第46話・勝つためなら壊れていい

 マリアとリンは、馬車に荷物を積み込み出発の準備をした。

 全ての準備が整い、あとは出発するだけとなる。


「シャルティナ」

『ええ』


 マリアは、シャルティナに命じる。

 人の心と感情を操る手順は至極簡単。『百足鱗ムカデウロコ』で傷を付けるだけ。いくつか誓約があるが、この領主邸と町の重役数名には感情を操る処置は完了していた。


「わたしが存在したという記憶を極限まで薄めて。ついでに金庫の中身が消えたこともね」

『はいはい。ふふ、悪い子ねぇ』

「いいの。お金がなければ楽しい生活はできないわ」


 マリアは、馬車のチェックをするリンの元へ。

 

「リン、準備ができたら出発しましょ」

「うん。目的は海の見える町、だね」

「ええ。お金はたっぷりあるし、別荘でも買って暮らしましょう」

「うん!」


 マリアの所持金は、白金貨数千枚ほどある。

 これまで巡った町の領主たちから巻き上げたお金で、少し特殊な方法で収納してある。

 白金貨100枚もあれば立派な別荘が買える。しばらくは、リンと一緒に静かに暮らすのも悪くない。


「ふふ、楽しいわね」

「うん。そうだね」


 リンはマリアに笑顔で頷く。


「…………ふふ」


 だが、マリアの心が明るくなることはない。

 どんなに今が楽しくても、マリアが欲しいものは永久に手に入らない。

 こうして女の子を愛する行為も、現実から目を背けて快楽に身を委ねているだけだ。

 それはマリアもよくわかっている。でも……ほかにやることなどないのだ。

 

「……そういえばシャルティナ。【暴食】の人は?」

『さぁ? カドゥケウスのやつならあたしらを後回しにして、他のところへ行くように提案するんじゃない?』

「ふぅん……まぁ、来たところで、あの程度なら返り討ちにできるし、気にしなくてもいいわよね」

『そうね。いいマリア、大罪神器は並みのギフトより強力よ。しかもあなたは第三階梯まで発現させた。あなたに勝てるのは同じ大罪神器くらい』

「ええ。わかってる。ふふ、もっと楽しいことして遊びましょ!」


 マリアは、歪んだ笑みを浮かべる。

 欲しいものはもう手に入らない。なら……楽しむしかない。

 好きなことをして、やりたいことをやって、可愛い子をそばに置いて。欲しいものを上回る幸福を見つければいい。


「シャルティナ、あなたに出会えてよかったわ」

『わたしもよ、マリア』


 マリアの大切な物を奪ったシャルティナは、可愛らしい声で同意した。


 ◇◇◇◇◇◇


 リィアの町を出発したマリアとリンは、楽しくおしゃべりしていた。

 手綱を握るのはリンで、マリアはその隣に座っている。

 森の中を走っているが、薄暗く少し不気味だ。


「ねぇマリア、マリアもライトと同じ大罪神器の持ち主なの?」

「ええ。シャルティナって言うのよ。ほら、ご挨拶」


 すると、マリアの手にナイフ程度の大きさの『羽』が一枚現れる。ナイフにしては鋭利すぎ、羽にしては形がゆがんでいた。


『初めましてお嬢ちゃん。あたしはシャルティナよ』

「はじめまして。よろしくね」

『あーら、怖がらないとはねぇ』

「まぁ、喋るギフトは二つ目だし……」


 リンは、マリアを愛してライトを憎んでいること以外、普段のリンと変わらない。

 記憶も経験も、ライトと旅をしたときのままだ。

 だから……。


「ねぇリン、ライトだったかしら? 一緒に旅をしたのよね?」

「うん。ファーレン王国から一緒に旅をしたわ。あいつ、復讐のために戦うって言って……」

「復讐?」

「うん。あいつ、目の前で親友と両親を殺されたの。しかも殺したのが魔刃王を倒した聖剣勇者たち!」

「まぁ……」

「それ以来、復讐に駆られて余裕ない感じ。今頃、一人でドラゴンと戦ってるんじゃない?」

「ふふ、なにそれっごぶっ」






 突如、マリアが吐血した。






「え?」

「は……? あつっ」






 マリアのお腹に、小さな穴が開いていた。

 穴は指が入るくらいだろうか。じわじわと血が滲んでいく。

 何が起きたか、マリアもリンもわからなかった。


『マリア!!』


 シャルティナが叫ぶ。

 だが、もう遅かった。






『ケーーーーーーッケケケケケケケケッ!!』






 バカみたいな叫びが聞こえ、現れた。

 左腕を伸ばして枝に掴まり、まるでターザンのように正面から来る少年が。

 右手に構えた銃でマリアを撃ち抜き、未だに硬直するリンに向けて『硬化』の祝福弾を放ち、揺れた勢いのままマリア目掛けて突っ込んでくる少年が。






「オォォォォォォッっらぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」






 ベッギャァァァァァァッッ!! と、マリアの顔面にライトの右拳が突き刺さる。

 マリアは御者席から吹っ飛び、地面に叩き付けられてゴロゴロ転がり、近くに岩に激突してようやく止まった。


『ケーーーーーーッッケケケケケケケ!! ああ相棒、おめーは最高だぜ!! まさかのまさか、待ち伏せして不意打ちするなんてよぉぉぉぉ!! 元騎士のくせに外道!! 女の顔を遠慮なくぶん殴る外道だぜ相棒ぉぉぉぉぉぉっ!!』


 カドゥケウスは歓喜していた。

 まさか、勝ち目のない戦いに挑むのかと思ったが、ライトは奇襲を提案した。

 騎士時代、潜伏訓練や夜間行動訓練はこなした。ギフトが使えないぶん、いろいろな分野に手を出したのが幸いした。

 リンとマリアが町を抜け出し、海の見える町に行くと影で聞いていたライトは、ワイファ王国へ続くこの森で待ち伏せし、無防備になった瞬間を狙って奇襲をかけたのである。


「ら、いと……」

「悪いなリン。あいつをブッ殺してお前の感情を取り戻す。待ってろ」


 と、リンに目を向けた瞬間だった。


『相棒!!』

「────────っ!!」


 ライトは横っ飛びし、『百足鱗ムカデウロコ』を回避した。

 ほんの少し先では、鼻が折れ血走った目を向けるマリアがいた。


「お、まえ゛……おま゛え゛ぇぇぇぇぇあぁぁぁっ!!」

「うるっせぇぇぇぇぇっ!! 装填ぇぇぇぇんっ!!」


 左手で石を拾い装填。カドゥケウスをマリアに向ける。

 マリアは、全身に百足鱗を巻き付かせ、異形の姿に変異した。


『相棒、第三階梯だ!!』

「それがどぉぉぉしたぁぁぁぁっ!!」

『……うわあ、プッツンしてるよ』


 ライトは、もう逃げない。

 一度逃げたから、もう一度逃げたらきっと勝てない。

 

「勝つ、どんなことをしても!!」

『おぉう……すっげぇ』

「こいつに勝てばリリカを、セエレを殺せる!! アンジェラもアルシェも、みんなを殺したクソどもを殺せる!! 勇者レイジをグチャグチャに殺せる!! なぁそうだろカドゥケウスぅぅぅぅっ!!」


 ライトの理論は破綻していた。

 アドレナリンがドバドバ出ているのか、笑みを浮かべている。

 カドゥケウスは、狂い始めたライトを見て喜んでいた。


『いいぜ、いいぜ相棒!! 今のおめーはかっこいいぜぇぇぇっ!!』

「はははははははっ!! ありがとよカドゥケウスぅぅぅぅぅぅっ!!」

「この餓鬼ガァァァァッ!!」


 異形の姿になったマリアは突撃槍となった百足鱗を構え突進する。

 まるで鎧騎士。抱きしめられただけで肉は裂けるだろう。


「オォォォォォォッ!!」


 ライトは身体能力を強化し、突撃槍を躱す。

 そして、気が付いた。


「そうだ……やっぱりこいつ、槍に関しちゃ素人以下だ!!」


 振り回される槍の軌道を見切るのは容易かった。

 ただ、振り回すだけ。しかも全ての百足鱗を鎧の形成に回したから、攻撃手段がこの突撃槍しかない。


「この、っくっぉ!! っがあぁつ!!」


 マリアは怒りで視野が狭くなっていた。

 そう、いくら大罪神器を第三階梯まで進化させても、マリアは戦闘訓練など受けていない。

 曲がりなりにも騎士としての鍛錬を受けたライトは、マリアの動きを見切り始めていた。

 あとは、チャンスさえあれば。


『ケーーーーーーッケケケケケケケケッ!! 相棒、いい知らせだ!!』

「んだよっ!!」

『認めてやる』

「あ!?」

『相棒。今回の相棒は外道で下衆だ。でも、そんな相棒にオレは惚れたぜ』

「……」

『相棒、もっともっと狂おうぜ。楽しくいこうぜ!!』

「……おう」

『美味いモン喰わせてくれるか?』

「おう」

『オレの言うとおりにしてくれるか?』

「……たまになら」

『これからもオレを使い続けるか?』

「当然」

『なら……派手に行こうぜ!!』

「おう!!」


 マリアの突撃槍が振り下ろされる。

まさか槍を剣のように振るとはと呆れたライト。

バックステップで距離を取り、カドゥケウスを突き付けた。






『さぁさぁ見ろ!! こいつが喰銃カドゥケウス様の第二階梯だぁぁぁっ!!』

「コン、バージョオォォンッ!!」






 右手に装備したカドゥケウスが変化する。

 砲身が増え、丸い筒のように変化する。それが四門集まり、巨大な黒い箱のような物に接続された。

 箱には持ち手と引金、そして取っ手が増設され、最初の拳銃形態とは大きさも形もかけ離れていた。

 未だ動けぬリンが、呟いた。


「が、『回転式機関銃ガトリングガン』……!?」


 ライトは叫ぶ。




「大罪神器【暴食】第二階梯!! 『大飯喰らいガトリング・オブ・バアル・ゼブル』!!」




 ライトは、ガトリングガンをマリアに向け、引き金を引いた。


「ブッッ潰れろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!」

「舐めるなァァァァァァァァァァァァァァッ!!」


 とんでもない量の銃弾が吐き出され、マリアの鎧を直撃する。


「ッッ!?!?」

『やばい、逃げなさいマリア!!』


 銃弾はマリアの鎧を砕き、削る。

 

「あぁぁぁぁぁぁシャルティナァァァァァァァァァァァァァァッ!! 防御ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」


 突撃槍が分離し、身体を覆う鎧も解除され、盾だけが残り残りの百足鱗が絡みつき強化されている。

 だが、ライトのガトリングガンは止まらない。

 衝撃と振動で腕に猛烈な負担がかかり、皮膚が裂けて血が噴き出す。だがライトは止まらない。


「がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

「うぎぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!」


 耐えるライト。耐えるマリア。

 だが、マリアの盾は耐えきれず、ライトの腕も破壊された。

 マリアの盾が砕け散り、マリアは勢いで吹っ飛ばされる。


「ぎぃっぁぁぁぁぁぁっ!? ご、ごのやろぉぉぉぉぉぁぁぁ……あ!?」


 転がったマリアの目の前に、ボロボロの右腕を握りしめたライトがいた。

 ライトは、まだあきらめていない。ガトリングガンを投げ捨て、己の拳を握りしめてマリアの元へ。


「しょぉぉぉぉぉきぃぃぃぃぃぃっ!! だぁぁぁぁぁぁらぁぁーーーーーっ!!」


 ライト渾身の右拳が、マリアの顔面に突き刺さる。

 鼻が砕け、頬骨と前歯が砕け散り、マリアは殴られた衝撃で回転して地面に叩き付けられた。

 そして、そのままピクピク痙攣し、気を失った。


「は、はは……ははは、はははははっ!! 俺の勝ち……だ」


 ライトも限界を超え、その場で気を失った。






 こうして、何も得る物のない戦いは、相打ちで終わった。

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