平成最後の旅行をイマジナリー彼女と共に

雷藤和太郎

第1話 大阪、異邦人過多

 午後十二時の在来線は人も少なく快適だった。

「当たり前でしょ、その時間帯を狙ったんだもの」

 いや、そうなんだけどさあ……と僕が頭を掻くと、彼女はハァとため息をつく。

「問題はこの後の新幹線。さんざんテレビで言われてるけれど、混雑は半端ないわよ?最悪、立ったまま新大阪につくことも覚悟しなさいよね」

 それは困る。

 今回の旅はかなり強行な、というか無茶なスケジュールを組んでいる。もともとは美術館だけ行ければいいやと思っていたところに、せっかくだからと行きたいところを詰め込んだせいで、だいぶ無理のあるスケジュールになっているのだ。

「大阪なんて泊るだけだもんねえ」

 だって、大阪に見るところある?と彼女に言うと、脇腹を肘で小突かれた。

「それは大阪に失礼じゃない?」

 そう?僕が興味ないだけかな?じゃあ君は大阪でどこを見に行きたいのさ?

「んー、ユニバーサルスタジオジャパンとか?」

 それこそ混雑でしょうな。だいたい、USJなんて行ってたら今回の旅行がさらに一泊伸びるだろうに。

「だったら一泊伸ばせばいいのよ。どうせどこもかしこも激混みなんだから、一泊ぐらい伸ばしたって問題ないでしょ」

 問題はあった。

 宿泊予約をほんとうにギリギリまで取ってなかったために、宿をどうするかという心配があったのだ。本当に運よく、東横インのシングルが一室だけ開いていたのだが、その翌日には開いていなかった。だから、大阪で余分な宿泊をすると別の日で野宿になる可能性があったのだ。

「ギリギリまで予約を渋るのが悪いんじゃない。アンタのいつもの悪い癖ね」

 それを言われるとぐうの音も出ない。

「当日まで『本当に旅行に行くのか』なんて考えてるのが悪いんだわ。一回行くと決めたものは行く。それが男ってもんでしょ」

 あのさ、僕の彼女はそんなこと言わないと思うんだよね。

「イマジナリー彼女だからって容赦はしないわよ。というか、それこそパーソナルを否定する言葉だわ。アンタ、彼女に全肯定の人格を期待してんの?そんなんだからいつまでたっても彼女ができないのよ」

 悲しくなってくるからやめてください。


 そんなことを言いながら、東京に到着。

「うわっ、人多すぎ!予想はしてたけど、何か肌に当たる人の気配が気持ち悪い!」

 普段は一人でいることが多いからねえ。人の多いところはあんまり好きじゃあないし、こうして実際に人の多さを目の当たりにすると、尻込みするわ。

「痛っ!あの人肩ぶつけてきたんだけど!」

 いやあ、キャリーバッグ邪魔過ぎだねえ。周りを見ればほとんどの人が片手にキャリーバッグを引いている。家族連れやカップルが目立つので、帰省ラッシュや旅行のピークと被っているのがよく分かった。

「アンタ、荷物少なすぎるんじゃない?」

 一人旅なんてこんなもんでしょ。男だし、ジーンズも上着も一着あれば問題なし。

「汚い」

 じゃあ普段からコートとか洗うわけ?

「心意気の問題よ」

 そりゃあ女性はおしゃれに気をつかうかも知れないけれどさ、旅の間に連日同じ人と出会う旅でもないんだから、気にする必要はなくない?

「気にしなくなったらおしまいじゃない?って言ってんの」

 そりゃあ手厳しい。

 うわあ……新幹線乗車口も人並びすぎ……。

「できるだけ車両の先端に行くべきね。……って、そこも並んでるわね」

 あれさ、どうやって並んでるのか分からないんだけど。ほら、前方乗車口と後方乗車口の列が重なってる。

「駅員に聞いてみたら?」

 聞いたけど、曖昧な返事しか返してくれない。多分、駅員もこの混雑状況で分かってないんだ。

「一触即発っていうか、膨らみ切った風船みたいな状況ね。アンタこれ、新幹線の中でずっと立っているようよ」

 ちょっとだけ覚悟はしてた。

「……頑張りなさい」

 ありがとう。

 そんなこんなで新幹線のぞみに乗り込む。何かの動画で「このゴールデンウィーク中は東海道新幹線の本数が山手線より多い」みたいな検証をしていた気がするけれど、なるほど確かに電光掲示板に映された時間間隔を見るとそう言われるのも頷ける。

「現実逃避しないで、三戦でもしていなさいな」

 荷物を通路に置いて、足をハの字に立つ三戦の形にする。東京からどれだけの間立ってないといけないのかうんざりではあるけれど、それもまあ仕方ない。僕の後ろで立っている人は大型のキャリーケースに座って足を休めていた。

「羨ましいわね。どうせなら小型の折りたたみ椅子でも持ってくればよかったのかしら?ほら、コミケの列に並ぶときに使ってたヤツ」

 余分な荷物になるからやめようよ。

「そう?まあアンタ、この雨の予想で傘さえも現地で買えばいいやって思っているものね」

 それは当たり前でしょう?今時傘なんてほとんど使い捨てだよ。

「どこに捨てるのよ」

 あー……。

「傘についてはこれ以上しゃべらない方が身のためじゃない?」

 そうします。


 東京から名古屋までは立ちっぱなしだったけれど、名古屋につくとちょうど隣に座っていたカップルが降りてくれて、それで座れるようになった。

「ラッキーだったわね」

 あのカップル、車内ビール(ノンアルコール)のつまみにさきいかを用意していて、それが臭かったんだけど、名古屋で降りてくれたのには素直に感謝だわ。

「ダンジョン飯の七巻を交互に読んでいて微笑ましかったわね」

 思わず話しかけようとしたけれど、堪えたよね。

「そんなアンタは野菜の品種改良にいそがしかったもんね」

 いやあ、月面コンブあたりはマジで品種改良が大変なんだよなあ。イチゴブドウは春にしか育たないし、月面コンブは冬、スイカタワーは夏ってね。

「新幹線内でアストロノーカやってて酔わないの?」

 自動車は酔うんだけど、電車や新幹線では酔わないかな。斜め後ろの赤ん坊はスマホの画面見ながら「やだ」「お腹痛い」ってうるさかったけどね。

「でも画面から目を離さない辺り、映像っていうのは魅力的なのかしらね。面白かったのは見ているものに『これやだあ!』って言って、母親が『じゃあ何見るの?』って聞くと『なんでもいいよ』って言うところよね」

 ああいう何でもない会話に普段の生活や親の口癖が出るところ、家族だなあ、って素直に感心するよ。

「アンタもすぐ『まあいいや』って言う口癖、治しなさいよ」

 子どもには我慢強く育ってほしいものだよ。まあ、こんなイマジナリー彼女に会話させておいて子どもができんのか?って感じだけどねえ、ハッハッハ。

「新元号イチ虚しい発言ね」

 それにしても、琵琶湖は大きいなあ。グーグルマップで現在地を確認しながら新幹線に乗ってると、こんなところを走ってるのかって分かって面白いね。

「アンタそれないと琵琶湖が琵琶湖だって分かってなかったでしょ」

 うん、海か川だと思ってただろうなあ。

「技術の進歩に感謝しなさい」

 なんでキミが偉そうなの?

「技術の進歩と言えばこの新幹線もそうなのよねえ」

 いや新幹線は技術の進歩っていうか……まあいいか。

「口癖」

 ああほら、そろそろ新大阪に着きますよ。


 新大阪駅に到着。

 とは言えここは通過駅。乗り換えてすぐさま大阪駅へ。

「大阪駅って言うけれど、グーグルマップにはその周囲の梅田駅の方だけ載ってるのね」

 ねえ、不思議。大阪駅の周りにさまざまな線の梅田駅がついているんだろうけれど、終着駅だからそっちの方が重要なのかもね。

「でもだからと言って大阪駅が表示されないのは不親切だわ」

 ダンジョンと呼ばれる大阪駅だけど、意外と歩けるなあ。

「上野駅や東京駅よりはマシって感じかしら?」

 大阪駅から外に出る予定がないから、っていうのはあるかもね。

「高速バスターミナルには行くんでしょ?翌朝のために」

 場所だけは確認しておかないとね。


 駅員に聞いて高速バスターミナルへ。

「聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥とはよく言ったものね」

 若干使い方違うと思うんだけど。

 ああ、入口から近いところにあるのね。駅案内もあるし、分かりやすいと言えば分かりやすいかな。

「どこもそうなんだけど、主要駅の高速バスターミナルってけっこうどこも暗がりにあるわよねえ」

 言うほど乗ったことないでしょ。

「新宿なんかは開かれてるとは思うわ」

 あそこはあそこでまた別な感じはあるけどねえ。それじゃあ、明日の切符を買うとしますか。

「買えるの?」

 そりゃあ買えるでしょ。……という訳で買ってきました。窓口の人が若干関西弁で、ようやく大阪に来たって実感したよ。

「ヘタレ」

 な、何でだよ!

「アンタ、本当は六時四〇分発のに乗るつもりだったのに、日和って七時二〇分発のを予約したじゃない」

 それは不可抗力!初めてきた土地で迷わずに地下鉄の乗り換えプラス駅構内の通行ができると思うの?

「それ、窓口の人に言われたんでしょ?」

 グサッ!

「まあ早く来ればその時に時間変更できるらしいし?良いんじゃない?ヘタレだけど」

 バッファは大切なんですー!

「はいはい。ほら、それじゃあ宿に行って、それから大阪城を見に行きましょう?」

 何かめっちゃ負けた気がする……。


 地下鉄を乗り継ぎ東横インにチェックイン。

「ずいぶん歩いたわね」

 思った以上に広いぞ、大阪。

「地下鉄一駅の間隔が東京よりも広いのかしらね?歩いた、って感覚が強いわ」

 それもあるかも知れないけれど、単純に今回とった宿が地下鉄の駅と駅のちょうど中間なんだよね。

「それは思ったわ。なんであんな場所を予約したわけ?谷町四丁目の方がよほど駅近だったじゃない」

 ……たぶん、満室でした。

「そういうことがあるから旅の準備はしっかりしなさいと」

 正論で殴らないで……。

 とにかく、チェックインしたことだし、さっそく大阪城に行こう!

「疲れたから明日でもよくない?」

 明日は朝一でバスだって。さっき予約したでしょ。ヘタレって悪口言った癖に。

「本当に大阪は宿泊するだけなのね」

 大阪城を見るのはせめてもの気持ちだよ。ほら、まだ明るいんだから今のうちに見に行こう。

「ええー、足疲れたんだけどー」

 イマジナリーに足を傷めるんじゃない。痛いのは僕だっつーの。

「でも大阪城までゆうに一駅分は歩くんでしょう?」

 ここまで来たんだ、見なきゃもったいないもん。

「ああ、もったいない精神……」

 せっかくだからね。

「実際、こうして行く行かないの葛藤があったのでした」

 ナレーションみたいにつけるな!そして微妙にその後に不幸が訪れるみたいなナレーションにするな!

「不幸っていうか……ねえ?」


 大阪城。

 遠くからでもうかがうことのできる天守閣の威容は、曇り空でも全く衰えることはなく、美しい。

「外堀に水は入っていないのね」

 二つ目の堀には若干入ってたかな?

「入り組んでいるし、天守閣までは若干の上りだし、疲れた足にクるわね」

 この後のご飯が美味しいと思えば……。

「食い倒れの町だもんね。残る楽しみは天守閣とそれだけだわ」

 それじゃあ、食い倒れだけ期待しようね。

「……?せっかくだもの、天守閣にも入りましょうよ。中にはきっとさまざまな資料や内装の美しさが見られるはずだわ」

 いやあ、それがねえ……。

「まさか!」

 はい、そのまさか。

 天守閣への入城は三〇分前に締め切っております。天守閣に続く道は鉄格子で閉じられており、その前のチケット売り場には既にシャッターが下りている。

「バカじゃないの!?」

 いや、そんな剣幕で言われましても……。外から見られれば十分かなあって。

「せっかくなんでしょ!?もったいない精神なんでしょ!?見ないでどうするのよ!観光しないでどうするのよ!これだから無計画旅プランマンは……」

 ハハハ、一人旅だからこういう残念も許されるよね。

「もしアタシに実在の拳があったのならば、その頬をグーで殴ってるわ」

 やめて。精神的ショックと肉体的ショックで立ち直れなくなっちゃうから。

「それは彼女に殴られるっていう状況のせい?」

 ……僕も天守閣に入れなかったのはちょっとショックでした、はい。

「……まったく、次はちゃんと旅行プランを立てなさいよね」

 反省することもありましたが、大阪城自体はとても素敵な場所だったね。のんびり昼食をとりながらお散歩するにはとてもいいところだと思うよ。

「その辺は城跡の良さね」

 天守閣の美しさが大阪城の醍醐味だから、今度来た時にはぜひとも中に入ってみたいかな。

「今度がいつになるのか、私はその時一緒に来られるのか、楽しみね」

 ……それはどっちの楽しみなのかな?

「さぁねぇ」


 地下鉄を乗り換えて、一路大阪南部へ。

 ミナミと呼ばれる道頓堀付近は既に人、人、人であふれている。異邦人の多さもさることながら、大阪弁が聞こえることもあってか、異国感はいや増す。

 ここが道頓堀かあ……川にかけられた橋まで人がいっぱいだ。思わず独り言をつぶやくと、彼女が可哀想な目で僕を見てくる。

「知らない土地だと本当に迷子になるわね」

 方向音痴って訳ではないと思いたいんだけど、案内がないと途端に不安になるよね。

「グーグルマップが大活躍ね」

 技術の進歩サマサマだよ。

 あ、あれは大阪名物道頓堀グリコサイン!

「写真に撮ったら?」

 もう撮った。いやあ、大阪来たなあって感じするわあ。

「大阪城を見に行ったときは曇り空ながらまだ明るかったけれど、さすがに陽が落ちるのは早いわね。グリコサインもピカピカしているわ」

 大阪城天守閣も帰り際ふり返ったらライトアップされてたねえ。

「つくづく間の悪い男ね」

 やめて、もうヒットポイントも無いんだから……。

「それを回復するためにやってきたんでしょう?」

 そうだよ!大阪!食い倒れ!道頓堀!さあ食べるぞー!降りた駅周辺には全然食べ物屋は無かったけれど、さすがに道頓堀周辺は色々あって目移りするねえ!

「何を食べるかは決まってるの?」

 大阪と言ったら粉もんかなあって。で、食べ比べしやすいたこ焼きをはしごしようと思うよ。

「あー……カップルでシェアして食べるのには最適ね」

 ……何かキミ、大阪城からずっと辛辣じゃない?

「ほら、さっそくたこ焼き屋があったわよ。並んでるわね」

 無視しないで……。

 とは言えお腹はペコペコ、足はクタクタ。とにかく何かお腹に入れないともう一歩も動けないってくらいに疲れてる。とにかく最初に見つけたたこ焼き屋はどれだけ並んでいても買おうという意思があった。

 道頓堀橋からなんば駅の方に歩いてすぐの場所にあったたこ焼き屋「くくる」。列の一番後ろに並んで買ったたこ焼きは8個で750円。箱は開いた状態でその場で食べられるように串が二本ついている。

 列の隣には箱を捨てるためのゴミ箱があるのが食い倒れの町らしい。

「何か並んでた時に不穏な話を聞いたわね」

 ああ、並ぶほど旨くないって話?あれだけ大きな声で言われると営業妨害だって思っちゃうよね。

 まあでもそれは実際に食べてみないと分からないし、お腹空いてるし、食べようよ。

「空腹は最大の調味料ってやつね」

 一口で食べる。

 口の中が火傷するほどに熱い。できたてを食べられるのは大阪のたこ焼き屋ならではだ。

「ふわっ、あふっ、熱っ……すっごいトロトロ」

 たこ焼きはこのトロトロな感じがいいよね。ふわふわでトロトロ。並ぶほど旨くないって言ってたけれど、そんなことないね。

「ビックリするほど美味しい!って訳でもないけれどね。噛みしめるたこの旨味も良いわあ」

 あんまりソースやマヨネーズの味がキツくないのもあるのかな?それほど塩からくないっていうか……。

「たこ焼き用のソースやマヨネーズがあるのかしらね?甘めな感じの」

 あ、青のりついてる。

「~~ッ!見るな!」

 痛い痛い!肩を殴らないで!

「ほら、次行くわよ!次!」

 二軒目はたこ焼き「十八番」。本店ではなく、同じ通りにある小さな屋台のような店舗。

「むしろ本店の方を見ていないじゃない」

 そうだね。まあ先に見つけたのがそっちだったってことで。

 行列が見えない、と思ったら窪まったところに列を作るスペースを発見。人はさきほどの「くくる」と同じくらい並んでいる。とは言っても、たこ焼きは回転率が高いからか、そんなに並んだ、とは感じなかった。

「作ってるところを写真に撮れるのがいいわね」

 ライブクッキングみたいな面白さがあるよね。作ってるところを見ていて、面白いことに気づいたんだけどさ。

「何?」

 まあ、食べてからのお楽しみ。

 ほら、商品が来たよ。

 「十八番」のたこ焼きはオーソドックスなものが6個で500円。舟に盛られて渡される。もちろん、その場で食べられるように串がついている。たっぷりの青のりと鰹節が嬉しい。

「それじゃあさっそく一口……。あらッ?何かサクサクしてるわ」

 そう。それが「十八番」の特徴なんだねえ。サクサクした食感の正体はコレだよ。

「コレって、天かすかしら?」

 青のりと鰹節に隠れて、たこ焼きの中にはたっぷりの天かすが入っている。たこ焼きの表面からはみだすように入った天かすが、サクサク食感の正体だ。

「ええー、天かすの入ったたこ焼きなんて聞いたことないわね」

 ふわトロとは違うけれども、サクサクの食感がまるで表面を揚げたようで面白いよね。

「表面を揚げるよりも軽い感じがするわ。ポップコーンみたいな食感の面白さ」

 ポップコーンかあ。何となく分かる。

「たこ焼きのはしごは面白いわね!量がそれほどでもないから食べ比べが楽しいわ!」

 ちょっと楽しい気分になってきたよね。どうする?ビール飲む?

「いいえ、ビールを飲むと一気にお腹が膨れちゃいそう。それより、もう一軒行きましょうよ!アタシ、どうしても行きたかったところがあるの」

 たこ焼き屋?

「たこ焼き屋!」

 ほうほう。それじゃあ行ってみましょうかね。って、すぐそこじゃん。

 「十八番」のはす向かい。本当に目と鼻の先にそのお店は覇を競うように建っていた。大阪人に人気ナンバーワン、それはつまり全てのたこ焼き屋の頂点と言っても過言ではない証。

「じゃーん!ここがキングオブたこ焼き!たこ焼道楽『わなか』でーす!」

 有名なの?

「有名も有名!超有名ですよ!餃子と言ったら正嗣ってくらい有名!!!」

 そんなドマイナーな例えをされても分からないでしょうに……。しかし言いたいことは分かった。つまり、ど真ん中な訳だ。

「そう、ド真ん中なのよ。奇をてらわず、特別なこともせず、ただただ旨い。そこに一点の曇りもない……そんなたこ焼き、それが『わなか』のたこ焼きよ!」

 という訳で買ってみました、「わなか」のたこ焼き。舟に入って8個で500円。たっぷりの鰹節がひらひらと躍っている。大き目の鰹節は、それ自体が質の良い証拠でもある。

「鰹節って、大きい方がコクがあるのよね」

 製法や鰹節をつくるどの段階で削られたものかにもよるからね。値段と旨さのトレードオフだけど、わなかは安くて量もあるって凄いなあ。

 イートインスペースがあるのも嬉しい。二階にあがればセルフサービスながら座って食べられるのはとてもありがたい。もちろん、たこ焼きという食べやすく回転率が高いものならでは、って感じだけれどね。

「もう!それくらいにして食べましょうよ!」

 そうだね。

 たこ焼き一つを一口に頬張る。

 しっかりした表面。噛むとアツアツトロトロの中身が口いっぱいに広がる。表面のしっかりした生地と、トロトロの中身、それからたこのぎゅっと締まった身が口の中で混ざり合う。

「え……美味しい」

 絶句する気持ちは分かるよ。っていうか、食べたこと無かったんかい。

「食べたかったから来たんだもん!」

 さいですか。それにしても本当に美味しいねえ。本当にド真ん中の味だわ。

「でしょ!?もうさ、たこ焼きと言ったらコレ!って感じの味なのが凄いわよね!何か突出した旨味があるんじゃなくって、たこ焼き全部が美味しいの!」

 正直、一番最後に食べたからあんまり美味しく感じないかと思ってたんだけど、全然そんなことなかったな。

「本当にね!これ最初に食べたらどれだけ美味しいって感じたのかしら」

 たらればを語ってもしょうがないし、実際にたこ焼きはどれも美味しかったし、良いんじゃないかな。ただ……。

「ただ?」

 粉もんばかりじゃなくって肉が食べたいなあ、って。

「疲れたから?」

 疲れたから。何か肉料理が食べたいんだけど……今日はもう宿に戻って休みたい気分でもある。

「それもそうねえ……。どうするの?決めるのはアンタよ」

 ……宿周辺でお店を探して、そこで何か食べるかな。


 たこ焼き屋を三軒回って道頓堀から離脱。

 その後、宿周辺の店を探すも……。

「どこもやってないわね」

 道頓堀や梅田の方には人の賑わいがあったが、宿周辺には人影すらなく、当然飲食店もほとんど閉まっている。

「こりゃあしまった、って感じね」

 シャレを言ってる場合じゃあないんだよな……。スーパーもやってないし、あとはコンビニで何か買うしかない状態だもん。

「諦めなさい。無計画な旅にしたアンタが悪いのよ」

 大阪なんて通過するだけ、泊まるだけ、って思ってた自分が悪いのは確かだね。今日はもう大人しくコンビニで何か適当に買って寝るとするよ。

「あ、一応明日の朝食も買っておけば?」

 良いこと言うね。そうするよ。

 と言うことで、コンビニで明日のおにぎりとパン、それから今夜の晩酌用にいくつか商品を買って帰る。

「何ていうか……旅情がないわね」

 一人旅の宿泊に旅情なんていらないんだよ!虚しくなるだろ!!!

「ま、まあ明日からが本番だし?今日はゆっくり休みなさいよ」

 そうする……。

 あ、左ひざにアザができてる……。

「立って歩いてばかりだったからかしらね」

 あと鼻水が酷い。

「アンタ、絶望的に旅に向いてないんじゃない?」

 もっとゆったり旅を楽しみたいかなあ。

「そのためには計画性が大切なんだと思うわ」

 そうだね。綿密な計画があって初めて、そこにゆとりが生まれるんだろうな。

「ほら。反省会もそこまでにしないと、明日が辛いわよ。明日は6時前には起きるんでしょう?」

 そうだね……おやすみ。

 こうして、平成最後の旅の一日目は終わったのでした。

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