いいね!欠乏症

一ノ瀬メロウ

❤❤❤❤

 世界的な異常気象による《いいね!》不足が日本でも問題になりはじめたのは、たしか去年の終わりごろだったと思う。

 今まで水や空気みたいに消費してきた《いいね!》が足りなくなるなんて、ぼくらはまったく想像できていなかった。

 だけど、最初はじわりと続く値上がりや、途上国での《いいね!》飢饉が起きたなんて報道が入ってくるようになって、少しずつ日本でも不安が広がっていった。それから質の悪い《いいね!》が輸入されるようになったし、それさえも品切れを起こす店が出てきたあたりから、不安は一気に狂騒に変わった。


 後の報道によると、その時点でも全国民に対する必要最低限の量の《いいね!》は流通していたはずなんだけど、人々の不安っていうのは事実とは無関係な印象や感情によって左右されるらしい(あるいは意図的に作られた嘘の情報もあったけど)。

 ぼくの知識の中では、こういう大騒ぎは一昔前もあったはずで、たしか石油が足りなくなるのをみんなが恐れたときと、倒産するはずがない銀行が倒産したときだったと思う。いや証券会社だったか……その辺はちょっと詳しくない。平成の末期に小売店に《いいね!》を求めてなだれ込む群衆の映像は、SNSでしょっちゅう拡散されたし、きっと今でも探せば見つかるだろう。

 

 あれからしばらく経って、事態は少しだけ落ち着いた。災害が起きた貧しい国みたいに大規模な暴動なんかは発生しなかったけど(まさにここが貧しい国だろってツッコミは笑えないから勘弁してほしい)、人々は徹底的な倹約モードに入ったんだ。


 ぎりぎりやっていける程度以上は《いいね!》を消費せず、残りは将来に備えて貯めるようにしていった。といっても、その時期から節約を始めたところでちょっと遅くて、政府からの配給がないと生活を成り立たせるのは難しいくらいだった。


 数ヶ月経っても《いいね!》の生産量はほんの少ししか回復しなくて、いよいよ焦った政府は備蓄してあった《いいね!》を配給しはじめた。それも十分な量じゃなかったから、まだ市場からなんとか入手できた分と配給の分を合わせても、人が承認欲求を満たして健康的に過ごすには足りなかった。


 ぼくやぼくの周りではまだ深刻な被害は起きてなかったけど、こういう時しわ寄せを食らうのは、やっぱり貧しい層の人たちらしい。母子家庭の子どもの4割が「いいね!欠乏症」の疑いがあるという厚生労働省による調査結果は、一時的に注目を集めた。

 ぼくの会社でも記事として扱ったけど、ただ注目を集めただけで、そのあと、政府から特に有効的な対策が取られることもなかった。

 

 承認欲求と実際に得られる承認のギャップが原因の「いいね!欠乏症」は、自律神経の不調と免疫系の異常を引き起こす。

 発症してからしばらくしても《いいね!》を摂取できず、承認欲求を満たせないままでいると、他者に対する攻撃性の増幅や、認識・判断をつかさどる脳の部位に影響が出てくる。

 最終的には、とても落ち込んでいて活気が失われているけど、同時に極めて暴力的という厄介な状態になる。


 いいね!欠乏症の患者は日に日に増加していて、統計データによると、症状が軽度な人も含めて、すでに全国で900万人の患者がいるらしい。疑いがあるが診断が出ていない人はその三倍の人数で、さらにいうと、今後発症の可能性がある予備軍も含めれば、8000万人に到達する見込みらしい。おそらく、医療機関での対応はもう間に合わず、実際に発症しているが診断が出ていないケースが山ほどあるのだと思う。


 こんな状況だけど、一向に《いいね!》の生産は足りない状態が続いている。いいね!欠乏症のとても厄介なところは、発症している状態が長く続くほど、承認欲求がどんどん肥大していくところだ。言い換えれば、《いいね!》不足が長引くほど人々に必要な《いいね!》の量が増えていってしまうことになる。

 つまり、多少《いいね!》の供給が回復しても(実際少しづつ回復傾向にあるのだけど)、いいね!欠乏症患者の数はなかなか減らせないのだ。


 政府からの配給量が半分になってから、すでに二週間が経った。

 少し前まで、いいね!欠乏症患者の数はどこのテレビ局も頻繁に報じていたのに、今ではすっかりニュースになることも無くなってしまった。患者が多すぎて、今さらその人数なんて興味が持たれなくなったんだと思う。でも最近は物騒な事件も増えてきて、みんなあえて口に出しはしないけど、事態は着実に悪化している。

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