第38話 対決

「セシル!」


その予想外の展開にオルトは降参し、終わらせようとしていた事を忘れ、セシルを目で追った。その行動を見ていたチェスターもセシルの姿を捉えていた。


「あのバカ商人! 何してるんだ!」


その乱入してきたセシルを数人の対戦者がオルトとの間に立ちはだかる。


対峙してセシルは剣を抜き、その相手に剣を向ける。


「セシル! 何をする気だ!」


「あんたの加勢だろ! こんな試合見ていて胸くそ悪くなるんだよ! 一人相手にこの人数は」


そういうセシルに対戦者たちを相手しながら彼が話をした。


「大丈夫だ! もうこの試合を私の負けで終わらせるつもりだ!」


そう言うオルトに容赦ない対戦者たちの攻撃が続く。


観衆の声援と戦士たちの怒声でオルトの声はセシルに届かなくなっていた。


「くそ! 聞こえていないか!」


オルトとセシルの間には多くの対戦者たちがいる為に、近づく事も出来ない。


そこにもう一人競技場内に飛び込んでくる者があった。


「チェスター!」


セシルの横に飛び込んだチェスターは剣を構えセシルに言った。


「おまえ! 何してんだ! 商売じゃないんだぞ!」


「そんなの解ってるさ!」


二人は横に並ぶと対戦相手たちと対峙する状態になる。乱入を見ていた神官は二人の武器にも魔法をかけて殺生の出来ないようにした。


「商売人が出しゃばると大けがするぞ!」


「そう言うのは腕を見てから言えっての!」


チェスターを横目で見るセシルは目の前にいる相手を素早く倒してしまう。


オルトはその様子を対戦者に阻まれながらも見て、予定を変更せざるを得なくなった。


「参ったな……予定変更するか」


オルトもそう言いながら相手を倒していく。その様子を見ているグリード大公は予想外の乱入者に面白そうに笑っていた。


「見世物はこうでなくては! 相手に加勢も増えてこれで面白味が増える。これぞ見る楽しみのある試合だ!」


対戦者たちは倒されていく人数が増えながらも、戦意を喪失せずに向かってくる事をやめない。この状態にヒース王とクラウスはおかしな雰囲気を強く感じていた。


「やはりおかしくないか? クラウス」


「ええ――この人数で向かって行って倒せなければ普通は戦意を失くすと思いますが……」


「どうした事かこの者たちは、先程とうって変わって戦意が無くなる様子もない……」


「はい……しかし魔法を発動した力は感じませんでした――他の力でしょうか?」


「オルトはわかっているのだろうか?」


「多分……その力が何なのか判断出来かねているのかもしれませんな」


その二人の考えはおおよそ的中していた。オルトはこの対戦者たちが戦意の低下が無い事に何かの力によって起きていることはわかっていたが、その力の出どころがまだわかっていなかった。


(この者たち、いったい誰に?……しかしあの二人もいるからな、あまり時間かけていられない、早めるか)


オルトの動きが今までの動きより更に速くなり、対戦者たちをどんどん倒していく。


対戦者の数は瞬く間に淘汰されていき、残りは数十名程度までとなっっていた。倒された対戦者たちは救護班が試合の邪魔にならない様に競技場の端に運んで行き手当てしていた。多くの者は動けない状態ではあったが当然死んでいる者はいない。観衆はさらにオルトの動きに歓声を上げて盛り上がって行く。その動きを見てチェスターは感心していた。


「さすがオルト凄い!」


チェスターはそう声を上げるが、セシルは違う感想だった。


「なにあの動き、きもい……」


「お前な~もっと言い方があるだろ!」


「あんな動き出来る人、見たことないもの……きもいわよ!」


「―-表現が悪い!」


そう言ってみたチェスターもオルトの動きが凄すぎて驚愕していた。


(オルトと、この数日一緒に居たけど、あんな動きを見た事はなかった。確かにきもさ、あ!、いや……凄さを感じる)


「これが父の言っていた感じろという事なのか?」


チェスターは父が言っていた感覚が何となくわかったようにも思えた。


競技場ではオルトにセシル、チェスターが加わった三人に、対戦相手はほぼ倒されてしまっていた。それなりに面白い物が見れたとしてグリード大公は満足げであった。


「まあ、楽しめたので良いか……」


そう言って観覧席にあるテーブルの果物を口に持っていく大公は再び競技場に目をやる。


競技場内を見渡してオルトも剣を収め、戦意を持って対戦出来るような相手はいない状態となっていた。


「終わったようだな……」


「セシル! 怪我はないか?」


セシルの横に来たチェスターも剣を収め話しかけた。


「ああ……オルトもあんなきもい動きが出来るなら最初からやれって言うんだよ!」


少々息が上がりながら言うセシルが剣を収めると、観客からはわれんばかりの歓声が上がり、競技場全体に大きな声援に変わっていた。


「終わりましたな」


「ああ……これでグリードも大人しくなれば良いのだがな」


二人が話をしているとヒース王の観覧席に噂のグリード大公が姿を見せた。


「陛下、ずいぶん頼もしいご友人がおられて、さぞ安心しておられるのではないのですかな?」


「大公よこれでオルトに軍を任せて問題はなかろう?」


「もちろんです――これほどの者であったら何も申しません。一軍を任せるに充分と思います。しかし陛下もお人が悪い……あの様な優秀な者がおるのであれば、先の奪還の軍も任せればよろしかったものを――そうすれば要らぬ犠牲を兵に出さずにファルドを取り戻せたかも知れませぬぞ」


国王に皮肉を言うグリードにすかさずクラウスが代わりに応えた。


「当時、オルト殿はトルジェに居ませんでしたので……まして、いきなり知らない者が軍を率いてしまっては将軍たちの顔が立ちませぬゆえ」


そう伝えると大公は鼻を鳴らしながらその場を後にしようとしたその時……競技場内でザワめきが起りだした。その方に目を向けると進行役の者が競技場中央に立ち演説をしていた。


「このような結果になってしまっては面白くありません! 皆さんそうですよね? 本当ならこの者が、もがき苦しむ姿が見たいんじゃありませんか?」


場内に来ている観客に大きな声で言い放つ進行役に観客だけではなく手当を受けている対戦者もこの者の言っている意味が解らないでいた。


しかしオルトだけは、その進行役の人間から異様な雰囲気が出始めた事を感じていた。


「チェスター! セシルこの場から離れろ!」


「どうしました? オルト?」


「なんだよ! お礼の一言もないのか?」


「礼なら後でいくらでも言ってやる! だから早くここから離れろ!」


そうオルトが言った瞬間、進行役の人間の姿がみるみる人では無いものに変化していった。


大きな声を上げ、体が膨張するかのように大きくなっていき、体からは鋭利な角のようなものが生え、常人の倍以上の大きさになりながら変化していった。


その様子をチェスターとセシルも見て、自分たちの顔から血の気が引くのを感じていた。


「なんだこいつは!」


「人間じゃないのか?」


「くそ! やはり居たのか!」


オルトがそう言うと姿は人間とは呼べない姿となってその場にあった。そして大きな奇声を上げるとオルトに襲い掛かって来た!


「くっ!」


その一撃を受けたオルトはその衝撃で大きく弾き飛ばされていた。


「オルト!」


そう叫んだセシルとチェスターは弾き飛ばされたオルトに走り寄って行った。


競技場内も大きな騒ぎとなり、観客も逃げ惑う人々で大混乱となっていた。


国王はその状況を見てとっさにグリード大公を睨み付けていたが、その視線を受けたグリード大公は怪物の存在など知らなかったことを伝えた。


「わしは、わしは知らん! あの様な怪物などに声をかけた覚えも雇った覚えもないわ!」


真顔で引きつった表情のまま答えた大公に嘘が無いのは直ぐにわかった。そしてその異形の姿となった者は再び奇声を上げると、近くにいる戦士達に攻撃を加えて行き、何人かの戦士たちはその犠牲となっていった。ヒース王は競技場にいる観客に避難をするように近衛兵に伝えると剣を持ち競技場へ行こうとする。


「皆をこの場から避難させよ!」


剣をその異形の姿の者に構えるがオルトの表情には余裕はなくなっていた。


「何故この場に姿を現せたんだ?」


「オルト!」


セシルとチェスターが走り寄って来た二人にこの場から離れるように言った。


「二人ともこの場から離れろ!」


「オルトはどうするんです?」


「なんとかしてみるさ」


「何とかってなによ! あんなの相手に出来るわけないじゃない!」


「とにかくこの場は危険だ! 離れろ!」


「しかし!」


そうチェスターが言おうとした時に後方から声が聞こえた。クラウスだった。


「チェスター! その娘と一緒に離れなさい!」


声の方を見ると、クラウスが杖を片手に魔法の発動を始めていた。


オルトはこれ以上の犠牲者を出さない為にその怪物に、落ちていた剣で仕掛けてみたが、剣はあたるが効果がない状態であった。


「くそっ! やはりこんな剣では無理か!」


そう言って間合いを取り、相手との距離を測る


クラウスの魔法が発動し、その怪物を炎の柱が取り囲む。


「少しの間はこれで動けないはずです! 今のうちに皆を非難させて下さい!」


そうクラウスが叫ぶとオルトは周りに居た対戦者たちを競技場の外に連れ出す。


セシルとチェスターもその間に何人かの対戦者を非難させ、クラウスの方に行くと怪物が奇声を上げながら炎の柱をモノともせずに出てきた。ヒース王が剣を携えて競技場に降りようとした時にオルトが声をかけた。


「クラウス! 私とあいつの周りに魔法壁を頼む! 頑丈なやつを!」


そうオルトが言うと、またその怪物を牽制をする攻撃をした。ヒース国王も行こうとするがオルトがそれを止めた。


「これは私が何とかする! ヒースは来るな」


「オルト!」


「お前は国王だ! 来てはならない」


「しかし!」


「オルトを信じましょう」


クラウスが言うと魔法壁が完成して怪物とオルト以外との間に透明な壁が半円形に出来上がっていた。


「こいつが、覚醒者になるのかどうか……」


オルトは目の前にいる魔物を見ながら距離をとっていた。すぐに距離を詰めて来たのは怪物の方だった。怪物は奇声を上げながら素早い動きでオルトに迫った! 辛うじてその一撃を受けかわしたが、衝撃で大きく弾き飛ばされ、クラウスが作った魔法壁にぶち当たる!


「ぐはっ!」


オルトは衝撃でその場に片かた膝ひざをつく。


「オルト!」


叫ぶセシルやチェスター達はオルトのもとに行こうとする。


「オルト一人では無理です! 自分たちも加勢いたします!」


チェスターが手助けをしたいと言ったが、クラウスが首を横に振った。


「無理だ、この魔法壁は出入りが出来ない!」


「このままでは! オルトが!」


チェスターは、はがゆさで言葉が荒くなりその拳は強く握り絞められた。


「―—オルト――」


ヒース王もこの怪物に危険な感じを受け、オルトを心配した表情となっていた。


「くそっ……力は半端ないな――だが!」


更に攻撃を加えようとした怪物の二撃目をかわしたオルトは反撃を加えるが全く効いていないようだ。


「これならどうだ!」


続けての攻撃もやはり効いていない。命中はしているがオルトの持っている剣では怪物の体に傷を作る事も出来ない状態であった。その様子にヒース王は自身の持っている剣を見てオルトに渡して置くべきだったと思っているようだった。


「オルト……その相手は魔物ではないのか?――」


オルトは執拗に狙う怪物の攻撃をかわすので精一杯だったが、ほんの一瞬の隙に何かを仕掛けていた。それを怪物をかわしながら何度か繰り返す。


「オルトは何をする気だ?」


チェスターがオルトの動きに気がついた。


「よし! これならどうか?!」


オルトは怪物の動きを誘導する様に魔法壁の中心辺りまで導いていくと、幾つもの魔法の光が怪物に飛んでいった。その光は縄状になって怪物の自由を奪っており、オルトは素早く次の魔法を怪物に向かって唱えていた。


「光の戦! 矢となって貫け!」


その瞬間、無数の光の矢が魔物目がけて突き刺さって行く。魔物はその攻撃を受けた事により動きを止めた。


「……」


様子を見るオルトとは違い、見ていた周りの者たちは倒したかのように声を上げだした。

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