逢魔が時の文芸部。

茅原達也

第1話 昨日の『あれ』

キャラクター


葉月照也(はづき てるや)

高校一年生

文芸部副部長

ヘタレ


早乙女えむ(さおとめ えむ)

高校一年生

文芸部副部長

ヘタレ


岩田吾郎(いわた ごろう)

高校三年生

文芸部部長

筋肉ゴリラ


万年冬美(まんねん ふゆみ)

現代文担当教師(二十五歳)・文芸部顧問



ーーーーーーーーーーーーーーーー

照也「……あれ、って?」


えむ「それは……だから、『あれ』よ」


照也「だから『あれ』じゃ解らないっつーの」


えむ「わ、解るでしょ。昨日の今日のことなんだから。昨日、一緒に帰ってるときにアンタが言った……あの……『あれ』のことよ」


照也「俺、きのう何か言ったか?」


えむ「い、言ったでしょ。そ、それで、その……返事なんだけど……」


照也「なんの返事だよ。俺はそんなの知らない。人違いじゃないのか?」


えむ「人違いって……!? あ、アンタねえ! なんなのよ、さっきからその態度は!? 人が折角――」


吾郎「お、おい、早乙女さん。少し落ち着い――」


えむ「い、いいわよ! じゃあ、ハッキリ言ってあげる!『あれ』っていうのは『あれ』よ! アンタが昨日アタシに言った。『昔からずっと好きだった』っていう――」


照也「ま、待て!」読んでいた本から顔を上げて、文芸部部室の長机、向かいの席に座るえむを見る「え、えーと……あれは、その……やっぱりなかったことにしよう、うん」


えむ「なかったこと……?」


照也「そ、そうだ。あれは……まあ、思い返してみれば、一時の気の迷いだ。ああいう夕方の時間は『逢魔が時』とも言うだろ? だから、たぶんあの時は何かよくないものに取り憑かれてたんだと思う。うん、だからナシ。全部ナシってことで」


えむ「ナシ……ですって……?」目はつり上がり、顔は真っ赤。しかし突然、スッと冷たい表情に。「……へえ。そう。ええ、いいわよ、別に」


照也「え、えむ……?」恐る恐るえむの表情を窺う


吾郎「ふ、二人とも、落ち着け。少しお茶でも――」


えむ「うるさい、筋肉ゴリラ!」叩きつけるように怒鳴って、照也に冷たい目を戻す「まあ、いいわよ、別に。アンタがそういう態度に出るなら、本当に全部なかったことにしちゃうけど。――いいのよね? 最後にもう一度訊いておくけど……本当にいいのよね?」


照也「な、なんだよ……?」


えむ「早く答えなさいよ。――いいのよね? なかったことにしても?」


照也「え……? そ、それって……」


えむ「――――」じぃっと照也を見つめる


照也「い、いや、俺は、別に……」


えむ「別に、何よ?」ニヤリと冷たい笑みを浮かべて「もっとハッキリ、大きな声で、私の目を見ながら言って?」


照也「う……」たじろいで、しかし、それから決意したようにえむを見つめ返し「ああ、解ったよ、ハッキリ言ってやる! ――そうだ! 好きだよ! ずっと好きだった! ずっとずっと、昔から!」


えむ「え……? な、何よ、そんな、ヤケになったみたいに――」


照也「お前んちの犬が、な!」


えむ「………………は? 犬が?」


照也「ああ、だから昨日もそう言っただろ?」勝った、というようにニヤリと笑って「昔から好きだったって。よかったら俺にくれって。お前は走って逃げていったから、最後のほうは聞こえなかったかもしれないけど」


えむ「――――」口をパクパクさせて、それから『ハッ! やられた!』という顔


照也「でも、悪かったな。人の家の犬を――家族をくれだなんて、そんな無茶な話があるわけないよな。だから、忘れてくれ。あの話はなかったことにしよう。うん、それがいい」


えむ「……そ、そう」どうにか冷静な表情を保って「い、いいえ、私にもちゃんとそれは聞こえていたわよ。だから、その返事をしようと思っていたの。うちのヒデヨシをあげられるはずなんかないってね」


照也「そ、そうか。まあトーゼンだよな、悪かった。――さ、さて、今日はもう帰ることにするか」本を鞄にしまって席を立つ


えむ「え、ええ、そうね。帰りましょう」同じく席を立つ「でも、気をつけなさいよ。またちょうど逢魔が時なんだから、あなたこそ変なことをいってしまわないように」


照也「今日は気をつけてるから大丈夫だ。お前こそ気をつけろよ。さっき、何か変な勘違いをしかけてたんじゃないのか?」


えむ「な、なんのことかしらね? よく解らないわ。あなたは、私がどういう勘違いをしてたと思ってるの? よかったら説明してもらえる?」


照也「さ、さあな。なんとなく、ちらっと思っただけだから俺にもよく解らないな。それより、今日もヒデヨシに会いに行っていいか? 一日に一回はあのアホ面を――じゃなくて、あの愛らしい顔を見ないと気が済まないんだ」


えむ「べ、別に構わないわよ。なんなら、そのままうちでご飯を食べていっても……」


吾郎「お、おい、もう帰るのか?」吾郎、二人のために熱い日本茶を淹れていた「まだ文集の仕事が、何も……」


二人は吾郎を振り返りもせずに部室を出て行く。


吾郎「……俺……部長らしくないのかな……」自分以外誰もいなくなった部室。お茶を載せたお盆をテーブルに置いて、溜息。そして夕日に向かって呟く「アイツら、早くつき合えばいいのに……」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る