第42話・甘く美しい
領主の館に案内されたライトは、客間で紅茶を啜っていた。
品の良い紅茶なのは間違いない。紅茶は奥が深いというが、知識のないライトにはこれが上等な紅茶としかわからない。
しばし、紅茶を楽しんでいると、客間のドアが開き、両手を広げた男が笑顔でやってきた。
「やぁやぁ遅れて申し訳ない。王国からの使者よ!」
「いえ。早速ですがお伝えしなくてはならないことが」
「ほぉほぉ! はっはっは、まずは紅茶のお代わりが先かな? おーい誰か、紅茶のお代わりととびっきりのケーキを頼むぞ!」
「…………」
なんというか、このノリは苦手だった。
レグルスがいればなぁと思うが、ポケットにある『硬化』の祝福弾には何の効果もない。
こっそりため息を吐き、紅茶のお代わりが注がれ、ケーキが運ばれてきた。
「ははははは、我が家自慢の紅茶とケーキの味はいかがかな?」
「お、おいしいです」
領主は紅茶を啜り、キラキラした笑顔をライトに向ける。
ライトは困惑しながらケーキを完食し、おかわりが来る前に書状と紋章を取り出した。
「まず、こちらの書状をお納めください。ワイファ王国からの正式な書状です」
「うむうむ。確かに受け取った!」
「それと、実は私は王国の使者ではなく、書状運搬を行っていた騎士団に雇われた者です。この紋章がその証」
「ほほう! はっはっは、確かにこれはワイファ王国の紋章! なるほどなるほど、では書状を受け取った証として一筆したためねばな! ささ、書くまでケーキのおかわりでも!」
「…………い、いただきます」
渋い顔を隠そうとせず、甘ったるいケーキがライトの皿の上に置かれる。
というか、メイドにしてもこの領主にしても、どうしてこんなに楽しそうなのか。
このケーキを食べたら、しばらく甘い物は食べないと誓うライト。
「ふんふんふ~ん♪ よしできた! さぁさぁこの書状をワイファ王国に届けてくれ! よろしく頼むぞわっはっは!」
「は、はい。その……ありがとうございます」
「うむ! お、そうだ、よかったら夕食でも如何かね? 客人とあらばうちの娘も喜ぶだろう!」
「え、ああ、その……実は、御息女には自分の仲間が付いておりまして」
「ほほう!」
ライトは、リンがマリアに誘われてお茶をしていると言う。すると領主はガッハッハと笑った。
「なるほどなぁ! どうやら娘は新しい友達ができて嬉しいようだ!!」
「そ、そうですか……」
「うんうん。よーしよし、今夜は晩餐会を開こうじゃないか! わっはっは!」
「…………」
どうやら、ここに泊まることになりそうだ。
◇◇◇◇◇◇
宿泊している宿の名前を伝えると、あっという間に馬車と荷物が領主邸に到着し、宿よりもいい部屋をあてがわれた。
ライトは、1人でベッドに横になっていた。
「……そういえば、リンはまだお茶飲んでるのかな」
『放っとけよ。晩メシになりゃ会えるだろ』
「だな……ふぁ」
『眠いのか、相棒?』
「ああ、ケーキと紅茶のせいで腹がパンパンだ。なぁ、『強化』で消化能力も強化できると思うか?」
『そんな考えに至るのは相棒くらいだぜ。まぁできると思うけどよ……アホらしいぞ』
「……冗談だよ」
ライトはベッドから起き上がった。
『どこ行くんだ?』
「トイレ。お前は着いてこなくていい」
『へいへい』
部屋から出て、トイレで用を足す。
大きな屋敷で廊下も立派だ。飾ってある花瓶一つで金貨数枚はするだろう。
すると……。
「あ、リン」
「あら、ライト」
ドレスを着たリンが、マリアと一緒に歩いていた。
いつの間に着替えたのか……間違いなくマリアのドレスだろう。薄いブルーを基調とした、背中が大胆に露出しているドレスだった。リンの細くしなやかな肢体によく似合っている。
薄い化粧やアクセサリーも身に付け、どこぞの貴族令嬢にも見える。
リンもだが、ライトは領主の娘であるマリアに頭を下げた。
「初めまして、ライトと申します。仲間のリンがご迷惑をお掛けしていないでしょうか」
「ええ。問題ないわ。それよりリン、夕飯まで時間があるわ。庭園を散歩しましょう」
「いいわよ。じゃあ行きましょうか」
「…………」
2人は、さっさと行ってしまった。
「…………まぁ、いいか」
少しだけ違和感を感じつつ、ライトは部屋に戻った。
◇◇◇◇◇◇
晩餐会。
豪華な料理が並び、領主とマリア、ライトとリンは食事を楽しんだ。
楽しんだと言っても、ひたすら笑っているだけだったが……。
「ねぇリン、この家には大きな浴場があるの。一緒に入りましょう!」
「わぁ、いいわね! ぜひご一緒したいわ!」
「はーっはっはっは! もう仲良くなったのかね? まるで十年来の友人ではないか!」
「うふふ、わたしとリンは仲良しなのよ? ねぇリン」
「ええ、そうねマリア」
「…………」
紅茶を啜り、ライトはリンを見る。
だが、リンはライトを見ずに、マリアと楽しくお喋りをしていた。
「…………」
何故か、強烈な疎外感を感じていた。
◇◇◇◇◇◇
ライトも湯をいただき、部屋へ戻ってきた。
カドゥケウスは机の上に置きっぱなしで、ライトが戻るとケケケと嗤う。
「はぁ~……」
『おい、どうしたよ相棒?』
「いや……なーんか気持ち悪いというか、不気味というか」
『ん……確かにな』
「……お前にわかるのかよ」
『さーな。でも……なんつーか、この町は気持ち悪い』
「…………」
カドゥケウスの言う通り、この町は気持ち悪かった。
笑顔の町と言うのはわかる。住人だけじゃなく、門兵やメイド、領主、旅の冒険者、商人……全てが上っ面のような笑顔を張り付けて笑いかけてくる。
『……相棒、悪い事は言わねぇ、明日にでもこの町を出ろ』
「そのつもりだ。どうもここは慣れない……」
『リンの嬢ちゃんにも話した方がいい。部屋はわかるか?』
「ああ、そうだな。行ってくる」
『待て待て。オレも連れてけ、相棒だけじゃ不安だ』
「別にいいだろ、子供じゃあるまいし」
『いいからいいから』
「……はぁ」
ライトはカドゥケウスを掴み、ホルスターへ入れる。
そのまま部屋を出て、リンの部屋へ向かった。
「うわ、真っ暗だな」
廊下は真っ暗で、窓の外の月明かりが差し込むだけだった。
ランプでも借りようかと思ったが……屋敷は、不気味なほど静まりかえっていた。
「……ええと、確か三階だったな」
ライトは、騎士時代に夜間訓練も経験している。
暗闇の中で移動することも多々あり、月明かり程度の光があれば夜目も利く。
三階の階段を見つけ、音を立てないように登り、リンの部屋を探した。
「確か、角部屋だっけ」
窓がいくつか開いたままで、カーテンが揺れていた。
月明かりが眩しく、星も瞬いている。
今夜はいい夜空だと思い、ライトはリンの部屋の前へ―――――――――。
「―――――――――あ、ん……」
「ああ、綺麗よリン―――――――――」
そんな、甘い声が聞こえてきた。
◇◇◇◇◇◇
「…………」
ライトは、部屋の前で硬直していた。
まさか女同士で?……そう思い、ノックしようと上げた手をゆっくり下ろす。
でも、リンがそういう趣味だったことに驚いた。
「…………」
ライトは、小さく息を『避けろ相棒!!!』
「―――――――――ッッ!!」
ライトは反射的に横っ飛びした。
同時に、部屋のドアから得体の知れない『モノ』が飛び出してきた。
「―――――――――なっ、なんだ、これ」
ドアの中央から、何かが飛び出していた。
それは、『鋭利な羽』のように見えた。
鋭利な羽の1枚1枚は20センチ程度。だが、それらが無数に集まり、まるで『ムカデ』のような、鋭利な刃物の『尾』のような、ビチビチと生物のようにしなっている。
そして、『鋭利な刃物のようなムカデの尾』が引っ込むと、部屋から声が聞こえてきた。
「―――――――――わたしの楽しい時間を邪魔するのは誰かしら?」
それは、裸体にシーツを巻いただけの少女……マリア。
「な……なんだ、おまえ」
マリアは、明らかに『異常』だった。
何故なら、背中から『鋭利な刃物のようなムカデの尾』が生えていた。しかも2本。
その尾は、生物のようにビチビチとしなっている。
そして、聞こえた。
『あぁぁらぁぁぁっ♪ 懐かしいわねぇぇぇん♪』
『…………チッ、まさかオメーだったとはな』
カドゥケウスが、忌々しそうに言う。
今の声は一体なんだと、ライトは思う。
「か、カドゥケウス……?」
『……逃げろ、相棒』
「あらアナタ? もしかして……お仲間かしら?」
『そうよマリア。あの子は貴女のお仲間、大罪神器【暴食】の子よ』
ライトは、無意識に一歩下がっていた。
ドス黒い何かが、リリカやセエレを上回るナニカが、マリアから発せられている。
「でも……男よ? 生きる価値がない男」
『そうね。どうする? どうしちゃう?』
「わたしと同じなら生かしてもいいと思ったけどダメね。わたしとリンの甘いひとときを邪魔した『大罪』は決して消えない」
『じゃあ、どうする?』
「うふふ、決まってるじゃない」
マリアの背から生える『鋭利な刃物のようなムカデ』が、ビチビチとのたうち回る。
まるで、マリアの意志で動いてるような。
「ここで消えちゃって♪」
『バイバイ、カドゥケウス♪』
謎の少女マリア。
大罪神器【色欲】・
得る物のない戦いが、始まった。
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