第43話・大罪神器【色欲】シャルティナ・ラスト・ロンド


『逃げろ相棒!! 今の相棒じゃこいつには勝てねぇ!!』


 カドゥケウスが叫ぶと同時に、巨大な『鋭利な刃物のようなムカデの尾』が、ライトめがけて襲い掛かってきた。

 触れるだけで肉を引き裂くようなモノ。これは武器と呼べるのだろうか?


「っく……カドゥケウス!!」

『バカ野郎!! 逃げろっつってんだろうが!!』

「んなことできるか、リン!! おいリン!!」


 ライトは横っ飛びで『鋭利な刃物のようなムカデの尾』を躱し、カドゥケウスを抜いて叫んだ。

 だが、リンは出てこない。

 それと同時に、マリアは怖いくらい歪んだ笑みを見せつける。


「無駄無駄。リンは起きないわ。だって……さっきまで愛し合っていたんですもの♪」

「この、サイコ野郎が……っ!! 装填!!」


 ライトは壁に飾ってあった鎧騎士を摑み、弾丸を精製する。

 そのままマリアに向かい、心臓と頭を狙って撃ちまくる。


「────────ッチ!!」


 だが、弾丸は『鋭利な刃物のようなムカデの尾』にあっさり弾かれる。

 まるで生きてるような尾。しかも鋭利で触れるだけで引き裂かれる。しかも尾は二本。しかもリンの安否が不明。しかもしかもしかも。


『相棒、逃げろ!! マジで死ぬぞ!!』

「リンを置いていけるかよ!! 装填!!」


 近くの燭台を掴んで銃弾を補充し────────。


「おやおや? 何事かな?」

「え……りょ、領主殿!? ッチ、ここは危ない、逃げて下さい!!」


 背後から、ランプを持ったメイド数名と、高価そうな寝間着を着た領主が現れた。

 目の前には裸体をシーツで隠したマリア。だがこの異形は人間ではありえない。

 とにかく領主を守ろうと背を向け────────。


「あっはっは!! まったく、こんな夜中にヤンチャじゃないか!! 結構結構!!」


 思わず、ライトは振り返った。

 領主は高らかに笑い、メイドたちもゲラゲラ笑っている。

 

「あっははははははははははははははははははははははは!!」

「うっふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ!!」

「おほほほほほほほほほほほほほほほほほほほほほほほほ!!」


 こんな夜中に、異形を目の前にしてこんなに笑えるのか?

 否、まともな人間じゃない。


「ふふふ、うふふふふ。ねぇねぇ、どうしたの?」

「……お前、この人たちに何をした」

「さぁ……なんでしょう?」


 『鋭利な刃物のようなムカデの尾』が、二本同時にライトを狙う。

 ライトはギリギリで軌道を見極め、なんとか回避する。騎士時代はギフトが使えず剣術と身体能力のみで戦ってきた、この程度の攻撃なら避けられる。

 だが、地形が悪い。

 

「くっそ、こんな狭い通路じゃ避けきれない!!」

『だから逃げろ!! 相棒じゃ絶対に勝てない理由があるんだよ!!』


 カドゥケウスを無視し、ライトは銃を構える。

 背後の領主は無視。狂ったように笑うだけで害はないと判断した。


「リン!! おいリン!!」

「もう、あなたリンの恋人なの? でもね、今はわたしの物。残念だけどお引き取り願おうかしら」

「ふざけんな、リンを返せ!!」

「ん~……いいわよ? でも、リンがそれを望めば、だけどね」

「なに……?」


 すると、部屋の奥から、一糸纏わぬリンが現れた。

 目を逸らすことも考えたが、一瞬でその考えは消える。なぜならリンは手に刀を装備していたからである。


「り、リン? お、おい」

「────────食べた」

「……え」


 リンの瞳は、邪悪に歪んでいた。

 まるで……勇者レイジと対峙したライトのような瞳だ。


「食べた、食べた、食べた……ライトは食べた」

「そうよリン。あいつは……あなたの大事な物を食べたの。どう?」

「ゆるせない、ゆるせない、ゆるせない……」

「お、おい、リン?」


 リンは、まるで呪詛のように呟く。


「ゆるせない、ゆるせない、ゆるせない、ゆるせない、ゆるせない、ゆるせない、ゆるせない、ゆるせない、ゆるせない、ゆるせない、ゆるせない、ゆるせない、ゆるせない、ゆるせない、ゆるせない、ゆるせない、ゆるせない、ゆるせない」


 その姿に、ライトは怖気を感じた。

 咄嗟にカドゥケウスを構えた瞬間────────。


「アク・エッジィィィィィッ!!」


 水の刃が、ライトめがけて飛んできた。


 ◇◇◇◇◇◇

 

「うっぉぉぉぉぉぉぉっ!?」


 水の刃をギリギリで躱したライト。

 刃は屋敷の壁を破壊し、反対側の庭まで飛んで行った。


「おいリン、ふざけんな!! 俺を殺す気か!!」

「そうよ、死ね」

「なっ、きょ、強化!!」


 羞恥も忘れ、リンはライトめがけて駆け出した。

 ライトは反射的に『強化』を自分に撃ちこみ、身体能力を向上させる。

 そして、振るわれた刃をカドゥケウスで受け止めた。


『イッデェェェっ!? ちょ、相棒痛い、痛い痛い!!』

「我慢しろ!!」


 リンの刀をカドゥケウスの砲身で受け止め、流す。

 強化された身体能力ですらリンと互角。受け止めるのがやっとの状況だ。

 完全に正気を失っているとしか見えない。


「ゆるせない、ゆるせない、ゆるせない、ゆるせない、ゆるせない、ゆるせない、ゆるせない、ゆるせない、ゆるせない、ゆるせない、ゆるせない、ゆるせない、ゆるせない、ゆるせない、ゆるせない、ゆるせない、ゆるせない、ゆるせない!!」

「っぐ、な、なにがだよ!! この、バカ!!」


 自分は、こんなにも恨まれていたのかとショックを受ける。

 そして、互いの距離が開いた。


「私のクッキー、最後の一枚を食べた!! ゆるせない、ゆるせない!!」

「……は?」

「リズ・ニードル!!」


 氷の槍が何本も飛来し、ライトは破壊された隣の部屋に飛び込んだ。

 もう、わけがわからない。


「く、クッキーって、昼間のやつか? なんでそんなことで」

「最後の一枚はね……誰にもあげることはできない宝なの!! それをあなたは踏みにじった!!」

「え……」

「だから殺す。死をもって償えぇぇぇぇっ!!」


 リンは本気だった。

 たかがクッキーでここまで変わるのか。

 違う。全ての元凶は……あそこで嗤っている女、マリアだ。


「テメェのせいかぁぁぁぁっ!!」

「あははははははっ!!」


 ライトは『硬化』の祝福弾を装填する。


「アク・エッ」

「悪いっ!!」


 魔術の行使と同時に祝福弾を発射。リンの伸ばした手に命中し、リンの身体は完全に硬直した。

 だが、数分しか持たない。


「お前が元凶ならお前を殺せばぁぁぁぁぁっ!!」

「あははははははっ、あっはははははははは!!」


 ライトは『液状化』の祝福弾を装填し発射。マリアの身体を守るように『鋭利な刃物のようなムカデの尾』は展開、ドロリと尾は溶けた……が。


「無駄無駄。先っぽが消えた程度で止まらない。というか、この『鱗百足ウロコムカデ』は無数の羽の集合体なの」

「チッ!! なら、本体のテメェを狙えば!!」

「んふっ♪」


 強化は間もなく解ける。その間に決めようと踏み込み────────。


『バカ!! 罠だ相棒!!』

「え────────」


 床から飛び出してきた『三本目』の尾が、ライトの胸を抉った。


 ◇◇◇◇◇◇


「ぐっ、うぅぅ……が、あぁぁぁっ!!」


 ボタボタと血が流れ、ライトは床に這いつくばる。

 

「あっはははははははっははははははははははははははは!! 大丈夫かね? 血がいっぱい出ておるぞ!? あっはははははははっははははははははははははははは!!」

「おっほほほほ!! おっほほほほ、おほほほほほほほほほほほほほほほほほほほほほほほ!!」

「うひ、うひひひほっほほほほほほっふふっふ!!」


 領主とメイドが狂ったように笑っている。

 そして、マリアに寄り添うリンは、マリアから熱い口付けを受けていた。


『なぁるほど……ねぇカドゥケウス。もしかして【第二階梯】すら発現していないのかしらん?』

『…………見ての通りさ』


 カドゥケウスが、相手の大罪と何かを喋っている。

 ライトはなんとか身体を起こし、マリアを睨みつける。


「ふふ、虫唾の走る眼♪ ねぇシャルティナ、どうしよう?」

『相手は第二階梯すら発現していないルーキーよ。せっかくだし見せてあげたら?』

「んふ、そうね……少しだけ見せてあげようかしら」


 すると、『鋭利な刃物のようなムカデの尾』に変化があった。

 

『チッ、もういいだろ相棒!! 逃げねぇと死ぬぞ!!』

「ぐ……で、でも」

『おめーがしたいのはなんだ!? ここで命を懸けて戦うことじゃねぇ!! おめーは復讐のために戦うんだろうが!! 今は逃げろ、逃げろ!!』

「っっぐ……」


 まず、右腕に『鋭利な刃物のようなムカデの尾』が巻き付き、螺旋を描く。まるで右腕そのものが『突撃槍ランス』になった。

 左腕に巻き付いた『鋭利な刃物のようなムカデの尾』は、蜷局を巻くように円形になる。まるで『円形盾ラウンドシールド』のように。

 三本目は、身体に巻き付く。まるで鎧を形成するかのように。

 

「あ……あ……」


 マリアは、ライトの目の前で『変身』した。

 『鋭利な刃物のようなムカデの尾』が、まるで全身鎧のように変化した。


「大罪神器【色欲】第三階梯・『純潔なる茨の乙女プリンセス・オブ・アスモデウス』……」

『相棒!! 逃げろ!!』


 得体の知れない化け物に変身したマリアは、巨大なランスをライトに突き付ける。


「これが第三階梯。ふふふ……」

「はぁ、はぁ……」


 ライトの心は折れかけていた。

 勝ち目がない。死ぬ。復讐が、旅が終わる。


「う、あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


 ライトは瞬間的に『浮遊』の祝福弾を装填し、自らに向けて放つ。

 身体が淡い紫に発光し、窓をブチ破って外へ飛び出した。


「あっははははははははははははははははははははははっ!! ばいばぁぁぁいっ!!」


 マリアの声が聞こえなくなるまで、ライトはひたすら飛び続けた。


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