Magia Lost in Nightmare

宇治村 茶々

第1章 悪夢の始まり

プロローグ1

私は最後のお客様が店を後にするのを見送ると、店の窓から外の様子を見た。

今、帰ったお客様が店に来た時よりも雨が酷くなっている。

私は小さくため息をついた。


「エーデルちゃん、テーブルとカーテンお願い」

店の奥からおじさんの声がした。私はキッチンからおしぼりを1つ摘み先ほどのお客様が座っていたテーブルを丁寧に拭き、店の全てのカーテンを閉めた。

時間は閉店間際の夜の8時前、平日なので店には私とおじさんしかいない。

休日はギムナジウムの人が一人手伝いにくるが、それ以外の日は全て私とおじさんだけで切り盛りしている。と言っても私は料理が出来ないので平日は殆どおじさん一人で働いているようなもの。それでも、元々小さな店なので人手が足りている。


「今日もご苦労さま。雨がひどくなっているみたいだから、気をつけて帰るんだよ」

おじさんは笑顔でそう言うと小さな封筒とサンドイッチを作る際に取り除いたパンの耳が沢山入った透明な袋を私に渡した。

「ありがとうございます」

私はそうお礼を言ってから封筒をポケットに入れ透明な袋を左手に持ち傘を取って店を後にした。

店を出るとすぐに雨を被った。私は素早く傘を開きある場所に向う。



街行く人に目をやると友達同士、カップル、幸せそうな家族。そんな人たちが雨にもかかわらず楽しそうに私とすれ違って行く。こんな時間に一人で街を歩くのは私くらいかもしれない。こんな感傷はありふれた事だが、雨のせいかいつもより余計に孤独を感じる。


そんな事を考えているうちにお目当ての場所に到着した。街外れにある材木置き場。

土管等も積まれているので材木置き場と云う表現が正しいのかはよくわからない。

とにかく、私はここを目指していたのだ。私は何の迷いも無く立ち入り禁止のロープをくぐり中に入った。中は木材が高く積まれ先が見えずちょっとした迷路のようになっている。置かれている物を全て取り払えば想像より大きなスペースがあるかもしれない。



「ミャーオ」

私はある程度進んだ所でそう鳴いてみせた。

自分で云うのも難だが、かなり似ていると思う。

すると、少し離れた場所から同じ様に鳴く声が聞こえた。この声はチャミだろう。

その声を頼りに材木の迷路を進んでいく。すると、丁度土管が沢山積まれている場所に辿り着いた。

「ミャーオ」

私はそこでもう1度鳴いた。

今度は1匹ではなく複数の鳴き声が返って来た。

右端から4番目、下から2番目の土管そこに声の主が居ると私は確信した。

私が土管を覗くと中で3匹の仔猫が身を寄せ合っていた。

白い綺麗な毛並みをしているのがチャミ、目が黄色く真っ黒な毛をしているのがシュバルツだ。毛並みがくすんだ茶色の1匹は私の知らない子だ。

「私も入っていい?」私がそう彼らに聞くとシュバルツが小さく鳴いた。

どうやら、入ってもいいらしい。私は傘を畳み身を屈め大きな土管の1つに彼らと一緒に収まった。少しだけ暖かい。


「君は初めての子だよね。名前は何が良い?」

私は茶色の毛並みの仔猫のうなじを撫でながら、そう口にした。

もちろん、言葉が帰って来る事など期待していない。

茶色だからブラウ? いや、色関連ならシュバルツで間に合っている。

となると、新しい名前の案がまるで浮かばない。

にしても、雨がひどい。先程より雨足が強まった気がする。

『雨』その言葉が私の頭を過ぎった。雨は確か英語で『レイン』だった気がする。

レイン、良いかもしれない。

「レインって名前はどう?」

私は再び茶色の仔猫にそう話しかけた。仔猫は小さくのどを鳴らした。

気に入って貰えた様だ。私はレインに微笑みかけ彼を優しく撫でた。

レインを撫でていると、チャミが私の方に擦り寄ってきた。

この子はかなりの甘えん坊さんで他の猫を撫でているとすぐ割り込みして来ようとする。そこがまた可愛いのだが。仕方なくチャミとレインの両方のうなじを撫でる事にした。2匹は気持ちよさそうに瞼をゆっくりと閉じて行く。


その間シュバルツは土管の中から一心に外の雨模様を気にしている様だった。

普段から素っ気ない態度の彼だがチャミと同様に私の数少ない友人だ。

「シュバルツもおいで。ご飯持ってきたから一緒に食べよ」

そう呼ぶと彼は身を翻し私の方に向かってきた。

私はあらかじめお小遣いで買っていた猫用のおやつの袋を3匹の前で開けた。

すると、3匹は待ってましたとばかりに無心に中のおやつを頬張り始めた。

私もおじさんから貰ったパンの耳を袋を開け、それを頬張る。

侘しいのは確かだが無いよりは何百倍も良い。無心にパンの耳を頬張っていると不意に瞳から一滴の雫が垂れてきたのを感じた。

横雨なのか涙なのか分からない。

ただその雫は静かにチャミの頭の上に落ちた。

チャミは食べるのを止めて私の顔を見て短く鳴いた。

もしかしたら、私のことを気遣ってくれているのかもしれない。

「ありがとう」

私はそう言ってチャミの頭を撫でた。

気がつくと雨足が少し弱まっている様子だった。


チャミたちが一通りご飯を食べ終えると一様に微睡み始めた。

そんな彼らを見ていたら、なんだか自分まで眠くなってきた。どうせこの時間に家に帰っても両親はいない。それならばギリギリまで彼らと眠るのも悪くないと思った。

私は静かに目を瞑った。雨の音がよく聞こえる。時々、猫たちの寝言らしき声も聞いた。


しばしの間、それらの音に耳を澄ます事にした。

耳を澄ましていると、どこからか微かに歌声のような物が聞こえてきた。雨音に紛れて聞きにくいが確かに誰かが歌っている。雨の日のこんな時間に誰が何のために? そんな疑問が頭を過ぎる。

工事の人が暇つぶしに歌を歌いながら見回りに来たと考えるのが一番自然だろうが、その微かに聞こえる歌声は明らかに女性の声だったのでそれはないと思った。

歌声の正体が気になった私は居ても立ってもいられず土管の外に出て声の主を探す事に決めた。


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