第95話・結末

「り、リン? 何を怒ってるんだい? 小生に会いに「ふっざけんな!!」っひい!?」


 リンに近付こうとしたイエヤスに、リンはマジ切れしている。

 ライトもマリアも、そしてヒデヨシもビクッとした。ここにいるのはギフトを持たない囚われのお姫様ではなく、怒れる一人の少女だ。


「イエヤス、あんた……自分の奥さんのことどう思ってる?」

「へ? そりゃみんな大好きさ! みんな小生を愛してくれるし、小生もみんなを愛してる。えへへ~」

「…………じゃあ、なんで離婚するの?」

「離婚? ああ、仕方ないよ。だってみんな、小生のこと嫌いになっちゃうんだ……」

「え?」

「小生が好きになった女の子たち、一生懸命愛したんだ。でも、女の子たちは小生のことを好きじゃないみたい。いつの間にかいなくなって「ま、待てイエヤス!」……え?」


 イエヤスの声を遮ったのは、ヒデヨシだ。

 この時点で、リンは察した。

 全ての黒幕はヒデヨシ。イエヤスはギフトの力を利用されていただけにすぎないと。

 キョトンとしているイエヤスは何もわかっていない。ああそうか、こいつは……。


「なんだ、こいつアホなのか?」


 ライトは、呆れたように言った。


 ◇◇◇◇◇◇


「待って、待って……ねぇイエヤス、あなたの奥さん、いつの間にかいなくなった?」

「うん。精一杯愛したんだ。でも……みんな、小生に愛想を尽かせて出て行っちゃう。だから「待て!!」って、兄さん?」

「…………そういうこと」


 リンの視線はヒデヨシへスライドした。


「まさかあんた……イエヤスのギフトを利用して、女の子を集めていたの?」

「……いや、その」

「え? に、兄さん? どういう」


 確信した。

 イエヤスはアホで、妻たちがいなくなるのは嫌われたからだと本気で思っていた。

 現実は違う。イエヤスが『甘い愛』で集めた女の子たちを、ヒデヨシが売っていたのだ。『記憶改変』のギフトを使い、巧妙な手口で。

 なにより、アホのイエヤスは嫌われてもめげなかった。女の子はいくらでも集まってくるし、いつのまにか切り替え上手になったのだろう。いなくなっても、新しい女の子が癒してくれた。


「下衆野郎が……おい、どうするんだ? 俺はお尋ね者だし、やるなら俺がやるけど」

「っひ!?」

「お待ちなさい。女の敵は女であるわたしが……内臓ブチ撒けコースがいいかしら? それとも、雑巾絞りコースなどどうでしょう?」

「っひぃぃっ!?」


 ヒデヨシは、戦意を喪失していた。

 下の階にいた剣士と遊女が最高戦力だったらしく、それらを容易く打ち破ったライトとマリアに本気で怯えていた。

 だが、本気で怒っているのはリンだ。


「マリア、例の通りに」

「わかりましたわ。その代わり……」

「いいわ。一晩だけ好きにしていい」

「あぁぁぁぁっ!! き、聞きましたわね? 聞きましたわね!?」

「聞いたっつの……おい、何の話だ?」

「うっふふふ……」


 マリアの背から、百足鱗が現れ、歪羽がシャキッと広がる。


「り、リン? あの、なにをするの?」

「決まってるでしょ。あんたに同情はできるけど、力の使い方を学ばずに女の子を苦しめた罪は重い。それと、あっちの兄貴がしてきたこと、まだわからないの?」

「…………??? ええと」

「もういい。兄貴に教えてもらいなさい」


 リンが呆れたように息を吐いた瞬間、マリアの百足鱗がイエヤスとヒデヨシの手を軽く切った。


「いった!? ちょ、なに」

「っつ……な、なんだこれは」

「貴方たち、わたしを見なさい」

「「……??」」

「わたしを、どう思う?」

「「…………っ!!」」

「ふふ、捕まえたぁ」


 イエヤスとヒデヨシは、マリアの第二階梯『情丄支配キス・オブ・ジ・アミティーエ』の完全催眠に落ちた。だが、少し気になったことがある。


「マリア、イエヤスを見て何とも思わないの?」

「ええ。わたしにはリンがいますわ。それに、こんな顔とギフトだけの男、なんの興味もありませんわ」

「……ふーん」


 マリア自身も知らない。マリアには洗脳系の技は一切無効化されるということに。

 遊女の『誘惑』やイエヤスの『甘い愛』など、最初から効かないのである。


「はぁ、はぁ……あ、あれ、小生は」

「うぅ……なんだ、この感覚は」


 ボンヤリする二人。

 ライトは、リンに聞いた。


「何をしたんだ?」

「ん、イエヤスは『女の子への執着心』を極限まで降下させて、ヒデヨシは『お金への執着心と女性への興味』を極限まで降下させたの。イエヤスはむやみにやたらに女の子に声をかけることもなければ、ヒデヨシは金もうけに女の子を使おうなんて思わないように、心を操ったのよ」

「うわ、えぐいな……というか、そんなことでこの国はどうなるんだ? いちおう、この国の王族なんだろ?」

「大丈夫よ。今はいないけど、ヤシャ王国にはもう一人王子がいるから。第三子ノブナガ様。まぁ、あとはこの国に任せるわ」

「無責任だなぁ……」

「私は、女の敵が許せなかっただけ。身勝手だけど、勝手に断罪させてもらったわ」

「はいはい。じゃあ帰りますか」


 ここで、ようやく階下からドタドタと慌ただしい足音が聞こえてきた。

 ライトは『浮遊』の祝福弾を自分に撃ち、ふわりと舞う。


「イエヤス、もうむやみやたらに女の子に声掛けちゃだめだからね」

「ん、ああ。じゃあねリン。もう会うこともないでしょ」

「はぁ……オレはなにをやっていたんだ。女に金、くだらない……昼寝でもして過ごしたい」

「それでいいわ。じゃあね」


 ライトに掴まったリンとマリアは、城の窓から飛び出す。

 しばらくはヤシャ王国に戻れないだろうと思いつつ、金色の満月が輝く夜空を飛んだ。


「リン、約束ですが……」

「い、いいわよ。その、一回だけ付き合ってあげる」

「うっふふふふふふふ……では、落ち着いてからお願いしますわ。今夜は疲れましたので」

「…………わ、わかった」

「やれやれ……」


 こうして、ヤシャ王城での戦いは終わった。

 のちの話だが、イエヤスは女に興味を失い、ヒデヨシは抜け殻のようになったとか。

 側室遊郭は未だに営業しているが、ヒデヨシの命令で閉鎖になったという。どんな心境の変化があったかはわからない。まるで金儲けに興味を失い、別人のように穏やかになったとか。

 長い夜が終わり、朝が来る……。






 真の恐怖は、明け方と同時にやってきた。

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