マリア編6

 ジェイクがケネスを仕留めた時の一瞬の気の緩み。そこを突かれてアレクに人質にされてしまった…。悔しい、やっぱり私が足を引っ張ってる。


「下がれゲスな帝国人め!この女がどうなってもいいのか!」


 アレクが息巻く。相変わらず帝国嫌いらしい。振り解こうと私も何とか頑張るが私は諜報員ではなく単なる侍女を目指す学生だ、短剣術が使えても男性の腕力には勝てない。


「相変わらず帝国嫌いか。そいつを離せ」


「貴様は…!確かジェイクだったか?あの時の皇太子の犬か!なるほど、よく見たらお前もマリアとかいう売国奴か!」


 アレクが私の顔を覗き込む。


「マリアちゃん!!」


 ケネスを牽制しながらクレアが心配そうな目でこちらとジェイクを見る。クレアの前でこんな失態を晒すのは益々悔しい。


「とりあえず食べ物を出せ!あと馬車を用意しろ!早くしないとこの女の命はないぞ!」


 性格に難があったとは言え綺麗な顔立ちで一定の女生徒に人気があったアレク。それが今や無精髭に乱れた髪、血走った目をし、見る影もない。


「元は王太子であった者が女子を人質にするとか、随分と落ちぶれたもんだ」


「ジェイク、挑発しないの!」


 笑うジェイクをクレアが嗜める。


「私は本気だぞ!武器を捨てろ!」


 アレクがさらに力を入れ締めつける。


「マリア、お前は俺を信じてるか?」


 え、こんな時に何言ってるの?勿論、信じてる。だがジェイクはこんな時、無意味な質問はしない人だ。考えろ、私!

 ジェイクをよく見ると、足元にまだ酒瓶が転がっているのが見える。これだ!


「もちろん、信じてるわよジェイク!」


「俺も、お前を信じてる」


 そのセリフが合図になってジェイクが足元の酒瓶を蹴り上げる。片手でそれをアレクが払い落とすが瞬間、腕の力が緩む!今だ!


 アレクに肘打ちをかまし、懐のジェイクがくれた短剣を握るとアレクのナイフを払い落とす!すぐ様ジェイクがカバーに入り左手で私を抱きしめ、アレクに右拳を叩き込む。


「ぐあぁっ」


 呻き声をあげ崩れ落ちるアレクに蹴りを入れて追撃するとジェイクがそばにあったかカーテンをちぎり縛り上げる。観念したのかケネスも諦めた顔をし、アレクも力なくうなだれた。


「さすがマリア。信じてた」


 私の涙を拭い、両腕で私を抱きしめるジェイク。全身傷だらけだ。


「バカバカ!心配したんだからね!」


「ははは、言ったろ。問題ないって」


 知ってる。私を守ってくれるとも言った。ホント、カッコいい。帝国の皇太子直属の諜報員で、強くて、優しくて、私の大好きな人。やっぱり私、ジェイクが好きだ。


「ちょっとお二人さん、お熱いとこ悪いんだけど早いとこ衛兵を呼んで終わらせましょ?」


 クレアが呆れた様に言うセリフでふと我に返る。そうだ、一つ気になる事がある。アレクに会ったら聞きたかった事。


「ねえアレク殿下、殿下はどうしてそんなに帝国を嫌ってるんですか?」


「……」


 帝国が嫌い。まあ、それは仕方ないとしてアレクの帝国嫌いは異常だ。アルン様との婚約破棄も根底にはそれがある。ただ、何も理由がなく嫌いになるとは思えない。何かしら、理由があるんじゃないか?これはアルフィナ王国でアレクとエルシオン様が対峙した時から気になってた。結果をみると、アルフィナ王国はアレクの帝国嫌いで亡びたようなものなのだから。


「何故、そんなに帝国嫌いなの?」


「……帝国が母上を殺したからだ」


 アレクがぽつりと吐き出す。アレクの母…つまり王妃様。確か、王妃様は国王陛下との家族旅行中に事故で亡くなったと聞いている。ティタニア国で。


「…表向きには事故死と発表されたがその実、母はティタニアで帝国の諜報員に襲われ、私を庇って死んだんだ!帝国嫌いになるには充分な理由だろ!これで満足か!」


 母親の死。確かに、帝国のせいで母親が死んだなら憎む気持ちはわからなくない。でもそれはアルン様に関係ない話だ。それでも、同じ帝国人であるアルン様と婚約なんてどうしても出来なかったのか…それが理由か。何だかやりきれない。


「……それは違う」


 ジェイクがアレクに哀れみの目を向けながら口を開く。え?違う?何か知ってるの?


「帝国は関与していない。アルフィナの王妃が亡くなった話は俺も聞いている。だがあれは帝国の仕業じゃない」


「なんだと!?この後に及んでそんな戯言を!」


 拘束されたままアレクが身を乗り出す。


「アレは、あの事件はアルフィナとティタニアの関係を恐れたトルデン国の策謀だ。当時ティタニアを攻めようとしていたトルデンはティタニアにアルフィナと同盟を結ばれては都合が悪かった。そこでトルデンはティタニア国内で国王を襲撃する事で両国の関係悪化を狙ったんだ。結果的に王妃の命を奪う事になったがアレは事故だ」


「う、ウソだ!ならば何故帝国の名前が出る!私は父から母は、帝国のせいで死んだと!」


「今更亡んだ王国の王太子に俺達がウソをつく必要はねえだろ。誰がやったかはともかく、結果はティタニア国内で襲撃されている。アルフィナはティタニアとの関係を悪化させる訳にはいかなかった。かと言ってトルデンの名前も出せない。何故なら、当時トルデンの王はアルフィナの王弟が婿入りしていたからな」


「!?」


「トルデン国は女王が治める国だ、女王との関係が悪化し王弟は離縁されアルフィナに帰国する事になるが、当時アルフィナ国王襲撃を指示したのはアルフィナ王弟でトルデンの女王婿のバルムスだ。だがそんな事実を発表は出来ない。だから当時からあちこちで暗躍していた帝国のせいにしたのさ」


 あまりにも衝撃的なジェイクの説明にアレクも言葉を失う。私だって複雑すぎて整理するのが精一杯だ。つまり、アレクの母を害したのはアレクの叔父に当たる王弟殿下だったって事?アレクは、真実を知らずに帝国を恨んでいたって事?だとしたらあまりにも…。


「う、ウソだろ…じゃあ私は…一体何のために…うぉォォォォォ!」


 泣き崩れ、叫ぶアレク。もし真実を知っていたら、また王国の運命は変わっていたのかも知れない。


「……まあ、俺も記録で読んだだけだからな、だがトルデンも今や帝国領だ。資料の裏も取ってる、嘘偽りはない」


 ん?記録で読んだ?もしかして、わざわざ調べてたの?


「じゃあアレクが帝国を恨んでる理由知ってたんだ?」


「そりゃあ、皇族であるアルンシーダ様に関係ある事だからな?皇太子殿下にも既に報告してるぞ」


 私の疑問に当たり前だろ?みたいに答える。この坊主頭はホント、どこまで有能なの…エルシオン様が重宝するはずだわ。


「それに、この話は元々アレクにするつもりだった。帝国嫌いの根底にある事件が帝国のせいじゃないとなれば、アルン様を逆恨みする事もなくなるかもだからな」 


 小声で私にだけジェイクが言う。ジェイクもエルシオン様も、アレクの帝国へ対する嫌悪が尋常じゃなかったから気になって調べたらしい。皇族への敵意は理由を調べ、可能なら排除する。そこまでやるのが帝国諜報員なのだとか。徹底してるなあ。


 アレクの嗚咽が部屋に響く中、クレアが呼んだ衛兵が四人を連行していく。終わってみれば、任務は村に到着したその日に片がついたカタチだ。


 何だか色々あって、そして色々気付かされた一日だった。

 

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