第34話・リンの依頼

 ライトとリンは、騎士隊長ハワードの言っていた町に到着した。

 ファーレン王国ほどではないがなかなか活気のある街で、往来はとても騒がしい。

 道路で露店を構えたり、木の棒を持って剣士ごっこをしている子供、グループで町を練り歩く集団と、見ていて飽きない光景だ。


「ここに来たことあるか?」

「ええと……見覚えはあるわね。立ち寄ってすぐに出ちゃったかなぁ」

「とりあえず、宿を取るか。ハワード騎士に甘えて、いい部屋にしよう」

「うん。私、お風呂入りたい。それにこれだけ大きい街なら、鍛冶屋くらいありそう。いい素材もあるし、私の望む剣を打ってくれるはず」

「なんだお前、鍛冶の心得でもあるのか?」

「ううん、でも、構想ならあるよ」

「……ふ~ん」


 よくわからないので、ライトは口出しをやめた。

 馬車を走らせること数十分。町の中央辺りまで来た。


「高級宿ってのは、だいたいが町の中心にあるもんだ」

「あ、見てあれ、あの高い建物」

「おお……うん、あれは宿だな。行くか」

「うん!」


 リンはご機嫌だった。

 宿の前には従業員らしき男性がいて、話を聞くとこの建物は宿で間違いないようだ。

 泊る旨を伝え、チップを支払い馬車を任せて宿の中へ。

 受付で金貨10枚を支払い、最上階の部屋を借りた。


「一泊一名金貨一枚で、五日分の支払いか……金貨十枚が吹っ飛んだ」

「まぁまぁ、いいじゃない。こんないい部屋に泊れるんだから」


 部屋は広く、ベッドも大きい。

 調度品や家具も高価な物で間違いない。夕食や朝食は専用の個室で食べられるという充実ぶりだ。

 ライトも、こんな部屋は見たことがない。

 バルコニーのドアを開けて外へ出ると、町が一望できた。


「すっげぇ……いい街だな」

『相棒相棒、オレ腹減ったぜぇ~……新鮮な死体を喰わせてくれよぉ』

「うるさい。そう簡単に死体なんて食えるわけないだろ」


 ライトはカドゥケウスのグリップを手で掴む。すると右目がジュワッと疼き、視界が広まった。

 カドゥケウスを掴むことで発動する能力・『ベルゼブブの眼』である。


「お、こりゃいいな……町がよく見える」


 もう一度町を覗くと、歩く人や建物の看板の文字もよく見える。

 面白いので、ライトはしばらく町を見ていた。


「パン屋、武器屋、鍛冶屋、防具屋、八百屋、宿屋、道具屋……お、ギルドか。冒険者ギルド、商業ギルド、錬金ギルドに……」


 先ほどすれ違ったグループは、冒険者だろう。

 騎士だったころレグルスが言っていた。『金と仕事がなければとりあえず冒険者になれ』と。冒険者なら日銭を稼ぐくらいはできるし、一攫千金も夢じゃない、と。


「一攫千金かぁ……冒険者になる前にドラゴン退治して、相場の五倍支払うって話聞いたら、お前はどう思うよ?」


 ライトの手には、『硬化』の祝福弾がある。

 

『相棒、惨めだからやめとけ。それはただのギフト、おめーの友達じゃねぇよ』

「…………やかましい」


 ライトは弾丸を握りしめ、晴れ渡る空を見上げた。


 ◇◇◇◇◇◇


 部屋に戻ると、リンがいなかった。

 着替えや下着の洗濯、馬の世話は宿に任せ、財布などはこの部屋にある。どこかへ出かけたのなら一言あるはずだし、そもそもお金を入れていたバッグはベッドの上にあった。

 すると。


『ふんふんふ~ん♪』


 機嫌のよさそうな鼻歌が、ドアを隔てた向こう側から聞こえてきた。

 

「なんだ、風呂か……そういえば入りたがってたしな」


 ライトはベッドサイドの椅子に座る。

 リンが上がったら自分もシャワーでも浴びよう、そう考えたライトはガンベルトを外してカドゥケウスをテーブルに置く。


『相棒。ドラゴンのおかげでしばらく金には苦労しなさそうだ。本格的に弾丸を集めることを考えとけよ』

「…………」

『ったくヘタレ野郎が。いいか、盗賊退治でもして弾丸を集めろ。強くなる強くなるって口だけじゃねぇか』

「わかってるよ。この欠陥武器、死体しか食えねぇくせにやかましいんだよ」

『ふん、人間だって牛だの豚だの殺して喰ってるじゃねぇか。オレとどう違うんだよ?』

「人間は『ちゃんと調理してるってか? だったら相棒、死体を焼いてくれよ。時間経過でギフトは消失するが、焼いたくらいなら問題なく喰えるぜ』

「ふざけんな、人間は動物と違う!」

『同じだよ。多少頭が回るのと残虐性が濃いくらいだ。殺して喰うことに変わりない。人間は特別でもなんでもねぇ、ヘタに頭が回る分ちと厄介なだけだ』

「カドゥケウス、てめぇ……」

『オレは事実を言ったまでだ。いいか相棒、人間を喰うのも動物を喰うのも変わりねぇ、グダグダ言ってないで喰えってんだ』

「…………」

『オレが気に喰わないなら捨てていけ。リンの嬢ちゃんを利用して復讐を果たせばいい……ま、二人とも死ぬだろうがね』


 ライトは、カドゥケウスがやっぱり嫌いだった。

 強くなるには死体を喰うしかない、それはわかっているが倫理が邪魔をする。

 死んだ人間にも家族がいる。喰ってしまえば何も残らない。

 でも、ライトの復讐を果たすためには強くなる……喰うしかない。


「はぁ~……気持ちよかったぁ」

「…………」

「あれ、どうしたの?」

「別に……それより、武器はどうするんだ?」

「ん、ちょっと休んだら行こうか。お昼も外で食べよう!」

「……ああ」


 リンの明るさは、ライトにとって眩しく映った。


 ◇◇◇◇◇◇


 外で適当に昼食を済ませた二人は、町の鍛冶屋にやってきた。

 鍛冶屋の中は金属を打つ音が響き、弟子らしき男性が対応してくれた。


「あの、武器を作ってほしいんですけど」

「はい、オーダーメイドっすね。どんな武器をご希望っすか?」

「剣です。あの、素材はあるんでこれを使って下さい」

「持ち込みっすね。素材は……ん、なんですこれ?」


 リンが出したドラゴンの牙と鱗だ。どうやら一般にはあまり馴染みがないらしく、若い弟子は顔をしかめた。

 すると、奥でハンマーを振りかぶった初老の男性がチラリとこちらを見て、眼を思いきり見開いた。


「あ、親方。ちょっといいっすか? あの、この素ざ「バッカタレ!!!」


 親方の男性は弟子を叱りつけ、こちらへ来た。

 ライトとリンも大声に驚き、思わずたじろぐ。


「見ろ!! このしなやかな曲線を描きつつ滑らかな感触、そしてエッジの付いた独特の牙。そしてこのザラザラした黒光りする素材……こいつはドラゴンの牙と鱗だ!!」

「え……え、えぇぇぇぇっ!?」


 弟子は驚愕し、持っていた牙を落としそうになった。

 親方は頭を下げる。


「すまねぇ。こんな上質な素材、久しぶりに見たんでちと興奮した。武器の依頼だったな?」

「は、はい。その……け、剣を打ってほしいんです」

「剣か。わかった、その依頼、このワシが受けよう。どんな剣がいい?」

「あの、デザインはしてきたんですけど……」


 リンは、ポケットから羊皮紙を取り出し、親方に渡す。

 親方は羊皮紙をジロジロ見て、リンを見た。


「なるほどな……ドラゴンの素材なら可能だろうぜ」

「じゃあ、お願いできますか?」

「いいぜ。3日ほどもらう。そのあとで来い」

「あ、ありがとうございます!」


 リンは頭を下げ、ついでにライトも下げた。

 鍛冶屋を出たリンは上機嫌だった。


「なぁ、どんな剣を依頼したんだ?」

「ふふ、秘密♪」


 ライトは、首を傾げた。

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