第51話・無関心な二人

 ライトたちを乗せた馬車は、ワイファ王国を目指して進む。

 ある程度進むと森を抜け、雲一つない快晴と日差しが馬車に降り注ぐ。

 手綱を握るライトは、暑さから胸元をパタパタさせた。


「……ふぅ」


 そして、水の入ったボトルに手を伸ばし……。


「…………」

「…………」


 マリアと、目が合った。

 そう、御者席に座るのはライトとマリア。

 この馬車は4人乗り。向かい合わせではなく前向きに設置された横長の椅子が二つ並んでいる。

 後ろの二人席には荷物が置かれ、前の二人乗り席ではリンが枕を置いて横になっている。

 怪我をした二人は昨夜のうちに休ませ、リンが朝まで見張りをしてくれた。そして今、リンはスヤスヤと眠っている。

 すると当然、マリアは御者席に座らなければならない。


 ライトとマリアはいがみ合うのを止め、不干渉を貫くことにした。

 互いに話し合ったわけではないが、いがみ合うとリンが出てくる。しかも、純粋な身体能力ではリンに勝つことのできない二人は、いがみ合うと弱点を突かれて悶絶する羽目になった。


「…………」

「…………」


 ライトはボトルの水を飲み干す。

 マリアは肘掛で頬杖を突き、ライトを見ようとしない。

 そんな二人を置いて、声が聞こえてきた。


『相棒よぉ……もう少し喋れよ』

「必要ない」

『マリアもよ? せっかく仲間になったのに』

「仲間? なんですのそれ?」


 ライトの腰にあるホルスターから聞こえるのは、この世界には存在しない拳銃。

 マリアの髪にある歪な羽のような髪飾りから聞こえるのは、女の声。

 それぞれ、【暴食】を司る大罪神器カドゥケウス、【色欲】を司る大罪神器シャルティナだ。


『やーれやれ。喧嘩するほど仲がいい……ってわけじゃねぇなぁ』

『そりゃそうよ。昨日はあんな殺し合いをしたのよ? しかもマリアはあんたに撃たれて、顔まで殴られたのに』

『ああ……昨日の相棒は最高に外道だったぜ。これで躊躇なく美味いメシを喰わせてくれたら最高なんだけどなぁ』

『あらら? あんた、祝福弾ってどれくらいあるの?』

『七つだけだ。硬化に液状化に重量変化、強化に爆発に浮遊に調理師さ』

『ぷっ、ちょ、調理師~? なによそれ、ハズレじゃない!』

『いやいや、これがけっこうアタリなのよ。リンの嬢ちゃんに使ったらマジで爆笑だったぜ。あとで見せてやる』

『くっふふ、期待してるわ……! ちょ、調理師……っぷぷ』


 ライトとマリアとは関係なく、カドゥケウスとシャルティナのお喋りは楽しそうだ。

 

『そうだ相棒、第二階梯のことだけどよ』

「ん……?」

『ありゃ強力だが反動もデカい。リンの嬢ちゃんが治したから何ともないだろうけど、相棒の両腕は砕けてたぞ。あんな状態でよく人間をぶん殴れたと感心したぜ』


 第二階梯『大飯喰らいガトリング・オブ・バアル・ゼブル』。連射性能に特化した強化形態だ。

 マリアと戦ったときはアドレナリンが異状分泌していたから痛みもなかったが、本来なら腕を犠牲にしつつ扱う力だ。


「気を付けるよ」

『そうしろ。まぁ、今回は戦術の組み立ても甘かった。不意打ちで腹をぶち抜いてぶん殴るのは最高だったけどよ、ぶん殴るんじゃなくて液状化を使って四肢を破壊するとか、ぶん殴ったあとに爆破で吹っ飛ばすとか、殺ろうと思えばいくらでもあったぜ』

「……そうだな」


 ライトはチラッとマリアを見たが、頬杖をついたままそっぽ向いている。


『ちょっと、あんまり物騒なこと言わないでよ! まぁ、負けたのは事実だから仕方ないけど、これ以上言うのはナシ、いいわね』

『へいへい。ったく、やかましいババァだぜ』

『うるさいわねこのウンコバエ。死体喰らいの悪食』


 カドゥケウスとシャルティナがやかましい。

 ライトは無視し、前を向いて手綱を握る。


「……常夏の国、ワイファか」


 夏の国ワイファまで、あと少し。


 ◇◇◇◇◇◇


 リンが起きる頃には昼も終わり、あと1時間もすれば夕方になる時間帯だった。

 ちょうどいい水場を見つけ、馬車を止める。


「もう、お昼は食べたの?」

「ええ、携帯食料で済ませましたわ」

「それじゃだめだよ。ちゃんと栄養ある物を食べないと」


 リンは、ライトにかまどの用意をさせ、マリアと一緒に薪を拾いに出た。

 ライトは適当にかまどを組み上げ、馬に水を与えてブラッシングしてやると、薪を集めたリンたちが戻り、さっそく調理が始まった。


「ライト、お願い」

「はいよ。カドゥケウス」


 ライトは『調理師』の祝福弾を装填し、リンに向かって放つ。

 

「よぉーし! 今日のメニューはカレーにしまぁぁす!!」

「り、リン?……ああ、調理師とやらの」


 昼間の会話は聞こえていたようだが、リンの変貌に驚くマリア。

 包丁さばきから肉野菜の炒め方まで豪快なリンの調理を眺めるマリア。

 そして、カレーは完成し3人で夕食にした。


「まぁ……美味しい!」

「ふふん、でしょ?」

「…………」


 ライトは無言でカレーを食べ、あっという間に完食。

 水を飲み干し、張ったテントに向かった。


「先に寝る。時間になったら起こしてくれ」

「ん、わかった」


 今日の野営はライトが担当する。

 リンは、美味しそうにカレーを頬張るマリアに聞いた。


「マリア、ライトと仲良くやれそう?」

「無理ですわ」


 即答だった。

 

「え、ええと……」

「わたしとあの方を一緒にしたのは、少しでも仲良くなってほしいからですわね? でも、わたしもあの方もそれを望んでいません。あれほどの殺し合いをした相手ですもの。残念ですが……」

「…………はぁ~」


 マリアは、とてもいい笑顔で答えてくれた。

 おそらく……いや、間違いなくライトも同じ意見だろう。

 断言できる。この二人が恋愛関係に発展することはありえない。仲良くおしゃべりしたり、ふざけあったりすることもありえない。

 でも、こうして旅をする仲間なのだ。多少の会話はあってほしい……。


「……マリア」

「はい?」

「…………」

「あら、ベッドのお誘いかしら?」

「ち、違うっ!!」


 自分にはこんなに可愛らしく微笑むのに。リンはそう思った。

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