21日目 Seek Start March

 少年は何一つ語らなかった。

 多くを語らなかった、という事に過ぎない。

 結局は同じなのだそうだ。

 僕も。

 少年も。

 誰かも。

 爆弾魔も。

 職員らしい人々も。

 皆。

 余命宣告を受けている。

 その中で、この町で過ごしている。

 哀れである。

 それくらいの内容しかなかった。

 不思議なもので、それは僕も同感だった。

 記憶を集めるなどという下らない思い出作りをしてしまっていること自体を否定するわけにはいかない。僕もしてしまっているのだから。

 でも、どうしても、他の人間たちと同じことをしてはいけないとは分かっている。

 学校の周りを歩いていた。

 音はしない。

 生徒などいる訳もない。

 休校が続いているせいか、学校に近づくのが余り億劫ではなくなっている。不登校をまた学校に呼び戻す作戦としてこれはとても有効だろう。勉強する場、集団で生活する場、ではなく、ただの遊び場、空間としての開放。

 というか。

 本来、それ以上の役割などあってはならない。

 塀に人差し指を押し当てて、そのまま歩くと、汚れが取れて、一本の震える様に曲がる線が現れる。それが、蛇のように伸びてく。

 向こうからも、蛇が伸びている。

 美術の先生だった。

「お久しぶりです。」

 僕は頭を下げる。

 先生は、虚ろな瞳で、こちらを見てから、少し退屈そうな足取りで、塀に寄りかかり倒れた。

 美術的に言えば、余り美しくはなかった。

 肉が力なく、地面に帰ろうとしているのがなんとなく分かる。人ではなく、地球からの借り物で構成された、人形か、フリスビーのようだった。

「あの、先生。」

「絵を盗まれた。せっかく、盗んできたのに。クソ。クソ。」

 先生は以外にも元気だった。

 僕は向こうから歩いてくる銃を持った男を発見した。一本道であるせいで、このままであれば接近することは間違いない。危険。であると思ったし、思うべきだと考えた。

 銃を見たことはあった。ドラマや、写真ではなく、実際に撃ったこともある。生きている人間にだけは向けたことはない。

「俺は、絵が好きなんだっ。芸術を愛してるんだっ。」

 僕は足を止める。

 男は銃を向けたまま走って来た。

 気が付くと、向こうからは何人かの警察官と、パトカーの姿も見えた。

 皆、こちらを眺めている。

 遠くの景色のようにしながら、形式的ににらんでいる。

「俺は、芸術家だったんだっ。」

 男は、僕の目の前で足を止めた。

 銃口は、僕の胸に当たっていた。

「そうですか。」

「絵を買ってくれた人が何人もいて、その中に好きな人がいた。だから、俺は思い切って告白をして、そのまま結婚までいきついた。気が付くと、完成した絵が、消えていることに気が付いた。妻は、俺の絵を売りさばいて贅沢をしていたっ。いやっ、芸術家の妻のくせにまともな生活をしようとしていた。だから、どうしても許せなくなって、妻が俺の何かの絵を持っていくたびに、理由を付けて殴った。貧しさこそ、すべてだっ。清い貧しさにこそっ、神は宿るっ、芸術家だっ、そうだっ、そうだろうっ。だろうっ。だっ。」

「分かります。」

「ある時、妻が売り払いに行った画廊に変装して向かい、並んでいる絵を物色したっ。そこには、俺の絵があったが、一番安く売られていたっ。俺は画廊の店主を殴ったっ、何も知らないくせに芸術に金の価値をなぞらせるなど、クソのやることだっ。何もかも失わせてやるつもりで、何度も何度も殴った。それで、気が付くと、画廊の店主は死んでいた。いやっ、死んでいたんじゃないっ、やぶれていたっ。」

「何がですか。」

「それは、俺が書いた画廊の主、という絵だったっ。俺は、俺の絵に、しっかりと騙された。生きていると思わされた。俺の絵は、本物の絵になっていたっ。妻はそのことに気が付いていたんだっ、分かっていたのにっ、連れ去られたっ。俺のプロデューサーとか名乗っていたあのクソ野郎に連れ去られたっ。あの、俺のかわいい妻がどこかに誘拐されたっ。」

 美術館にですか。

 そして。

 その次は。

 僕の美術の先生の家にですか。

「そうですか。」

 あの絵の題名は。

 夫の絵を売る美しき妻。

「あの男を撃ち殺さねば気が済まないっ。」

「あと、何日ですか。」

「あ。」

「あと、何日ですか。」

「な、なにが。」

「あと、何日ですか。」

「な、なんだ、お前。」

 その瞬間、引き金がひかれる。

 そして。

 僕は九日後に絶対死ぬ。

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