16日目 Stone And Rock

「先輩のことが好きです。」

「ごめんなさい。」

 僕は自分の彼女の話をして、断った。

 隣の町の高校の女子高生らしい。

 何故、僕を知ったのかは分からないし、分からなくても別段、不快ではない。人との出会いというのは本来そういうものであってしかるべきだと思う。

 僕は頭を下げて、そして静かに頭を上げた。

「先輩のことが好きです。」

「うん。ごめん。」

 僕はもう一度頭を下げた。

 女子高生は僕のことを静かに見つめていて、呼吸音にも揺れはない。まるで人間ではないかのようだった。

「先輩のことが好きです。」

「本当にごめんなさい。」

 僕は三度頭を下げたが、女子高生に何か変化があったかと言えば特にはない。

 とても意志が固く、自分の思いを形にして相手に届けるのがとても上手なのだと思う。でも、それだけにそれがうまく行かなかった時の現実が耐えられないのではないか。

 とても、悲しいことだと思う。

 そういうことが、一番、人の心に影を落とすものだからだ。

「先輩のことが好きです。」

「大変申し訳ないのですが、本当にごめんなさい。」

 僕は彼女を傷つけたくない。

 でも、現実はいつも残酷だと思う。それは僕にだって訪れた経験なのだ。だからこそ、自分の口からそんな言葉が出ているということが悲しくもあった。

「先輩のことが好きです。」

「すみません。」

「先輩のことが好きです。」

「でも、難しいんです。」

「先輩のことが好きです。」

「好きなことはとても嬉しいですが、期待に応えることはできません。」

「先輩のことが好きです。」

「僕には彼女がいます。貴方と付き合うことはできません。」

「付き合って欲しいとは言っていません。」

「お。」

「好きだと伝えたかったです。」

「あ。じゃあ、その、えぇと。早とちりということですか。」

「誰のですか。」

「えぇと、その、僕、の。」

「はい。」

 付き合いたいわけではなく。

 好きだと言いたいだけ。

 勘違いした。

 勘違いだった。

 確かに、目の前にいるこの女子高生は少しくらい変わったところはあるかもしれない。しかし、言葉に何の嘘もないことは明白である。

 先輩のことが好きです。

 確かに、好きだとしか言っていない。

 彼氏。彼女。カップル。

 そういう単語は一切吐いていない。

 自惚れた。

 調子こいた。

 やってまった。

 僕。

 やってまった。

 やってまっちゃった。

「先輩のことが好きです。」

「あ、えぇと。う、嬉しいです。ありがとうございます。本当に嬉しいです。」

「じゃあ、先輩付き合ってください。」

 やってまっちゃってなかった。

 僕。

 やってまっちゃってなかった。

「僕がさっき聞いた話と違いませんか。」

「先輩、何言ってるんですか。」

「あれ。」

「あれ、じゃないですよ。好きって言われて、ありがとうだったら、普通付き合うことになりますよね。」

「なりますねぇ。なる、かな。」

「常識ないんですか。先輩の嫌いになっちゃいますよ。」

 僕はまばたきを忘れて思考を加速させていた。

 何がずれている。

 何がおかしいのだろう。

 というか。

 何かおかしな発言があっただろうか。

 何もおかしな発言がないのに、この状況になっているのがおかしいのか。

「先輩のことが好きなので、付き合ってくれますよね。」

「僕は貴方とは付き合いませんし、このような強引な手段をとる人は嫌いです。」

「先輩のこと、大好きです。本当です。」

「貴方のこと、大嫌いです。本当です。」

 僕は振り返ると家までの道のりを足早に進む。

 そして。

 僕は十四日後に絶対死ぬ。

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