第47話・ライトとマリア

「…………ぅ」


 身体が重く、熱に浮かされたような気怠さを感じるライト。

 ゆっくり目を開けると、布のような物が見えた。これは……ライトとたちの荷物にあった、テントだ。

 テントが組まれ、その下に寝かされているようだ。


「……あぁ、リン? あ……っ!! リン!!」


 ライトは、ようやく思考が追いついた。

 マリアと戦い勝利し、そのまま気を失ったのだ。

 怠い身体を無理やり起こして周囲を確認し……そして、気が付いた。


「な…………」


 ライトの隣には、マリアが寝かされていた。

 自分が殴り殺したつもりだったが、怪我らしい怪我はしていない。砕けた歯、折れ曲がった鼻、撃ち抜いた腹など、全てが治っている。こんなマネができるのは……。


「あ、起きた」

「リン、お前……なんでこいつを」


 リンだった。

 ライトに対する敵意はもう感じられない。


「……ほら、怪我は治ったけどまだ調子悪いんでしょ。今夕飯作ってるから休んで」

「質問に答えろ!! こいつに何されたか……待て、お前まさか、まだこいつに」

「それは大丈夫。ライト、その……色々とごめんなさい」

「……」


 頭を下げるリン。

 ライトには、それが正気なのかどうか判断できず、リンを見ることしかできない。

 すると、腰のホルスターに収まったカドゥケウスが言った。


『安心な相棒。リンの嬢ちゃんはマリアの支配から逃れてる』

「本当なのか……?」

『ああ。間違いない。なにせ、本人のお墨付きだ』

「……本人?」


 その意味は、すぐにわかった。


『安心なさい。リンの感情支配はすでに解いたわ。まさか第二階梯に目覚めるだけじゃなく、マリアを倒すなんてね……』


 リンの手にあった『歪な羽』から声が聞こえた。

 

『わたしたちの敗北よ。もう争うつもりはないわ』


 それは、マリアの持つ『大罪神器』、シャルティナの声だった。


 ◇◇◇◇◇◇

 

 リンは、眠るマリアに目を向ける。


「ライト、私……マリアを恨んでないわ」

「は? お前、ナニされたかわかってんのか? 身体を弄ばれて心を操られたんだぞ!?」

「っ……そ、そういうことは言わなくていいの!! っていうか女の子同士だし、ノーカンよノーカン!!」

「……のーかん? なんだそれ」

「と、とにかく!! 私はまだ処じょ……っじゃなくて!! 私はこの子を恨んでない。マリアはきっと……退屈で、寂しかっただけだと思うの」

「……意味がわからん」

「わからなくていいよ。でも……これ以上マリアを追い詰めないで。この子ともう、戦わないで」

「…………」


 すると、ライトの腰から声が。


『んなことより、第二階梯突破おめでとう、相棒!!』

「ん、ああ」

『…………反応薄いなぁ』

「そんなことよりカドゥケウス、大罪神器を集めるってことは、マリアを殺してお前が喰うのか?」

「なっ」


 リンが驚愕するがライトは無視し、カドゥケウスを抜いて眠るマリアに突き付ける。


『おいおい相棒、オレは死体に集るハエだがグルメだっつったろ? こんな不味そうなのは喰いたかねぇし、そもそも共食いはゴメンだね』

『ちょっと、不味そうってなによ失礼ね!!』

「あぁん? お前、大罪神器を集めろって言ったじゃねぇか」


 シャルティナの声を無視し、ライトはカドゥケウスに詰め寄る。


『集めろって言うのはオレが喰うってことじゃねぇ。使い手を集めて戦力を増強しろってことだ』

「……おい、まさか」

『そうだ。このマリアの嬢ちゃんを仲間にしろってこった。いくらオレでも勇者五人同時に相手しながら女神と戦う力はねぇ。大罪神器を集めろってのは、対等に戦えるだけの人数を揃えろってことだ』

「な……ふざけんな!! 勇者を殺すのは俺だ!! 他の奴の喰わせろって言うのかよ!!」

『その辺はおいおいな。オレだってこんなアホそうな大罪神器に関わりたかねぇよ。でも、女神を殺すにはどうしても【七つの大罪】が必要なんだ』

『おいカドゥケウス、誰がアホそうだってぇ?』

『おめーだよシャルティナ。ったく、久しぶりに会ったが変わってねぇ……オレらの目的も忘れて遊び呆けやがって』

『うっさいわね。別に女神なんざ放っておいてもいいでしょ? それに、あんたの目的はわかってるわ』

『ほぉ?』

「あーうるせぇ!! おいカドゥケウス!! 質問に答えろ!! 勇者を殺すのは俺の役目だ、大罪神器の力が必要ならお前が喰え、喰って力を付けろ!!」

『無茶言うなって。じゃあ聞くがよ相棒、おめーは豚の丸焼きと人間の丸焼きをを並べられたら、どっちに手を付ける? オレが人間の丸焼きを食えって言ったら相棒は喰うのかい? 内臓を掻きだして肉を貪って笑顔でいられるのかい?』

「…………」

『ちょっと、あたしを無視しないでよ。ねぇカドゥケウス、あんたの目的は……』





「ああもうみんな五月蠅い!! ちょっと静かにしてよ!!」





 リンが爆発し、ライトたちは静かになった。


「とにかく、マリアはもう戦えない。もしまた暴れるようなら、私とライト二人がかりで戦えばいい。この子の特性は理解したし、もう感情を支配されたりしない。それに、戦わなくてもライトなら勝てるよ」

「あ?……どういうことだ?」

「……シャルティナ」

『いいわよ言っても。どうせマリアの負けだし、犯されようが文句は言わないわ』


 頷き、首を傾げるライトにリンは耳打ちした。

 

「あのね……」

「……マジか?」

「うん。ライトと同じ、マリアもいろいろあったの。だから、許してあげて」

「それは無理だ。ついさっきまで殺し合いしてたんだぞ? こいつが眼を覚ましたら再開するかもな」

「それでも、許してあげて。お願い……」

「無理だ。でもまぁ、俺としても得る物のない戦いはしたくない、お前が上手く押さえるなら手は出さない。俺の標的はあくまで勇者だからな」

「……それでいいよ。ありがとう」

「いい。それに……こいつの弱点はわかった」


 すると、何かが焦げるような香りが……。


「あ!? フライパンのお肉やっばぁ!!」


 リンの視線の先には、大きなステーキ肉が黒焦げになっていた。


 ◇◇◇◇◇◇


 ようやく落ち着き、日も暮れ始めた頃……。


「ん……ぁ、ぅ」

『マリア、大丈夫?』

「ん……シャルティナ?」


 マリアが眼を覚まし、ゆっくりと起き上がった。

 いい匂いがしたと思ったその時。


「…………」

「なっ……お前!!」

「よう、イカレ女。飯でもどうだ?」


 フォークに刺さったステーキ肉を豪快に齧るライトがいた。

 すぐ隣、触れあう距離に座ったライト。無防備にもほどがある。


「ふふ、どうやら続きがしたいのかしら? 第二階梯に目覚めたようだけどもう油断しないわ。最初から殺すつもりでお相手してあげる!!」

「…………へっ、雑魚が。今度は腹じゃなくて顔面に穴を空けてやろうか? まぁ無理だろうけどな」

「あらお上手。不意打ちはもう喰らわないわよ?」


 互いに触れあう距離で殺気を放つライトとマリア。

 一触即発の空気。戦いの再開。殺し合いの再開……そう思われた。

 だが、一枚上手なのはライトだった。


「バーカ……」


 ライトは、マリアの手をがっしりと掴んだ。

 細くしなやかでスベスベした女の手。戦いを知らない女の子の手だった。

 もちろん、ライトはマリアの手が細くしなやかなので握ったわけじゃない。





「ひっっぎぁがぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーっ!? ああっぐっぎぃぃぃぃぃぃぃぃっ!! はな、はなっせぇやっがぁぁぁぁぁっっ!?」





 マリアは、血を吐くような叫びを上げながら身体をよじった。

 だが、ライトはニヤニヤしたまま手を離さない。


「はははははっ!! まさかお前の誓約が『男に触れることができない』とはな……苦しめ苦しめ、ザマァみやがれ」


 ライトは、もう負ける気がしなかった。

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