第116話・そこそこ大きな町

 村を出発して3日。ライトたちを乗せた馬車は、順調に進んでいた。

 先輩と後輩の馬力がすごく、除雪されていない雪道でもザクザク進んで行く。雪道用馬車の調子も良く、高い買い物をした甲斐があったとライトは思った。

 高い買い物と言っても、金はいくらでもあるが。


「シンクに服を買おうと思いますの。あの子、替えの服どころか下着も持っていなくて……それにお金も持っていないし、今までどうやって生活していたのか」

「適当な魔獣を狩って焼いたり、道端の野草や果物を食べてたらしい。まさに野生児だな……」

「出発して3日ほど経ちますが、髪を結ったり梳いたりすると喜びますわね。女の子らしくて可愛いですわ……でも、羞恥心がないのが少し」

「……それについてはお前たちに任せる。というか、寝るときにお前かリンと一緒にしろよ。なんで俺のところに来るんだ」

「さぁ? 好かれているのではなくて?」


 御者席に座るライトとマリア。

 最近の話題はシンクのことばかりだ。

 髪を褒めると喜んだり、肉が好きで野菜は苦手、肉より果物が好きでパンはボソボソして苦手だったり、着替えどころか下着すら持っていなかったり、羞恥心が皆無でなぜかライトの毛布に裸で潜り込んだりと、たった3日でいくつもの発見があった。

 可愛らしい一面が多く、最初の出会いの印象はすでに薄れてしまった。


「大罪神器【嫉妬】、俺の【暴食】、お前の【色欲】……残り四つか」

「全員を仲間にしますの?」

「仲間というか、強力してもらう。勇者レイジたちは俺の獲物だが、女神が出てくるならそいつらを倒してもらう。もちろん、勇者を全員ぶっ殺したら、俺も戦うけどな」

「……本当に、憎んでいますのね」

「ああ。家族と親友の仇……全員、殺す」


 ライトは、ポケットから四発の祝福弾を取り出す。

『硬化』・『液状化』・『重量変化』・『強化』……レグルス、ウィネ、父と母の命の証だ。

 この四発を見る度に、復讐の炎が燃え上がる。


「……絶対に、殺す。強くなって……必ず」

『ケケケケケッ、い~い殺意だ相棒。オレにも伝わってくる』

『あたしのマリアを道具みたいな扱いをするのはムカつくけどね』

「シャルティナ、わたしは構いませんわ」

『おぅおぅ、マリアの嬢ちゃんも丸くなったねぇ……』


 カドゥケウスが驚いていたが、マリアはライトを真っ直ぐ見た。

 不思議と、ライトの心臓が跳ねる。

 甘ったるい香水のような匂いが、ライトとマリアのいる空間を包んだような気がした。


「わたしは、あなたに協力しますわ……」

「マリア……」


 甘い空間だった。

 ライトは思う。マリアと自分は協力者、こんな甘い関係は望んでいない。それに、男に触れることの出来ないマリアにとって、こんな感情は毒にしかならない。


「……マリア」

「……ライト」


 妙な気分だった。

 不思議と、誓約でマリアが苦しむのを見たくない。でも、抗えない何かがライトとマリアの心を突き動かす。

 雪が降り始め、霧がかかってきた。


「ライト、そろそろ交換……なにしてんの?」

「「っ!!」」

「……へんなの」


 リンとシンクが小窓を開け、妙に近い距離の二人を見ていた。

 ライトとマリアは距離を開け、何事もなかったかのように御者を交代する。


「た、頼むぞリン」

「わ、わたしはもう少し外へいますわ」

「……?」

「……?」


 雪が降り始め……薄い霧が周囲を覆い始めた。


 ◇◇◇◇◇◇


 2日後、大きな町に到着した。

 三角屋根の煉瓦造りの家が殆どで、賑わいも桁違い。店も多く、どこからともなくいい香りがする。


「いいにおい……」

「シンク、まずはあなたの服と下着を買いに行くわよ。ライト、宿を取ったら私たちは買い物するから。冒険者ギルドは明日ね」

「わかったよ」

「マリア、気合い入れるわよ」

「ええ。シンクに女の子の素晴らしさを教えてあげなければ……ふふ」


 シンクは、髪をツインテールにして帽子を被り、リンのもこもこセーターにスカートを履いている。この姿ならS級賞金首『四肢狩り』だと気付かれることはない。

 町の大きな宿を見つけ、馬を厩舎に入れてチェックイン。高い料金を払い、最上階の四人部屋を取った。


「あ、夕飯も食べてくるから、ライトも好きなの食べてて」

「では、行ってきますわ」

「ばいばーい」


 そう言って、女子三人は出かけた。

 部屋でのんびりしてもいいが、ライトも出かけることにした。

 コートを着て外へ出ると、除雪作業をしている人や、温かそうな飲み物を飲みながら歩く冒険者グループ、商人や住人などと、寒いのにかなり賑わっている。

 

「せっかくだし、鍋屋でも行くかな……」


 フィヨルド王国の名物、鍋料理。

 肉や魚、野菜などを煮込んだ料理は、味も素晴らしいが何より温まる。ライトはすっかり鍋の気分だった。

 適当な店を見つけ、さっそく店内へ――――。


「おわっ」

「っと、失礼」


 店のドアに手を伸ばした瞬間、横から別の手が伸びてきた。

 慌てて手を引っ込め謝ろうとして……。


「あ」

「おや……奇遇だね」


 奇しくも、出会ったのは、国境の町で出会った『鍋神父』

 バルバトスと名乗った、屈強な神父だった。

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