第8話

「アルンシーダ様、そろそろ教室戻りましょうか」


 マリアさんに促され教室へ向かう。遅い昼食が終わる頃、時間的に今日の授業も終わりだ。王太子殿下に無理矢理連れて行かれてしまったので教室にカバンや荷物を置いたままだ。取りに行かないと。


 教室に戻るとちょうど授業が終わったところでまだ生徒達が残ってる。入ると相変わらず注目されてしまう。腕に包帯巻いてるから余計に。


「えっ大丈夫ですかアルンシーダ様」

「大丈夫ですコーデリアさん、ありがとうございます」


 コーデリアさんにもすっかり心配かけてしまった。それに言伝をお願いしたからお昼を食べれてないらしいし。申し訳ない。


「ほい、コーデリア。これから部活でしょ?」


 マリアさんが何やら包みを渡す。あ、サンドイッチ持ち帰りを用意したんだ!うわあ、恥ずかしい!自分の事だけでそこまで気がまわらなかった!


「さっすがマリア!ありがとう!色々聞きたいけど…また日を改めて聞くね!」


 軽く会釈して、コーデリアさんは部活に出て行った。何でも音楽部でヴァイオリンを嗜んでらっしゃるとか。いいなあ、学園を楽しんでるなあ。


「さて。私達も帰りますか」


 ヒョイっと私のカバンを持つマリアさん。声をかける間もなく進んでいく。


「だ、大丈夫ですよ?自分で持てますよ?」

「ダメです。まだ痛いでしょ?」


 …実は痛い。マリアさんには敵わないなあ。


 マリアさんと女子寮の階段を上がり、4階の自室前まで行くと扉の前に女性がひとり。侍女のサリサだ。そう言えば女医さん、侍女室にも湿布薬届けておくっておっしゃってたわ。


「お嬢様、大丈夫ですか!?」


 マリアさんからカバンを受け取りながら腕をまじまじと見てくるサリサ。

 サリサは公爵家専属の侍女だが私ではなく父の専属だ。入学時に一緒に学園に来て、普段は侍女室に控えてる。綺麗なブロンドでブルーの目、ショートヘアが可愛らしい人だけど年齢不詳で未婚か既婚かも知らない。10歳の時に母を亡くしてからは母のような、姉のような存在だ。


「だ、大丈夫よ?」

「痛そうですね、お着替え手伝わせて頂きます」


 うん、そうね、助かる。口にしたらマリアさんに余計心配かけるから頷くだけに留めるけど。


「マリア様もどうぞ、お嬢様が本日のみならず先日もと大変お世話になっております、お茶と菓子をご用意致しますので」

「いえ、私は…」


 そうだわ、マリアさんにはお世話になりっぱなし!ここで帰らせてしまっては公爵家として立場ない。サリサもきっと同じ考えだろう。


「わ、私からもお願いしますわ。どうぞマリアさん」


 それじゃあ、と部屋にマリアさんも緊張気味に入る。そう言えば自室に友人を入れるのは初めてだ。今までの友人も自室に来た事はない。ちょっと恥ずかしい、照れる。


 マリアさんもまだ制服だし、私だけ着替えるのも変だから制服のまま椅子に座る。サリサがお茶菓子を用意し紅茶を淹れる。


 少しの間沈黙が訪れる。せっかくお部屋に招いたのに何を喋ったらいいか、わからない。いや、お話したい事は山ほどある。あるけど、どうお話したらいいか。思えば今までいた友人達はいつも自分の事ばかり喋ってたし、私も大した話をしてなかった。友人…いえ、元友人達は結局は公爵家の名前で擦り寄って来ただけで私の中身に興味なかったんだわ。私も、彼女達の事をそこまで見てなかった。だから殿下に虚偽の証言をされたりしたんだ。

 上辺だけの付き合い。彼女達とも、もっと腹を割って話していればもしかしたら…。


「お嬢様、マリア様」


 サリサが少し怖い真剣な顔で横に立つ。


「一体どうなされたか教えて頂けますでしょうか?」


 そうだ、サリサには事情を説明してない。父に任された立場として私が怪我をしてるのは大変な事件だ。マリアさんを部屋に招いたのも純粋にお礼を述べる為だけではなく事情を聞く為なんだわ。マリアさんも分かってたから緊張してたのね…友達として部屋に招き入れて浮かれていた自分が恥ずかしい…こういう所が私のダメなとこだなあ…


「なるほど。その様な事が」


 マリアさんがどういう経緯があったかを説明するのを聞いて眉間にシワを寄せる。ただでさえ婚約破棄という問題を起こしてるのにさらに殿下絡みの問題でお父様不在の中、サリサもどうしたらいいか困っているのだろう。面目ない…


「一応、旦那様には帰国され次第、報告は致します。それはそうとして…」


 ふとサリサの目が優しくなる。


「マリア様には大変お世話になりました、お嬢様、良いご友人を持ちましたね」


 母親代わりの様なサリサにマリアさんが認められたかと思うとなんだか嬉しい。


「マリア様は侍女科でも優秀な成績であられると伺ってます、是非ともお嬢様を宜しくお願い致します」

「いえ、そんな、こちらこそ…ところでこの紅茶たいへん美味しいですがどのような茶器と茶葉を?」

「さすが、お気づきになられましたか、それは…」


 マリアさんが侍女志望だから話が合うのか、紅茶やらクッキーやらさらには産地の話まで二人で際限なく盛り上がってる。アレ?私が友達になったんだよね?アレ?


「あっごめんなさい、アルンシーダ様!公爵家侍女さんにお話を伺えるなんて嬉しくてつい…」


 私が会話に入れずにモジモジしているのに気づいたのか、マリアさんが申し訳なさそうに謝る。


「許しません」


 マリアさんもサリサも一瞬ぎょっとする。ちょっと意地悪をしたくなったのだ。


「なので、これからはどうぞ、アルンとお呼び下さいね?」


 三人で顔を見合わせ、一緒に笑う。マリアさんとは本当の友達になりたい。

 

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