22日目 Night Head Dodonpa

 僕は、病院のベッドの上に居た。

 それに気が付く頃には、すべてが終わっていた。

 完全に。

 両腕が切断されていた。

 もう。

 終わった後のことだった。

 病院らしい、白い天井も、白い窓も、白い壁も、白い床も。 

 どこか、今の自分にとっては遠いものに感じる。ここまでのことが自分の体に起きているということが、どこか色のない世界にいてはいけないのではないか、と思えたからだ。

 確かに、ここは、命の火が弱まっている人のための場所だろう。

 だが。

 決して、命の潰えたものたちがいていい場所でもない。

 空間は限られている。

 そういうことだ。

 僕は。

 切断された自分の両腕から血液が流れ出ているのを確認する。

 白い世界は静かに赤く染まっているのだろう。

 そのことを、少しずつ理解し始める。

 痛みはない。

 感覚がない。

 恐怖がない。

 しかし。

 遠くなる意識と、それにとどまらず喪失するであろう感覚は正確に想像できる。

 死ぬとは、こういうことだろう。

 そう、心から思えた。

 アイスピック。

 右目を貫かれる。

 顔が衝撃ではねた。

 体液が泡立つ音と、肉の移動する重い音が後頭部で響く。

 急に吐き気がする。

 嘔吐しようとして首を曲げたにも関わらず、喉につまり、それが飛びださずに肺へと侵入する。

 息苦しさの余りむせると、刺さったアイスピックがなおも肉を掻き出す。

 吐しゃ物は鼻に詰まり、僕は鼻の奥につねられるような痛みを感じる。

「ごめん、ね。」

 女性がいた。

 少し年下くらいだろうか。

 見たことのある女性だった。

 目の前の女性は。

 僕の母親の若い頃にそっくりだった。

 余りにも。

 余りにも。

 余りにも似ている。

「僕の、妹。」

「すごい。察しがいいね。そう。あたしは、お兄ちゃんの妹だよ。」

「はじめ、まし、て。」

「うん。はじめまして。」

 その瞬間。

 黒く塗り潰され光景。

 両目とも潰されたのだと、理解した。

「あたしのこと、お母さん、絶対に外に漏らさないようにしてたからね。」

「そう、か。」

「ね、お兄ちゃんもね、そういうことだよね。あたしがいること知ってたもんね。知ってたくせに、そうやって見て見ぬふりしてたよね。そりゃ、あたし、戸籍もないし、家族の中にはいれてもらえないし、お兄ちゃんの妹ではないもんね。そりゃあ、そうだよね。」

「下ら、ない。」

 熱のこもった吐しゃ物が一気に腹から駆けあがり、口から漏れ出て顔を覆った。

 腹部に痛みが走る。

 妹は膝を僕の腹に乗せて飛び上がるように体重をかけたのだろう。容易に想像できるほど、自分に向けられている感情の内容は察することができてしまう。

「お兄ちゃんはさ、そうやってうちの家族の一軍だったよね。あたしみたいな二軍はずっと、見てたよ。お兄ちゃんのこと。あたしの下にいる妹は、ほら、大人っぽかったし、特別可愛かったから、他の家にもらわれたんだよ。ねぇ、気づいてなかったでしょ。お兄ちゃん、気づかないうちに、学校で自分の妹に告白してて、マジでっ、キモかった。本当にっ、本当にっ、キモかったわぁ。」

 僕は意識が遠くなるのを感じる。

「これからは、あたしが表だから、お兄ちゃんはもう、そうじゃないの。お母さんもお兄ちゃんの彼女も、お兄ちゃんもようやく死んだんだから、あたしの番だよね。違う。違くないよね、絶対そうだよね。ね、お兄ちゃん。ねぇねぇ、お兄ちゃん。」

 僕は頭の中で指を折る。

 そして。

 僕は八日後に絶対死ぬ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る