29日目 Bride Pornstar Requiem

 ここから先に、生きていくとして。

 きっと、絶望ばかりだろうし、そのことを何度も何度も確認しながら生きていくことになる。

 寂しいという感情と向き合い、悲しいという感情と向き合い、むなしいという感情と向き合い、気が付けば、感情さえおざなりになり、自分の居場所さえ見失う。

 誰かと一緒に歩いていたはずの道は。

 気が付けば、自分しか歩いていない、獣道になり。

 自分が正しいと思っていた時間は誰かにとっての無駄になり。

 語り尽くせないと感じて口から吐き出した思いは、すべてまとめて誰かの手によって。

 いや。

 自分の手によってどこかに捨てられる。

 夢も希望も見失いたくないと思ったはずなのに、見失うことで自分の人生が豊かになると知ってしまう。

 

 産み落とす母親は。

 誰でも良かったんです。とは、口が割けても言わないけれど。

 誰が生まれてくるか分からないんだから。

 子供を産むなんて、所詮、コスパの悪い、スマホゲーのガチャみたいなもんじゃないか、と言われたら。納得するしかない。

 分かって欲しい。と母親に言われた子供はどう生きていくかなんてありふれている。

 これは、虐待ではない。


 人間関係に困っている人はいないけれど。

 人間関係が良くないと異常に見られることに困っている人は数多くいる。

 問題ではあるけれど、問題視されることが最後のとどめとなることがある。

 そうなれば、無関心でしか人は救えないけれど。

 無関心がいじめで使われる以外に、誰かを救う手立てで使われることも知っておかないと、世界は狭いままだ。


 人に愛されないまま生きていく人生は、とてつもなく歪だとは思う。そのせいで、踏み外す道はあるだろうし、逆に愛されようとして踏み外す道だってある。

 誰にも、その純粋さが悲しいくらいに瞳に映ってそのまま二度と這いあがれない、愛のぶり返しを喰らう時がある。

 そして。

 その苦痛を愛だと認識してしまうと、人はもう這いあがれない。

 二度と這いあがれない。

 這い上がる場所を無くして、そこが居場所になり。

 それが不幸ではなくなってくる。

 決して、そのことを、悪だと捉えるとか、絶対の不幸であると考える訳ではない。

 ただ、自分が知っていた幸福とはやはり形が違うだろうし、自分の知っていた不幸の形ともやはり違うものがそこにある。

 それを成長ととらえた時。

 人は必ず、不幸になる。

 

 もう少し、強がれよ。


 あんなにも欲していた水が肺にまで入り込むと結局むせてしまう。

 幸福も同じだろう。

 という言葉で、今の自分の不幸な状況を正当化する人間は。

 死ぬまで不幸なまま生き続けるしかない。




 僕は気が付くと、日記に書きなぐっていた。

 幾つも幾つも文字が並び、幾つも幾つも僕の中の思いが溢れていた。

 並ぶ文字は汚かったが、読めないことはなかった。

 最後に好きだった男の同級生の名前を書いた。そして、そこにキスをする。

 涎が付着して、その男の同級生の名前が滲んでしまう。けれど、読むことはできる。たまらなく嬉しかった。

 母親に、ママに、お母さんにどれだけ嫌われても、どれだけそれが虐待してくる理由になってしまっても。

 どうしても、捨てられなかった。

 押し入れの中は暑かったけれど、次から次へと差し込まれてくる包丁のせいで、幾つも穴が空いていく。

 そこから光が入って来て、日記が書きやすくなっていく。

 包丁を持った母親から隠れるために、飛び込んだ押し入れの中は、僕の欲しかったすべてがあった。

 僕は、この暗闇の中で、細い光を幾つも幾つも見つめようとしていたのだ。

 気が付かなかった。

 気が付かなかった。

 本当に、気が付いていなかった。

 沈殿する感情は常に一定で、山場を越えた僕の人生は穏やかになっていく。

 確かにここに。

 Amazon Blueはあったのだ。

「お母さんのこと、ちゃんと殺せばよかった。」

 言葉が漏れた。

 その瞬間。

 襖がカーテンの裾のように切れる音と共に。

 僕の頬を包丁が貫通し、左の下顎の歯茎を抉った。

 そして。

 僕は明日、絶対死ぬ。

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