『氷結の女帝』は、あっけなく失血死した。


 表情も凍り付いたクレッセンドの顔は、ただ嗤っていた。

 

 ◇◇◇◇◇◇


「っぷはぁぁ……っはぁ、はぁ、はぁ~……終わったか」


 ライトの目の輝きが戻ると、息苦しさから肩で息をする。

 これが、ライトの新しい力。

 第四階梯『喰わず嫌いの右目プロヴィデンス・オブ・カトブレパス』の力。


「右目で視認した一人の動きを完全に止める。ただし、俺も一切動けないか……一対一じゃ使えないぞ」

『ま、そーいうこった。相棒が一人じゃないってことを自覚した今だから使えるようになったんだ』

「そうかい……」


 ライトは、事切れたクレッセンドを見た。

 口も瞼も鼻も耳も動かせず、四肢はもちろん呼吸もできない、心臓だけが動いている状態だった。もちろんライトも同じで、呼吸できず窒息寸前だった。

 だが、第二相は討伐した。


「みんな、ありがとう」

「うぅん、シンクが無事でよかったよ」

「ええ。これはみんなの勝利ですわ」

「ん……マリア、リン、大好き」


 シンクはリンとマリアに抱き着く。

 ライトはそれを気にせず、左手の袖を巻くる。


「カドゥケウス、食うぞ」

『待ってました!!』

祝福喰填ギフトリロードだ」

『いっただっきむぁ~す!』


 左手を伸ばし、クレッセンドの死体に触れる。すると、手が大きくなりクレッセンドを丸ごとのみ込んだ。

 ゴッキュゴッキュと飲み込み、咀嚼するような気持ち悪い完食がライトの腕から伝わる。


『ほほう、甘い氷菓子みてーだ。お上品で優雅な味わい……うーん、美味いけどメインは張れねぇ、デザートってとこか』

「どうでもいい」

『うーん、ごっつぁん! ッぺ!』

「…………おい、吐き出すような言い方やめろ」


 ライトの左手には、群青色の祝福弾があった。


「『嘆きの氷姫ブランシュネージュ』……氷系か。使えそうだ」


 第二相『氷結の女帝』クレッセンド・ロッテンマイヤー……討伐完了。

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